少子化時代の秘策か?はたまた新たな人口問題のはじまりか?現実化する「不老不死」時代
目次
■人類の寿命は120歳まで延びる
人生100年時代と言われる昨今。医学が今後さらに発達すれば、人類の寿命はさらに延びるとも言われる。
とくにがんや心臓疾患などの三大疾病に対応した優れた薬や治療法が開発されれば、人間の寿命は一気に延びるだろうと言われている。
多くの学者の見立てでは、ストレスのない健康的な条件の下では人間の寿命は120歳まで延びるとされてきた。
しかし近年、科学技術の急速な発展により、さらに寿命を延ばせる可能性も出てきた。それどころか、人類の永遠の夢だった「不老不死」時代を迎えたという学者もいるのだ。
■老化は「病気」
人間は一般的に身体的には20代から30代はじめ頃まで成長し、ゆるやかに老化、衰退していく。一方脳は40代まで成長が続き、また精神的・心理的な成長は生涯にわたって続くと言われている。
現実的には40代から体力の衰えを感じはじめて、その後50代、60代と10年ごとの壁を越えるごとにその衰えの度合いが深くなっていく。年を重ねると誰もが「老化」し、肉体的に精神的にも衰えてしまうものだった。
だが近年医療専門家や研究者が言っていることは「加齢」と「老化」は違うということ。加齢とは文字通り、「齢を加えていく」ことである。対して老化は「体が変化し老いていく」ことだ。もっと明確に「老いは病気」という医師や研究者もいる。つまり老化は病気だから、起こっていく事象は医療の進展によって「治療」が可能だということ。的確な治療を施せば、人体を構成するさまざまな機能を復元し、場合によっては強化、若返らせることもできるようになったのだ。
■広がる「アンチエイジング」技術と市場
その取り組みの1つが「アンチエイジング(anti-aging)」だ。アンチエイジングの意味は「加齢(aging)に抗う(anti)こと」だが、生きている限り年を重ねることに逆らうことはできないので、正確には「老化という病に抗うこと」になる。
アンチエイジングにはさまざまな取り組みがあるが、大きく①生活習慣の改善、②肌のケア、③心理・精神(メンタル)のケア・管理、④ホルモン療法などのアンチエイジング医療、⑤サプリメントの服用による機能維持などがある。
このうちアンチエイジング医療については、ほぼすべての診療科領域でなんらかの取り組みがなされている。たとえば眼科の「白内障手術」は、高齢になると増える白内障の治療法として一般化している。また高齢になると出てくる骨粗鬆症では、骨形成を促進する「テリパラチド」や、骨吸収を抑制する「ビスフォスフォネート」、「デノスマブ」などの治療薬などが生まれている。がん治療法としては、がん細胞の進行を防ぐ、ホルモン療法剤を使った副作用の少ない「ホルモン療法」が確立している。
■サプリメントを賢く活かす「オーソモレキュラー医学」
またサプリメント服用によるアンチエイジング法として注目されているのが、「オーソモレキュラー医学」だ。これは栄養素を正しく摂り入れることで病気の予防や治療を行う方法で、個々の栄養状態から不足している栄養素をサプリメントで補う、いわば補完の医学。サプリメントを用いることから、「サプリメント療法」とも呼ばれ、「サプリメント外来」といった診療科を持つ病院やクリニックも増えている。
サプリメント療法では、医師が血液検査や尿検査などから個々の栄養状態を分析し、不足している栄養素を特定して、それを補うサプリメントを処方する。
■幹細胞活用技術が先導する「若返り」
現在、不老不死技術を牽引するのが幹細胞研究による「再生医療」技術だろう。幹細胞技術の応用により、臓器の機能維持どころか、臓器そのものを新しく再生できるようになった。
幹細胞と言えば、ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授が発見した「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」が有名だが、ほかにもあらゆる細胞に分化する能力を持つ多能性幹細胞と呼ばれる「ES細胞(胚性幹細胞)」がある。このほか、骨髄や脂肪組織の細胞をつくる「間葉系幹細胞」や、造血幹細胞、骨髄幹細胞など特定の細胞に分化する「組織幹細胞」、1個の細胞だけで個体を作り出せる受精卵が持つ「全能性幹細胞」など、再生に使われる幹細胞も多様化し、より精度の高い臓器再生が可能となっている。
■動物の内蔵を人間に移植する「異種移植」も実用化が進む
ブタなど人間以外の臓器を育成して人間に移植する「異種移植」技術も進んできた。アメリカではすでに人間への異種移植が行われている。2022年1月にメリーランド大学医療センターの医療チームは、遺伝子改変されたブタの心臓を心臓疾患を持つ57歳の男性に移植している。この男性は術後2ヵ月で亡くなったが、異種移植に大きな一歩を与えたとされている。
日本でも2024年2月には、明治大学発のベンチャー「ポル・メド・テック」と鹿児島大学、京都府立医科大学などのグループが、日本国内で初めて移植用に育てられた遺伝子改変ブタの腎臓をサルに移植する手術を行い、成功している。移植したサルからは無事尿が排出され、血流も確認されている。
幹細胞から新たな臓器や皮膚をつくれるようになることは、現在の難病を根本から治療できる可能性も出てくる。
■ゲノム編集を簡便にした編集技術「クリスパー」
異種移植、人間同士の「生体移植」の分野で欠かせないのが「遺伝子操作」技術だ。遺伝子操作では、ゲノム内のDNA配列を意図的に切断して、切断されたDNAが修復される過程で必要な遺伝子の機能を書き換える技術「ゲノム編集」が知られているが、ほかにもDNAの一部をほかの生物の細胞に導入して、その遺伝子を発現させる「遺伝子組み換え」がある。こうした中、近年話題となっているのが、「CRISPR=clustered regularly interspaced short palindromic repeats(クリスパー)」というゲノム編集技術。従来のゲノム編集技術に比べ、編集が簡便なことが特長だ。
CRISPRは、もともと細菌がウイルスに対抗するための免疫システムとして進化したもので、この自然のメカニズムを応用することで、多様な生物のDNAを編集することができるようになった。よって単細胞生物から多細胞生物まで、医療だけでなく農業や漁業、林業など幅広い分野でも活用が期待されている。そのCRISPRの中で話題となっているのが「CRISPR/Cas9」。ガイドRNA(gRNA)によって狙ったDNAの位置を示し、その位置をCas9という酵素がいわばハサミとなって、切って改変する方法だ。DNAの修正や削除、新しいDNAの挿入が容易なので、高校生でも数週間練習すればできるようになるとされる。CRISPR技術は、DNAを編集できることから老化だけでなく、さまざまな遺伝性疾患の治療にも応用されることが期待されている。
■血管、神経は「3Dプリンタ」でつくる時代に
不老不死に必要な「新しい臓器」は、幹細胞の培養から生まれるだけではない。すでに工業製品のように量産可能な段階に入りつつある。その技術の1つが「バイオ3Dプリンタ」である。一般の工場や建設業で使われる3Dプリンタではなく、生体や細胞を材料として損傷した箇所をつくっていく技術だ。現在は骨や血管、神経などの生産が期待されている。
佐賀大学医学部附属再生医学研究センターとバイオベンチャーのサイフューズ社は、バイオ3Dプリンタを用いてつくった細胞人工血管を人間に移植する臨床研究を2019年から行っている。また京都大学では2021年、医学部附属病院整形外科でバイオ3Dプリンタを用いた神経再生技術の開発に成功している。
3Dプリンティングは、大量生産には向かないものの、1つ1つ個別の仕様で製造ができるため、今後医療界が目指す「オーダーメイド医療」を後押しするコア技術として期待を集めている。
■治療法がないなら、確立まで凍結されて待つ「クライオニクス」
こうした再生医学や異種移植、バイオプリンティング技術、アンチエイジング医療は、時代が下るにつれてどんどん実現性と精度が上がっていくので、人間の健康寿命をさらに延ばすことになることは間違いない。
ただその多くはまだまだ課題が残っている。人類がこの10年で不老の身体を手に入れることは難しいだろう。
そこで将来、そういった治療・再生技術が確立した時期まで自分の体を維持しようという技術も進み始めている。自分の体を冷凍保存する「クライオニクス」という技術である。「コールドスリープ」という言われ方もするが、コールドスリープはSFなどの世界で語られる技術なのに対し、クライオニクスは現実的な技術として捉えられている。
クライオニクスとは、死亡した後の人体を冷凍保存して、死亡時に治療不可能だった病気や身体特性が治療可能となったり、変化させられるようになったときに、その人体を蘇生させる技術だ。
技術的には、死亡後、遺体の体液が不凍液に置き換えられた後、液体窒素でマイナス196度まで徐々に冷却された後、氷の結晶がつきにくい「ガラス化凍結法」という保存方法で特別な保存タンクに閉じ込め、来るべき時まで保管される。
■凍結方法は全身と脳(神経)の2種類
現在クライオニクスはアメリカとロシアでのみ行われているが、いまのところ世界で数百人が冷凍保存されている。クライオニクス事業はアメリカでは「アルコー延命財団」、「クライオニクス研究所」の2つの団体が行っており、ロシアでは「クリオロス」という団体が行っている。保管する部位は、全身と脳(神経細胞)の2つがあり、それぞれ費用が違う。アルコーの場合は全身が約22万ドル、脳が約8万ドルとなっている。日本の墓地の永代供養と比較するのは野暮であるが、かなりの高額だ。遺体の維持管理費のほか費用の半分が財団の基金に回り、運用されている。一方クライオニクス研究所は生涯
会員となれば、入会費、年会費を除くと2万8000ドルとかなり安くなっている。またペットの冷凍保存も可能だ。
■寿命が急激に延びたとき、地球は十分な資源と環境を提供しているのか
人類が誕生以来の夢であった「不老不死」を実現するとなると、さまざまなやっかいな問題が現れる。まず増え続ける人間を維持するだけの場所と資源をどう確保するかという物理的な問題だ。長期にわたって人が生き続けるとなれば、それにふさわしい働く場所や住む場所が要る。少子化がこのまま進んだとしても、出生率がゼロになるわけではない。人口に対しての食料やエネルギー資源の自給率を「アウタルキー」と呼ぶが、各国がアウタルキーを確保できないとなれば、そこに争いや奪い合いが起こる。生き残るべき人とそうでない人との線引きが行われるかもしれない。その線引きをいったい誰がするのだろうかとも考えてしまう。
もしかしたら、交互に人類が冬眠をしながらお互いの資源を確保するようになるかもしれない。そうなれば、1日の活動時間を極力減らして、できるだけエネルギーを使わない生き方が推奨されるようになる可能性もある。
人生観も大きく変わるだろう。自然死する不安は消えるが、事故死や災害死などは残るから、自然や社会への関心がいま以上に高まる可能性もある。
仮に死の不安は激減したとして、逆に長く生き続けることへの苦痛が生まれることはないのだろうか。
遠い先の話のようだが、不老不死時代の生き方をそろそろ想像しておいたほうがいい時代なのかもしれない。
参 考
【書籍】●『まんがでわかるクライオニクス 未来を拓く新技術 実用的クライオニクスへの挑戦』原作:橋井明広/漫画:高原玲/監修:清水伶信〈脱DNA プロジェクト委員会〉
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