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人は挫折するたびに強くなる!「挫折」は、イマドキのビジネスパーソンに不可欠のスキル AI時代に身につけたい「挫折レジリエンス」

 AIやDXが進展し、予測技術が日々精度を高めていく中、企業では社員の「失敗する機会」が失われつつあることが問題となっている。失敗リスクを下げることは企業の事業継続の基本である。しかしながら、あまりに失敗リスクを下げていくと、チャレンジをしない人材が集まる伸びしろの少ない企業になりかねない。こうしたなか求められているのが社員の挫折経験だ。挫折を乗り越えた人間は確実に成長することがわかっているからだ。企業の人事部は失敗や挫折経験のある人材を欲しがり、新卒面接では挫折経験を問うことが一般化している。しかし誰も好んで挫折したくはないもの。そもそも社会に出てからの挫折は、学生時代とは比較にならないダメージを与える。思い切ったチャレンジに挑む「挫折レジリエンス」の高いビジネスパーソンになるためには何が必要なのか、探ってみたいと思う。

■失敗を恐れて挑戦しない若者が増えている!

 「私、失敗しないので」は、テレビの人気医療ドラマ「ドクターX」の主人公の決め台詞だ。
 主演の米倉涼子さん演じる大門未知子は、美貌と抜群のスタイルと神がかった医療技術を持つ天才外科医である。しかも彼女はフリーランスの医師であるため、特定組織のしがらみがない。主張すべきことは相手が誰であろうと臆することなく言え、自分の能力を存分に発揮できる環境を選べるのだ。
 なんとも羨ましい設定だが、実際そんな完璧な環境を持つ人はまずいないだろう。
 そもそも失敗したことがない人間などこの世にいるのだろうか? もし仮にいるとしたなら、それはまだ人生経験の浅い人か、失敗を恐れて一切の挑戦をしなかった“臆病者”のいずれかと言えるだろう。
 だが、失敗を恐れて挑戦しない若手ビジネスパーソンやエンジニアは増えている。
 それは単純にいまの若手のやる気や情熱が足りないから、というわけではない。確かに高度経済成長期やバブル期の若手に比べ、いまの若手の熱量は低いかもしれない。だがむしろ、いまの社会環境がそうさせている可能性が高い。原因はAIをはじめとするデジタルテクノロジーの進化だ。AIが秒単位で進化してシミュレーション技術、予測技術がどんどん進んでいるため、失敗する機会そのものが減っているのだ。

■日本企業は「失敗欠乏症」に陥っている

 もちろん失敗のリスクを減らすのは企業人の務めである。失敗が減れば、原材料や時間の無駄が減り、生産性が高まる。
 しかしこのまま失敗を回避するシステムが強化されれば、失敗回避の思考が硬直化し、大きなイノベーションや発明が生まれにくくなる。
 多くの企業の人事部では「チャレンジ精神」旺盛な若者を欲している。しかし聞こえてくるのは「そういう場を提供しても積極的にチャレンジする若者が少ない」と嘆く声だ。
 NHKの人気番組に「魔改造の夜」という企業参加型ドキュメントがある。これは身近な家電製品やおもちゃを“魔改造”して、あり得ないスペックを叩き出すコンペ企画。「トースターを魔改造して焼けたパンをどこまで高く飛ばせるか」、「電動マッサージ機を魔改造して25mをいかに速く走るドラッグレースマシンにするか」、はたまた「ビニール傘を魔改造してどこまで遠くまで飛ばせるか」といった、奇妙奇天烈なテーマに企業精鋭のエンジニアチームが挑む。番組開始当初は、参加企業を募ることは大変だったようだが、人気番組となったいまは日本を代表する企業や有名大学、工業高等専門学校が我先にと参加するようになった。
 番組の総合演出ディレクターの鬼頭明さんによれば、その参加理由の一番が「会社でできなくなっている失敗を、若手のエンジニアに思い切り経験させること」だという。
 日本の企業はいま「失敗欠乏症」に陥っているのかもしれない。
 企業や人間の成長に失敗が必要だと多くの人が感じているにもかかわらず、失敗できる環境が減っているのはなぜだろうか。

■失敗イコール恥の文化、正解至上主義の教育がもたらす弊害

 1つは、日本の文化の問題がある。よく言われるのが、日本人は「失敗イコール恥」とみなすことだ。
 また日本では失敗に対する責任の圧が強いことも挙げられる。企業で何らかの失敗や不祥事が起こると、その「犯人探し」が行われ、その責任を取らされることが多い。新聞やテレビで報道される大きなケースとなると、必ずといっていいほどトップの辞任が問われる。小さな失敗でも上司への報告が遅れると叱責を受けたりする。また大きなプロジェクトでは失敗した社員がその業務から外されることも多い。
 その責任への圧から、途中で止める、撤退する判断がしにくいこともある。「途中で止めること」はイコール「根性が足りない」という評価にもつながる。大企業の赤字事業が赤字を出し続けながらもなかなか撤退できないのは、こうした根性論が作用している。撤退そのものが失敗を認めることになるため、撤退の判断が遅れるということもある。
 かつて商売の神様と呼ばれた松下幸之助はこんな言葉を残している。
「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる」と。わずか9歳で丁稚として商売の世界に入り、1代でパナソニックグループを築いた“神様”の言葉は真実だろう。しかしビジネス要因が複雑に絡み合い、変化し続けている現在のビジネス環境においては、成功のためには戦略的撤退や積極的中断、修正もありうる。
 日本の教育目標を問題視する声もある。あらかじめ正解があり、その「正解」から外れたり、間違えることに価値を見出さない「正解至上主義」が挑戦を遠ざけているというのだ。アメリカの学校では学生が間違えると「なぜそう思ったのか?」と問いかけることが一般的で、正解より、その個人の考え方を大切にしている。
 さらには日本の試験が減点方式であることの影響もある。失敗するとキャリアに傷がつくと考え、挑戦を避けてしまうのである。

■「誰よりも先に失敗しろ」と鼓舞するシリコンバレー企業

 対して欧米社会では「失敗」は「学び」や「成長」、「挑戦」の一部として捉えられている。むしろ失敗に価値を見出す風土がある。
 その代表がシリコンバレーのIT企業だ。これらの企業の合言葉が、「誰よりも先に失敗しろ」だ。未知の世界をリードしていくには、誰より早くその未知にチャレンジすることが大事で、そこで得た結果をいち早く業務やサービスに結びつけることが最も重要だという意味だ。
 そのため社会も失敗に対しては鷹揚で、たとえ解雇されても、その人の実力が認められれば再就職もしやすい。つまり欧米では「失敗」をキャリアの重要な要素として評価しているのだ。
 失敗を学びや成長の要素として最初から組み込んでいる文化と、失敗を恥とする文化では、チャレンジそのものの回数と生み出されるパフォーマンスも違ってくる。
 失敗を恥とするということは、恥を引きずるということだ。つまりメンタル的に「凹んだ」状態が長く続き、新しい取り組みに対して能動的、積極的でなくなるため、他の案件や仕事においてもその人が持つ能力が発揮されないことになる。
 これは人材不足が続く日本において非常にもったいないことだ。問題は失敗にあるのではなく、それに伴うメンタルの落ち込み、すなわち「挫折」が問題となっているのだ。
 日本企業の「失敗欠乏症」を改善するには、この挫折との向き合い方を考える必要がある。

■失敗と挫折は、似ているようで異なる概念

 失敗と挫折の違いはどこにあるのか。
 一般的に失敗とは、「目標に向かって行動した結果が期待通りに達成できなかった」状況を指す。失敗は、計画したプロセスの中での小さなミスや間違いによって引き起こされることが多く、通常は挽回が可能だ。例えば、試験で赤点を取る、プレゼンテーションでうまく話せなかった、などが失敗の例となる。失敗は必ずしも全体の目標に対する致命的な影響を及ぼすわけではなく、その結果を受け止め、失敗の要因やプロセスを分解することで次回の行動に活かすための教訓となる。
 対して挫折は、長期的な目標の達成に向けた努力が、内的または外的要因の影響で断絶された状態を指す。重大な感情的打撃を伴い、「諦め」や「やる気喪失」といった心理状態をもたらしてしまう。たとえばスポーツ大会の目標から大きく離れた敗北、入学試験に落ちること、長期間努力してきたプロジェクトの結果が実を結ばずに、プロジェクトが解散させられるなどだ。身心ともに強いダメージを受け、その状態を長く引きずってしまう。成功や成長に対する意欲が損なわれるため、挫折後は取り組みやそのポジションでの継続が難しくなる。
 つまり失敗はミスの延長にあり、改善や学びの宝庫となるが、挫折は成功に対する意欲が失われるので企業にとっても悪影響を与え、その人のキャリアそのものを変えてしまう可能性が高くなる。

■就職試験で重視される「挫折」経験

 こうした背景もあり、「挫折」との向き合い方については、入社試験の面接項目として重視されている。どのような挫折経験があり、そこからどのような学びを得て、どのように克服・成長したのかを訊くのである。
 企業の一員となれば、個人が生涯稼ぐお金を超える予算を扱うことは当たり前に出てくる。その予算の大きさに潰されそうなプレッシャーを感じることもあるだろう。そのプレッシャーが予期せぬ失敗を招くこともある。あれほど準備していたのに大失敗をしてしまい、自信やプライドを失ってしまう。ひどい場合はうつ状態に陥ってしまうこともある。
 横浜国立大学大学院の宮戸美樹さんらの研究では、「挫折や失敗経験時には『抑うつ・不安』『不機嫌・怒り』『無気力』といった心理的ストレス反応が生じる」ことがわかっている。また「挫折経験者は挫折対象に対して非常に高い重要度を認知している」こと、そして「挫折は失敗より脅威的であり、自分に強く影響を与えるものである」ということが明らかになっている。
 挫折についての論文は多々あるが、挫折経験を挫折と捉えるかは極めて主観的であることが主張されている。これはたとえ気に病むほどの大きな挫折でも客観的に見ればそれほど大きなダメージではないということでもある。

■ダメな上司、ダメな部下がいるダメな組織環境で磨く「レジリエンス」

 そもそもその挫折は、自分のせいだけではない可能性もある。
 産業再生機構のトップとして破綻した日本航空をはじめ、さまざまな企業の再生に関わってきた経営コンサルタントの冨山和彦さんは、たまたま入った会社が「ダメな組織」で「ダメな上司」や「ダメな部下」がいるような環境でもそこで働く意義があるという。そういった会社や組織では早晩「改革」が行われるが、その改革は早ければ早いほど抵抗が大きい。曰く「まだそういう時期ではない」「いまならこういう方法で生き延びることができるはずだ」と。しかしそういった企業はいずれ修羅場となるので、早いうちに改革に取り組むべきだが、その分、批判や恨みを買いやすくなる。その修羅場をくぐっておくことで、その後幾度となく巡ってくる挫折から立ち直る「レジリエンス」を身につけられるという。
「若いうちに、弱小でボロボロでナイフと権謀術数まみれの組織に身を置くこと、あるいはそういう状況で仕事をする事は大変に恵まれた環境にいると思った方が良い。ダメな組織、ダメな上司や部下に囲まれて仕事をすることは確かに辛い。しかしそういうときは結果が出なくても自責の念にさいなまれず、ある意味、気楽なシチュエーション、人生の高地トレーニングと思えば、愛すべき人間の本性をありのまま観察できる。最高の学習機会なのである」(『挫折力─一流になれる50の思考・行動術』)

■挫折から立ち直る「レジリエンス」を身につけるトレーニングとは

 もちろん敢えて厳しい環境で「レジリエンス」を身につける必要はないかもしれない。しかし、過去の成功体験がそのまま通用する世界ではなくなっているいま、レジリエンスは確実に求められている。
 ではそのレジリエンスはどのように身につけられるのか。筋トレと同様、レジリエンスを身につけるには日々のトレーニングが重要になる。小さなトレーニングを繰り返し、習慣化することで、大きな挫折を味わったときでも立ち直ることが可能になる。

■究極のナルシストは挫折しない!

 挫折を挫折と捉えるかは、あくまで主観的なものだ。
 元NHKアナウンサーでエッセイストの下重暁子さんは、著書『人生にとって挫折とは何か』のなかで、「究極のナルシストは挫折しない」と語り、オリンピックで2冠を達成した羽生結弦選手の名を挙げている。喘息の改善を目的に始めたフィギュアスケートで、体力差を克服しながらもケガに見舞われ続け、その度に復活し、世界トップの大会では最高のパフォーマンスを見せて表彰台の頂点に立ち続けた姿は、究極のナルシストだからこそ実現できたのだとする。

■「ネガティブ言葉」の「ポジティブ変換」を習慣化する

 ナルシストは、常に自分と対話して行動を決める。周りとの比較や周囲からどう思われているかは気にしない。比較するのは昨日の自分と今日の自分である。もちろん誰もが羽生さんになれるわけではない。レジリエンス、あるいは“挫折耐性”を高めるにはまずマインドをリセットして、ダメージに引きずられないようにすることが重要となる。
 その1つは、日々使う言葉をネガティブなものからポジティブなものに変える「ボジティブ変換」を習慣化することだ。
 たとえば、「この方法のここで失敗した」で終わるのではなく「この方法の有効性を試すことができた。問題点が明らかになった。ここを改善すればいい」というようにプラスの言葉を使うようにする。
 ほかには
「失敗した」→「学びの機会を得られた」
「できない」→「できないが、練習すればできる」
「仕事がうまくいかない」→「新しいスキルを身につけるチャンスだ」
「ケガをした」→「命を失わなくてよかった」
「遅い」→「丁寧にやっている」
「無理だ」→「挑戦してみよう」
「語学が上達しない」→「1日1フレーズだけでも進歩している」
「上司に叱られた」→「期待されているから指摘された。成長のチャンス」
「同僚に比べて自分は…」→「比べるのは昨日の自分。少しでも成長できればいい」
「疲れた…」→「よく頑張った」
「失敗の連続だ」→「ドラマチックな人生だ」
「つまらない」→「新しい道を探す機会だ」
「(運転中)道を間違えた!」→「大丈夫道はつながっている」
 などだ。こうした言葉は、いざ失敗や挫折に遭遇したときにすぐ思い起こせるようスマホなどに入れておくといい。
 心理学が専門のスタンフォード大学のキャロル・S・ドゥエック教授は、成長マインドセットを定着させる魔法の言葉を紹介している。
 それが「まだ」である。
 たとえば「私は営業が苦手だ」という言葉に「まだ」を加え、「私は“まだ”営業が得意ではない」と言い換えるのだ。たったこの1言で、伸びしろがぐんと増すのが実感できるだろう。

■挫折耐性を高めていく「3行日記」

 挫折したときに立ち直りやすいメンタル、挫折耐性を身につけていくには、日頃の生活習慣が重要になる。日々を振り返りながら挫折耐性のエキスを数滴ずつ注入するのである。有効なのは日記だ。日記にその日起きたことを書き込み、改善ポイントをポジティブな言葉で締めくくる。たとえば3行日記である。
 3行日記では、①今日の良かったこと(ポジティブなできごと)を書き出す ②今日の気付き、学びを書き出す ③明日やることを書き出す─これを繰り返す。
 たとえば、仕事でミスをしたときは、
 良かったこと─「上司がフォローしてくれた」
 気づき─「焦るとミスをしやすいから、焦りを感じたら一度深呼吸をする」
 明日やること─「仕事前にTODOリストを確認する」
 また人間関係で悩んだ時は、
 良かったこと─「友だちが励ましてくれた」
 気づき─「自分の気持ちを素直に伝えることが大事」
 明日やること─「相手に感謝のメッセージを送る」
 といった具合だ。

■挫折ダメージを最小限に抑えるために1週間“ちゃんと”落ち込む

 挫折は往々にして突然遭遇するものだ。そういった予期せぬ挫折に陥ったときは、そのダメージを軽減する策も必要となる。対策のポイントとしては、①落ち込む期間を決めてしっかり落ち込む ②挫折を時間軸で捉えて3年後にはどうでもよくなっていると考える ③挫折を「他人の視点」で捉える、ことが挙げられる。
 ①─もし、あなたが羽生結弦さんのような「究極のナルシスト」でなければ、挫折にぶつかったときに、そのダメージを回避することは難しいだろう。だからそのときはしっかり落ち込む。問題はその期間だ。受けたダメージにもよるが、目安としては1週間を目処にする。カレンダーには1週間後を「復活の日」と記しておく。この「復活の日」は落ち込みの最後の日であり、「終わり」が見えることで、気分が楽になる。また区切りをつけることで落ち込みをコントロールしやすくなる。
 ②─いかに衝撃的な挫折でも3年後まで引きずることはまずないだろう。たとえば高校時代あれほど打ち込んだ部活で、県大会の決勝で敗れ、悲願だった全国大会の切符を逃したとなれば、その挫折は相当なものだろう。しかしそれでも3年も経てばそれが美しい思い出となったり、その挫折から学びを得て成長していることが多い。長い時間軸を想定するだけで、より客観的に自分を見つめることができるようになり、挫折を成長のプロセスとして受け入れやすくなる。
 ③─他人の視点を取り入れることも有効だ。もし自分が挫折して苦しんでいる場合、友人や同僚だったら、自分はどう接するかを考えてみるのである。あるいは「上司は失敗をそこまで気にしているのか」と考えるのだ。複数の部下を抱える上役であれば、あなたが思うほどその失敗を重視していない可能性は高い。失敗が問題化するのは、その影響を受ける人たちの間であり、しかも当事者でない限り失敗に思い悩むことはない。挫折は主観的なものだ。他人が「意外と自分の失敗を気にしていない」ことがわかれば、切り替えも早くなるし、以後過度に自分を責めることを防ぐことができる。

■普段から相談に乗ってもらえるメンターを持つ

 他人の視点を取り入れるには、普段からアドバイスをもらう関係をつくっておくことも大事だ。若い人は忙しそうな上司や先輩に声をかけにくいかもしれないが、日本では相談をする姿勢は、「やる気がある」と評価されることが多い。
 社内外にメンターと呼ばれる「師」を持つことも有効だ。失敗したときにメンターから客観的で的確なアドバイスを受けることができれば、挫折を避けることができるだろうし、飛躍のきっかけとなるかもしれない。仕事に限らず、襲いかかる困難に一人で立ち向かって乗り越える必要はない。一人で克服する姿は格好がいいし、憧れる。だが企業では孤高の一匹狼は不要だ。企業はそこに所属する人が一つの目標に向かって協力する場だからだ。むしろビジネスパーソンには「的確に助けを求める力」が必要だ。弱さや苦手を見せることは恥ではない。誰かの弱さは誰かの強みであり、誰かの苦手は誰かの得意である可能性が高い。むしろ社員が均一すぎる組織のほうがいざというときに弱いものだ。

■いざというときのために「負け戦」を“幽体離脱”して想定しておく

 時間軸を長くとることや、他人の視点を入れることは、挫折からチャンスを掴むきっかけともなり得る。
 ビジネスパーソンに昇進や左遷はつきものだ。AIがいかに進んでも完璧な人事評価制度は生まれていない。そこには斑(むら)と理不尽が常につきまとう。上司や同僚との相性もある。昇進できなかったからといって過度に自分を蔑む必要はないし、思い切って転職をするという手もある。いまは数多の転職サイトがある。実際に転職しないまでも、サイトに登録して自分の客観的な市場価値を見ておくのも手だろう。
 もしかしたらその会社は過度な競争を強いて社員を疲弊させるだけのいわゆるブラック企業かもしれない。転職して初めてそのことに気づくこともある。転職先で自分に合った環境を手に入れて、能力を発揮して見違えるように成長する人も多い。
 前述の冨山さんは、「いろいろな要素がどうしても噛み合わない時代、いろいろな事柄がすべて逆風になる方向に作用する時期はあるものだ」と言い、「そこで大きな逆向きの流れ、自分1人ではどうしようもない因子に圧倒的に支配されている感じがしたときは、とりあえず三十六計逃げるにしかず。風当たりの小さい脇道にそれて、木陰で休憩していればよい」と説く。よくある成功哲学に踊らされて「何歳までなになにを成し遂げなければならない」と自分自身を追い込む必要はないのだ。
 冨山さんはまた、大きな挫折を避ける観点からは、自分の負け戦を他人事のように予想し、もう1人の自分をつくり上げてそのときに備えておくことも推奨している。いわば自分の「幽体離脱」である。自分が打ちのめされている状態を「幽体離脱」して見ておくことで、全身全霊を注いで戦うことができ、そして結果が伴わないときは粛々と撤退戦を遂行できる。そして木陰で息を整え、英気を養って捲土重来を図るのである。

■大挫折はどうしようもない「運命」。そのときは他人のせいにしてリセットする

 冨山さんはまた、大挫折に遭った場合、それは運命だから思い切って他人のせいにしてしまえ、と大胆な提言をしている。曰く 「大挫折は自分ではどうしようもない外部要因による『運命』だから、この際、全部他人のせいにして水に流し、リセットするチャンスである」と。
 この場合、他人というのは身近な同僚や知り合いというだけではない。社会全体に大きなリセットが求められるとき、そこには企業そのものが消失したり、業界そのものがなくなってしまうこともある。江戸時代から明治時代に移行する際には、欧米列強の外圧が最大の「外部要因」であったし、日本の高度経済成長を終わらせた「ドルショック」や「オイルショック」も外部要因であった。

■企業の業績が一気に落ち込むと、「戦犯探し」が始まり、謀反や裏切りが起こる

 多少の歪みや齟齬、内紛があったとしても、企業が成長しているときは大きな問題にはならないものだ。だが変動要因が大きい現代社会では、企業の業績が突然変わることがある。成長を遂げた企業が一気に落ち込んでしまうと、途端に「犯人探し」「戦犯探し」が始まるもの。そういったときには、必死で権力や役職にしがみつく人がいる一方で、あっさり会社を去る人もいる。
 どちらが正解というわけではない。信頼を集めていた上司が責任逃れの弁明を繰り返し、その失敗責任を同僚や部下になすりつける場合もあるだろう。周りからすれば「裏切りだ」「謀反だ」「まさかあの人が…」と思えても、よくよく背景を探ると、子息が私立の名門高校に入学したばかりだったり、家のローンがかなり残っていた、親の介護で転職ができないなど、さまざまな事情が見えてきたりする。そうした背景を考慮したとき、自分がその身だったらどうだろうかと考えることも大切だ。もちろん、その人がその場に居座ることで会社中に悪影響を及ぼすなら、いかに会社に貢献した人だったとしても、「泣いて馬謖を斬る」ことも必要となる。しかし切るにしても、相手の事情を察知したうえで解雇や退職を促すのとそれ以外では、互いの人生の厚みや色合いが変わってくるはずだ。
 かつて冨山さんがある会社のリストラにからんで工場の売却を決めたときのことである。その引き渡し日が近づくと、新たな土壌汚染が見つかったり、建物の耐性耐火問題が発生するなど、何らかの問題が発生して、引き渡し日がどんどん延びていった。なぜかを探ると地元出身の工場長が浮かび上がった。調べてみるとお嬢さんの結婚式が近いという。つまり大事な一人娘の親として、地元の名士である「有名◯◯会社□□工場長」の肩書きのままで出席したかったということがわかった。

■長いビジネスパーソン人生のなかでは、「相談する力」を身につける

 冨山さんは、そういうことなら一言言ってもらえれば対応
の仕方も変わっていただろうと語っているが、一流企業のビジネスパーソンであった彼としてはプラドもあって言い出しにくかったのだろうと深慮している。
 こうした点からも、常日頃から「相談する力」を持つことは重要である。それは必ずしも上司や同僚がその対象となるのではなく、年の離れた若手や外部の他分野の人なども含めておくといい。一般的には3タイプの違う相談相手がいるといいとされる。ブログラミングなどITスキルを義務教育から習得している若手世代は、昭和世代が抱える悩みをあっさり解決してくれるかもしれないし、僧侶や格闘家、漁師、動物園の飼育員など、普段接点のない“遠い人”であれば、まったく違った視点からアドバイスを貰えるかもしれない。

■対人関係では理想の人物像を勝手につくらない。芦田愛菜さんの言葉の含蓄

 先の工場長のように挫折を“こじらせてしまわない”ためには、やはりマインドセットを変えていくことが大事だ。とくに日本人特有の思考グセやバイアスは修正しておくべきだろう。
 日本人特有の思考やバイアスとして指摘される代表が「完璧主義」だ。この完璧主義がとくに日本のものづくりの品質と信頼を支えてきたのは事実だが、21 世紀を迎えてからは、この日本人特有の完璧主義が企業の進化を足踏みさせてきたとの指摘も多い。これは先に指摘した「正解を求める」学校教育の問題でもある。
 もちろん医療など生命健康にかかわる分野においては満たすべき条件は完璧でなければならない。しかしたとえば、対人関係となると話は別だ。相手に100%の信頼を置いていたりすると、ちょっとした齟齬で関係が険悪になり、仕事のパフォーマンスが低下したりする。人間は変化・進化していくものだ。そのステージごとにつきあうメンバーも変わっていく。したがってどんな人間関係でも100%の関係はないとの前提で付き合うべきだろう。
 その意味で女優の芦田愛菜さんの言葉は卓見である。
「よく、その人のことを信じようと思いますという言葉を使うことがありますが、それってどういう意味なんだろうと考えました。それは、その人自身を信じているのではなくて、自分が理想とするその人の人物像みたいなものに期待してしまっていることなのかなと感じて。だから人は、裏切られたとか、期待していたのにと感じてしまう。でもその人が裏切ったわけではなく、その人の見えなかった部分が見えただけであって、その見えなかった部分が見えたときに、あっ、それもその人なんだと受け止められる揺るがない自分がいるか、信じられるかということなのかなと思ったんです。けれど、揺るがない自分の軸を持つのってすごく難しく不安になったりします。だからこそ、人は『信じる』と口に出して、成功した自分とか理想の人物像にすがりたいんじゃないかと思いました」
 この言葉を彼女は16歳で発している。若い人に学ぶことはたくさんあるのだ。

■成功しなければ意味がないといった「白黒思考」を捨てる

 根性や粘り強さ、我慢強さも日本人特有だろう。しかし一歩引いて、その根性や粘りを正しい方向に向けているかは常に問うべきだ。高いハードルを超えるために鋼のようなメンタルで粘り強く挑み続けることが、もしかしたら大いなるムダを生んでいるのではないかと考える。とくに「途中で辞めることは敗者」という考えは捨てるべきだ。「成功しなければ意味がない」「これに賭けているから、これに破れたら人生は終わり」といった「白黒思考」は、その人の人生そのものを無駄にしてしまう可能性がある。白黒にこだわりすぎると第三の選択や第四の選択などの「より良い」道を潰すことにもなりかねない。白か黒かではなく「グレー思考」で、白に近いグレー、黒に近いグレーなど、自分の能力や置かれた環境、体調に応じて進めたほうがいいだろう。
 そもそもその人が掲げる成功とは、具体的にどういったものなのか。所属組織の売上が10億円を突破することなのか。担当する製品のシェアが5割を超えることなのか。それをいつまで成し遂げるのか。あるいはその人個人が有名人となってマスコミのニュースやバラエティ番組によく呼ばれるような人になることなのか、資産10億円以上を持つことなのか─。
 成功者と言われる人は大きな目標を掲げ、比類なきエネルギーで、ときに巨大台風のような爪痕を残しながら、その地位を築いている。スティーブ・ジョブズさんしかり、ジェフ・ベゾスさんしかり、柳井正さん、孫正義さんしかり……。しかしながら、彼らはその地位に至るまでは凄まじいまでの挫折を繰り返している。柳井さんが自著で語っているように、現在の高みは「1勝9敗」の勝率の末にたどり着いたもので、決してスマートといえるような成功物語ではない。

■失敗を「学び」と捉え、その原因を「なぜなぜ」と追究し、修正を加える

 大事なことは、失敗を「学び」と捉え、その原因を追究し、修正を加えることだ。
 誰も失敗して嬉しいとは思わない。大きな失敗であれば、誰でも落ち込むし、なかったことにしたいと思う。早く記憶から消したいと思うだろう。だが、挫折と向き合い立ち直ることで、人は大きな成長を遂げる。
 キャロル・S・ドゥエック教授によれば、「失敗を学びの機会」と捉える人は長期的に成功しやすいという。
 辛くても失敗と向き合って、なぜこういった結果に至ったかを分析することは重要だ。幸いこうした原因分析の手法はさまざまある。製造業であれば、人(Man)、機械(Machine)、材料(Material)、方法(Method)の4つの要素から分析する「4M分析」や、トヨタグループで使われる「なぜなぜ分析」、特性と要因との関係を系統的に結んで分析していく「特定要因図(フィッシュボーンチャート)」などがある。これらのなかで失敗要因の分析にオススメだとされるのが「なぜなぜ分析」だ。
 なぜなぜ分析はトヨタ自動車がトヨタ式カイゼンを進めるなかで誕生した原因分析手法で、製造業のみならず、さまざまな業界で利用されている。トラブルが起こった際、その原因を「なぜ」「なぜ」と5回繰り返すことで、原因のさらに奥にある「真因」を明らかにして、抜本的対策の道筋をつくることが可能になるとされる。
 たとえば、重要なプレゼンで失敗して、コンペで負けてしまったというケースがあったとする。
 1の「なぜ」─なぜ大事なプレゼンで失敗したか→自社製品の強みを十分伝えることができなかった
 2の「なぜ」─なぜ十分伝えることができなかったか→先方が求めている機能と価格に十分応えていなかった
 3の「なぜ」─なぜ先方が求めている機能と価格に十分応えることができなかったのか→自社の機能がオーバースペックで予算を超えていた
 4の「なぜ」─なぜ予算とオーバースペックを把握できなかったのか→過去にオーバースペックで予算をオーバーしているにもかかわらず、採用されたから
 5の「なぜ」─なぜそのときは採用されたのか→担当者が違っていたことと、当社製品のライバルがほぼなかった
 といった具合だ。失敗の原因は1つではない。たいがいが複数の要因が絡んでくるので、直線的な「なぜなぜ」では真因にたどりつかないこともある。しかし「なぜなぜ」を問うことは、自己を客観視するうえでも有効だ。

■修正や改善は、一気に進まない。1ミリでも進めばそれは進化であり、成長である

 こうしてたどり着いた原因や真因から、改善、修正策を考えていくことで、挫折したときのレジリエンスは高まっていく。そのとき留意しておきたいのは、100%の修正や改善を期待しないことだ。10%、5%でも改善できたら、それを素直に自賛する。ダイエットのプロセスと同じだ。少しずつ改善し“挫折耐性” を身につけていくのである。
 繰り返すが、挫折は主観的な事象だ。挫折から立ち直らせることができるのは、最終的に自分自身である。人と比較することはない。比べるべきは過去の自分だけであり、目標になかなかたどり着かないなと思えても、1ミリでも進んでいれば、それは進化であり、成長であることは間違いない。

参考
【書籍】●『挫折力─ 一流になれる50 の思考・行動術』冨山和彦[PHPビジネス新書]●『人生にとって挫折とは何か』下重暁子[集英社新書]●『マインドセット 「やればできる!の研究」』キャロル・S・ドゥエック[草思社]
【Web】●パフォーマンスナビ ●東洋経済オンライン ● talentbook ●朝日新聞デジタル ●横浜国立大学学術情報リポジトリ ●ミキワメ終活 ●広島大学東京オフィス ● staseon.com ●キャリアパーク就職エージェント ● Digitalbox ● ORICON NEWS ほか

POINT
■ 日本企業は「失敗欠乏症」になっている
■ AI、DX化が進むと社員は失敗しにくくなる
■ しかし企業は失敗する場を求めている
■ 失敗は成長のプロセス
■ 挫折は失敗によって心理的に大きなダメージを受けること
■ 挫折経験を問う就職面接が増えている
■ 挫折経験者は、長期では確実に成長する
■ 挫折から立ち直る「レジリエンス」を鍛える
■ レジリエンスを鍛えるためには、マインドセットを変える
■ 失敗イコール恥を脱却する
■ 正解至上主義をやめる
■ 間違いを指摘するより、「なぜそう考えたか」を問う
■ 日々のできごとを3行で振り返る
■ ネガティブな言葉、心情をポジティブな言葉に変える習慣を
■ ちょっとでも進んだら「進歩」を褒める
■ 大挫折は誰かのせいにして、逃げてもいい
■ 逆風が吹くときは、横道にそれて休む
■ 白黒主義ではなく「グレー主義」で
■ 失敗の真因を「なぜなぜ分析」で見出す

ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム

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