実は“男も化粧”は古代からの日本の常識 伸びしろMAX!男性化粧品市場

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■右肩上がりの男性化粧品・ボディケア市場
男性化粧品というとヘアリキッドやひげそり後のアフターシェーブローション、あるいは男性向け香水、オーデコロンなどがイメージされるだろうか。
いまや男性が化粧水をつけるのは珍しくないし、乳液にファンデーション、アイブロウ、リップ、アイライナーまでラインナップは揃っている。「男がファンデなんて…」「男がアイライナーなんて」などと眉をひそめているとしたら、令和女子から「それは昭和のセンス!!」と一笑に付されるかもしれない。
調査会社の「インテージ」が行った男性基礎化粧品の市場調査によると、2024年の市場規模は438億円となり、前年度比で114.8%の伸び。2019年の243億円からすると1.8倍に成長している。この間コロナ禍があり、女性の化粧品市場は縮小したのに対し、男性化粧品はいずれの年も前年度を上回っているから、いっときのブームではなく確実に男性の間で化粧が定着していると言えよう。
世代別に見ると20代から30代の購入率が1.8倍に伸び、年代が上がるごとに伸び率は下がるが、60、70代でも1.5倍の伸びだった。
また総合マーケティングビジネスの「富士経済」の調査では、2024年のメンズ整肌料市場は314億円となり、5年で3割ほど伸びている。またヘアートリートメント市場は1821億円で、前年比で4.1%伸びている。
ちなみにインテージが定義する「男性基礎化粧品」には、①パック、②乳液、③化粧水、④クレンジング、⑤クリーム、⑥美容液、⑦洗顔が入っており、うち最も市場が大きいのが⑥の美容液で約119億円、次が化粧水で108億円、3番目がクリームで80億円となっている。
拡大している男性化粧品において強烈なインパクトを与えたのが、サントリーウエルネスが発売したミドル・シニア世代向けのオールインワンスキンケア美容液「VARON(ヴァロン)」のヒットである。VARONはCMも実証的で同世代のシニアに受ける構成になっており、CMの上手いサントリーならではという印象だが、実際初年度の2022年度の売上が10億円で、23年度には一気に30億円を突破し、メンズ「保湿ケア」カテゴリーでNo.1を獲得するなど、これまでスキンケアなどにあまり関心がなかった中高年を揺さぶった。中高年男性向け基礎化粧品におけるトップブランドに躍り出た印象だ。この動きを受け、老舗男性化粧品メーカーの「マンダム」も、55歳以上をターゲットにした新ブランド「ZFACE(ゼットフェイス)」を発売した。今後こうした商品が続々と生まれてくるだろうが、そのなかには女性向けブランドが性差を乗り越えてやってくるかもしれない。
■コーセー「雪肌精」が、社長の肝入りでいつの間にか男性向けに!
というのも、すでに成功例があるからだ。それがコーセーの主力ブランド「雪肌精(せっきせい)」だ。
もともと雪肌精は1985年に誕生した3000円から5000円台の高機能化粧水で、コアターゲットを30代から40代としていた。その後、その透明感が支持され売上は右肩上がりとなり、さらに中国人観光客の爆買いなどに支えられ、雪肌精はその名称通りの肌をつくるブランドとして定着した。しかし、その後コロナ禍などもあり、その影響で売上が落ちていった。さらにロート製薬が「肌ラボ」や「メラノCC」といった1000円から2000円ゾーンの低価格帯を出してくると、ドラッグストアの主役が入れ替わった。
コーセーはこうした状況に対し、ターゲットを20代に変えたのだった。それまでブランドキャラクターを務めていた女優の松嶋菜々子さんに変えて、一世代若い新垣結衣さんを登場させた。以後も清原果耶さん、永野芽郁さんなどの20代女優がブランドキャラクターを務めている。
化粧品マーケティングではこれだけでも大胆な挑戦だったが、2019年同社はさらに驚く手に打って出た。フィギュアスケートのオリンピック2大会連続金メダリストである羽生結弦さんをイメージキャラクター(アンバサダー)に起用したのである。ともに美を追求し、かつスケートリンクの白と雪の白、肌の白さを重ね合わせるイメージ戦略は奏功し、男性購入者が2割増えたという。実は雪肌精は羽生さんがもともと母親に勧められて使っていたため、アンバサダーは本人からの申し出があったらしい。男性購入者が増えた背景には、羽生さんがCM中に「雪肌精に男性用はありません」と敢えて言っていることがある。つまり、「そもそもジェンダーレスな化粧品」であることを意識させているのである。
この成功を得て、コーセーの小林社長はメジャーリーガーの大谷翔平選手に直接オファーをして、2023年からアンバサダーを務めてもらっている。さらに大谷選手は、同社の高級ラインである「コスメデコルテ」のキャラクターも引き受けており、そのダイレクトな効果についての詳細は不明だが、同年上半期のコーセーの売上は前年比で44.5%増と急カーブを描いたのだった。
その後もコーセーは雪肌精をジェンダーレスな基礎化粧品と位置づけ、肌を見られることが多い男性俳優やミュージシャン、スポーツ選手などを続々と起用し、ジェンダーレス化粧品のイメージを浸透させている。
■高校球児もお肌対策は当たり前
男性基礎化粧品は、俳優やミュージシャン、メダリスト、世界的スポーツ選手など、職業柄「他人に肌を見られること」が商売だから必要なのではない。若いうちからこうした基礎化粧品で肌を守っていくことが、将来の皮膚がんなどのリスクを抑えることに繋がるからである。
とくに炎天下で行われるスポーツは、日焼けがそういったリスクを高めるだけでなく選手のパフォーマンスを落とす要素となる。2023年の夏の高校野球選手権大会では、優勝校、神奈川県代表の慶應義塾高校の選手が日焼け止めを塗ってグラウンドに出ていたことが話題となったが、理に適ったことだった。
慶應義塾の選手が日焼け止めに使っていたのは「ニベア」だったが、この事実にコーセーが素早く反応、雪肌精を使ってスポーツにおける日焼け止めの重要性を啓発する活動「雪肌精 SUN BLOCKERS」を全国展開し、茨城県の甲子園常連校「常総学院」で紫外線対策講座などを行っている。
いまでは暑い盛りに行われるスポーツで、選手が身体ケアのために適した飲料を摂ることは常識となったが、日焼け対策もスポーツの当たり前となってきた。のみならず、小中学の屋外部活動などでも、こうした基礎化粧品を使った肌対策は一般化してきているのである。

■男性が化粧しなくなったのは実は割と最近
実は、日本男性はかつて当たり前に化粧をしていた時代があった。というより、歴史を遡るとむしろ化粧をしていなかった時代のほうが短かった。
古代の日本では、男女ともに赤い顔料(丹)を使った化粧が行われていた。これは支配者に対する服従の証と考えられている。この時期の男性は、社交的な場においても威厳を保つための手段として赤化粧を行っていたが、平安時代に入ると貴族の間では白塗りや眉化粧、お歯黒が一般化した。また髪を丁寧に整えることも男性の身だしなみであった。源氏物語の一節には「白化粧がムラになって見苦しい」と表現する部分があるように、その出来栄えは男性の品格を表すものでもあった。
それまで化粧のデファクトスタンダードだった赤化粧がなぜ白化粧に変わったのかは諸説あるようだが、有力な説としては日本の主力階級である貴族の住居が寝殿造に変わって庇が延びたことが考えられている。庇で室内が暗くなったため赤化粧だと顔が識別しにくくなったので、識別しやすくするため白化粧にしたという説だ。また眉を描くとコントラストが出て、その描き方で顔を大きく見せることができ、威厳が保てるということもあったとされる。
鎌倉時代になって武士が台頭すると、源氏の流れを汲む武士は基本的に素顔で通したが、貴族文化を引きずる平家一族は化粧を続けていた。室町時代に入ると、幕府が置かれたところが天皇御所に近かったこともあり、中流から上流の武士は貴族を模倣するようになってお歯黒などの化粧を採り入れるようになった。化粧はステイタスを表すだけでなく、その教養も表すものとなっていった。
その後戦国時代になると、各武将たちがそれぞれ自由に化粧を採り入れていった。今川義元や北条氏康などは貴族風のメイクを採り入れたが、化粧しない武将もいた。男性の化粧に興味がなさそうな、あの豊臣秀吉も晩年はお歯黒に作り髭、眉を描くなど、公家風のメイクをしていた。
戦国時代のメイクは武功にも使われ、たとえば戦で討ち取った武将の首にお歯黒を塗って自分の大将に差し出すツワモノもいた。お歯黒を塗った武将は身分が高いと考えられていたからだ。
その後江戸時代になると、町人文化が花開き、歌舞伎俳優や遊女を真似た化粧が庶民にも広がり、化粧水や白粉が人気を博した。また『都風俗化粧伝(みやこふうぞくけしょうでん)』といった化粧のノウハウ本などが発行されて化粧ブームに拍車がかかった。この時代、町人、とくに若い男性は化粧より身だしなみに気を遣っていた。銭湯に通って毛切石(けきりいし)を使ってムダ毛を沿ったり、眉を抜いて薄くする「かったい眉」、あるいは白い歯を保つために念入りに歯磨きをしたり肌を米ぬかで磨くなど、オーラルケア、スキンケアに勤しんだ。
対して支配階級である武士からは化粧文化が失われていった。これは世の中が安定したため、他の武将に対して必要以上に見栄や威厳を保つ必要がなくなったことや、度重なる飢饉などから倹約令が各地で出されたことなどもあるようだ。
こうした化粧文化は、明治時代になると西洋化に影響を受けて薄れていった。明治政府が進めた富国強兵政策により健康で頑強な肉体が求められ、ファッションや化粧は不要と考えられたのだった。
つまり明治から昭和の途中までの近代1世紀ほどが、男性が化粧を避けていた時期で、日本の長い歴史からすれば、男性が化粧をすることは珍しいことではなかったのだ。

■女性に優しいことは、男性にも優しい
世の中的には、男女格差をなくし、ジェンダーを問わずに働きやすい環境をつくる働き方改革が進んで、ジェンダーレス商品、ユニセックス商品が広がっている。男性専用だったものが女性に転用される、共有されることは難しい面が多いが、一般に女性が使いやすい商品、女性に優しい商品は男性にも転用しやすい。別に男性だから肌が強いとは限らないし、ダメージの回復が早いというわけではない。同じ環境であれば、ケガの発生率は男女同じだ。差があるとすれば、「意識」だ。
肌を守る、髪を守る、清潔感を保つといったことは一般の人間として取り組むべき共通のテーマである。
もしかしたら、将来学校教育カリキュラムのなかに「化粧」時間が入ってくるかもしれない。
参考
【WEB】●NHK●朝日新聞デジタル●和楽●週刊粧業●日経ビジネス電子版●MarkeZine●日経Xtrend●コーセー公式サイト●東洋経済オンライン●女性自身●PR TIMES ●インテージ●富士経済●通販通信●DCOLLECTION×COSME●Hugkum(小学館)
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