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誰もがマルチタスクで仕事をこなす時代に独りよがりの「非生産性」の罠から抜け出す「インバスケット思考」&「ヘルプシーキング」

 VUCAの時代と言われて久しい。この数年をみてもコロナのパンデミック、ウクライナとロシアの戦争、イスラエルとパレスチナの戦争、空前の円安、これらに起因する資材の高騰や半導体不足など、想像できなかったことが立て続けに起こっている。ビジネスパーソンは常に合理的で納得のいく判断が求められるが、今はマルチタスクを誰もが求められる時代。無数の因子が複雑に絡み合った社会環境のなかで、複数の仕事を合理的に判断することは難しい。最近はAIやシミュレーターの精度が上がっているものの、どんなにAIが進んでも「AIに丸投げ」、とはいかない。計画を進める際、処理の構造や手順、情報整理をしておかなければ的確な判断はできなくなるからだ。やってもやっても成果が出ない、細切れの雑務に忙殺されてうまくいかない……そんな時はどうすればいいのだろう。

■マルチタスクをなんなくこなす人は本当に「デキル人」なのか

 各職場にはマルチタスクをなんなくこなす「仕事のマエストロ」がいたりするものだが、実はマルチタスクは生産性を下げるという研究も増えている。そもそもマルチタスクは脳の構造的に無理がある。脳は複数のタスクを同時に処理しているのではなく、シリアルにいくつものタスクを切り替えながら処理しているため、切り替えごとに注意力が下がることがわかっている。
 注意力が下がればエラーの確率が上がり、ミスや見落としが増える。また一定時間にたくさんのタスクが詰め込まれるため、ストレスも増大する。ストレスが増えれば本人の体調だけでなく、イライラが募ったりして周囲とのコミュニケーションが悪化し、部署全体のパフォーマンスを下げる可能性も出てくる。
 また1つの仕事が一定程度のレベルで次々と切り替わるため、達成感がなくモチベーションが下がることがわかっている。
 集中力、モチベーションが下がれば創造力も下がるから、アイデアやイノベーションが生まれにくくなり、ひいては企業にとっての新たな収入源の獲得が難しくなる。
 かといってマルチタスクを避けて仕事を進めようものなら「仕事ができないヤツ」のレッテルを貼られそうだ。しかし生産性研究の専門家によれば、そういうレッテルを貼る人は、マルチタスクと忙しさを混同している可能性が高いという。忙しさにかまけ、余計なことまで行って必要以上にタスクを増やしている可能性があるからだ。次々と湧き起こるさまざまな業務案件を的確に判断し、処理するためには、いったいどうすればいいのだろうか。そういったマルチタスクを適切に処理するトレーニングとして「インバスケット」という方法がある。
 インバスケットは、もともと机の上の未処理案件を入れていく「未処理ボックス」を指し、この溜まった未処理案件を効率的に対処していく方法である。
 インバスケットは、まず条件や環境を設定し、ある人物に“なりきって”制限時間内に複数の未処理案件に対処していく訓練方法だ。どこかのチェーン店の店長であれば、店長として。支社長であれば支社長として。社長であれば社長になりきって未処理案件に取り組むのだ。
 インバスケットトレーニングの歴史は結構古く、1950年代にアメリカの空軍が訓練結果の測定に使い出したのが始まりとされ、その後、大手企業などのリーダー養成のトレーニングツールとして発達してきた。近年は行政庁や中小企業でも取り入れられるようになってきている。

■インバスケットは結果よりプロセスを重視する

 インバスケットと似た方法に「ケーススタディ」がある。
 違いはケーススタディが一つの理論や技法にもとづいて解決すべきかを考えるのに対し、インバスケットは次々起こる案件を関連付けたりしながら、それらを一つのストーリーとして考え対処していくプロセスを評価する。従ってインバスケットにはドンピシャの正解はない。条件とその背景の読み取り方で変わってくるからだ。
 またインバスケットは日常的に起こる同時多発的な複数の案件を処理していく方法であるため、昇進試験としても採用されている。一般に上に立つ人間となればなるほど、複数の案件に対処しなければならないため、インバスケットの手法はリーダーとしての判断力、決断力の目安となるからだ。
 もちろんとくにリーダーを目指していなくとも、インバスケットの考え方は業務の効率化、スピード化に役に立つ。

■優先順位をつけて処理することの「罠」

 一般的に複数の仕事やタスクを抱えた際には、「優先順位を決めて、取り組む」ことが推奨される。多くのビジネスパーソンは、意識的、無意識的にそうやっていると思う。しかしこの優先順位がなかなかの曲者だ。優先すべき事項が人によってまちまちだからだ。
 ある人は中身のレベルより期限を守ることを優先したり、また別の人は顧客の要望より上司の命令を優先したりするだろう。
 インバスケットのトレーニングやテストをしてみると、そのあたりが如実に出てくる。問題の1番から順に解いていく人もいるし、簡単な問題から解く人、興味のある問題から解き始める人などさまざま現れる。
 「結果がなかなか出ない」と悩んだりする人は、そのやり方が一般的な仕事の優先順位、あるいは他の人の基準と合っていなかったりすることが多い。
 人は、一般的にプロセスの少ない仕事から取り掛かろうとする。つまり面倒くさく、効率的でない仕事を避ける傾向があると言える。だが往々にしてこうした手間のかかる面倒くさい、効率的でない仕事が高く評価されるもの。

■1つのプロセスを省くと全てが台無しになることも…

 インバスケットの考え方の基本はプロセスを大切にすることだと述べた。何故かと言えば、仕事は結果が全てではなく、そのプロセスにこそ結果の鍵があり、その人の成長の鍵があるからだ。
 『インバスケット思考』など、インバスケット関連の著書を複数持つ鳥原隆志さんは、「プロセスがない結果はない」という。「効率を良くしようとして、プロセスを省こうと考えがちだが、どんな仕事にも絶対省いてはいけないプロセスがある」。
 鳥原さんは大事なプロセスを抜いてしまうと、
 100−1=99とはならずに、
 100−1=0となることも起こるという。
 しかもこの大事なプロセスは、途中ではなく、最初から抜かれてしまっている場合もあるという。
 よく問題を解決しようとする時、「何が問題かを見つけ出すこと」が大事だというが、時間がなかったり、見識や経験が足りなかったり、見方が偏っていると、問題そのものが分からなくなる場合もある。
 人によっては「問題が見当たらない」と言う人もいるだろう。鳥原さんは、「そういう人はこの時点でプロセスが1つ抜けている」ともいう。最初のプロセスが抜かれてしまった場合、「永遠に問題解決へスタートできない」ことになる。「問題が分かっている」という人も安心できない。というのも、分かった問題が「そこで解決する必要性のない問題」だったり、「ポイントのずれた問題」である可能性があるからだ。
 複数の案件を的確に処理していくためには、そこに優先順位をつけることが重要だ。しかし何が問題なのかをしっかり把握できなければ、優先順位そのものが曖昧になる。
 では「何が問題か」を的確に把握するにはどうすればいいだろうか。それは自分に取り付いている「病」や「症候群」を明らかにして、修正をかけていくことだ。

■自分に取り付いてしまった15の「病」や「症候群」

 鳥原さんは、15の陥りがちな病や症候群と、そのチェックポイントを周囲の声として挙げている。
 1―とにかく頑張ればなんとかなると思っている。できないのは努力が足りないと信じている「とにかく頑張ります病」。
 とにかく頑張ります病の人に対して挙がってくる周囲の声は、「頑張りどころが間違っているのに気が付かない」「すべての仕事に対して表面的で、中途半端である」「従来のやり方を踏襲し、成長が見られない」といったものがある。
 2―分析によって正しい判断ができると思っている「過剰分析症」。
 過剰分析病の人は「初動が遅く目的を達成しない」「成果に関係ないことに力を入れすぎ」「仕事に対してネガティブな発想が多い」などの声がある。
 3―どんな問題にも成長があると信じている「正解依存病」。
 そんな正解依存病の人へは、「成果の安定性がない」「リピートの顧客から担当を変えるようにとクレームがある」「自身の失敗に目を向けない」などの声が挙がってくる。
 4―すべて満点でないと気が済まない、完璧を求めてしまう「パーフェクト病」。
 パーフェクト病の人への声は、「リーダーとしての職務を遂行できていない」「判断に優柔不断さがある」「責任感がなく、目標達成意識が薄い」といったものがある。
 5―何事も自分で決められない「決めてくれたらやります病」。
 こうした人には「リーダーとしての職務を遂行できない」「判断が優柔不断」「責任感に乏しく、目的達成意識が弱い」といった声が挙がる。
 6―せっかくのいい発想も形にできない「言いっぱなし症候群」。
 言いっぱなし症候群の人へは「頑張ってるが結果が出ていない」「アイデア力があるが、形にできていない」「アイデアに一貫性がない」といった声が聞こえてくる。
 7―周囲ばっかり気にして「自分が見えていない病」。
 そんな自分が見えていない人への声は、「責任感がない」「自分自身が周りから何を求められているか察知していない」「評論的」などがある。
 8―成果につなげるための調整ができない「根回し不足病」。
 根回し不足の人には「仕事の進め方が突貫工事」「まわりとの協調性が見られない」「注意していないととんでもないミスを犯す」などの声が聞こえる。
 9―まずひとつ終わらせてから進めることしかできない「同時進行パニック症候群」。
 同時進行パニックの人には「業務の優先順位がつけられない」「ケアレスミスが多い」「個別の作業は的確だが、幅広い視野がない」といった声が挙がってくる。この症候群はマルチタスク時代にはかなり多いのではないか。
 10―頼まれた仕事を断れない「仕事がどんどん増える病」。
 仕事がどんどん増える病の人には「指示した内容が確実に消化できていない」「本来するべき仕事に手をつけられない」「集中力が足りない」と言った声がある。空気を読む日本人ならではの病でもある。

 11―ミスをした時に傷口を広げてしまう「ほったらかし病」。
 ほったらかし病の人には「最後の詰めが甘い」「ひとつのことをやり遂げることができない」「リスク管理が甘く、仕事の優先順位がつけられない」などの声が挙がってくる。
 12―求められていない場面で不要なことを考える「先走り症」。
 先走り症の人には「些細な部分にこだわりすぎて成果が出ない」「期待通りのアウトプットが少ない」「作業計画が立てられなくて残業が異常に多い」と言った声が挙がる。
 13―上から目線で目の前の仕事を否定する「これは自分の仕事じゃない病」。
 これは自分の仕事じゃない病の人には「協調性に欠ける」「上長としての資質に疑問」「業務執行姿勢に疑問あり」など。管理職に多い。
 14―見える結果を重視するあまり、プロセスを見ない「結果が全て病」。
 結果が全てという人には「部下からの評価がよくない」「リーダーとしての資質に難」「短期的な利益を追求する傾向がある」と声が聞かれる。これも一世代前の営業パーソンに多い。
 15―自分一人で仕事を進めて、周りの意見を聞かない「一人ぼっち症候群」。
一人ぼっちのリーダーには「真面目で頑張っているが、望んだ成果が出ていない」「言ったことはできるが、それ以上が出来ない」「部下からの人望が薄い」と言った声が聞こえる。

■15の病や症候群から抜け出すためのアドバイス

 これらの病や症候群を抱える人にどのようなアドバイスをすればいいのだろうか。鳥原さんは次のようなアドバイスが有効だとしている。
 1の「とにかく頑張ります病」の人は、一生懸命頑張っているけれどどこかポイントがずれていたり、どこか一点突破にこだわって結果が出ずにいる可能性がある。
 こうした人へは、まず今のやり方で本当にいいのかを問い、その上で①資料の内容や段取りを見直す ②他の人のやり方をアドバイスする ③力の入れどころを変える などのアドバイスをするといい。プライドの高い人であれば、具体的に他の人のやり方を「誰々のようにやってみたら」と言うと反発があるかもしれない。なので「自分だったらこうする」というような言い回しで、さりげないアドバイスができるといいかもしれない。もともとこういうタイプの人は「頑張れる」人なので、見方ややり方を変えるだけで、大きく伸びる可能性がある。
 2の「過剰分析症」の人には、「情報分析は大事だけれども、結果を出さなければ意味がない」ということを伝え、その上で「調査や分析、検討自体が目的化していないか」を訊いてみる。過剰分析症は特定の人ではなく、仕事にのめり込むと割と出てくるもの。もちろん、調査分析が不十分では、せっかくのいいアイデアが形となっていかない。「説得力を持つ調査や分析はどのようなものか」といった一定のレベルを設定し、共有するのがいい。
 3の「正解依存症」の人に対しては、まず仕事に正解はないことを伝える。とくに正解依存症の人には、学生時代に優秀な成績を残してきたタイプが多く、正解という発想から離れることを説く。現実の仕事は限られた条件のなかから、正解に近いものを探し、判断実行するものだということを伝え、その上で、結果ではなくプロセスの大切さを説いていく。イメージとしてはゴルフでホールインワンを目指すのではなく、ニアピンを繰り返すといったところだ。

 4の「パーフェクト病」の人には満点の基準を置き換えることをアドバイスする。たとえば処理できる案件数を決めるなど、優先順位を設定してその優先順位の高い順から行なっていくことだ。その基準については、上司や周囲と相談するといい。
 5の「決めてくれたらやります病」の人には、自分で決定することの意義を説き、その決定までのプロセスを楽しむよう助言する。仕事を任せる、責任を持つということは、まさに担当者が責任をもって自覚的に判断することなので、その意味が分かれば、あとはそこまでのプロセスをいかに楽しむかにかかってくる。
 6の「言いっぱなし症候群」の人には、自分で言ったことを実行する大切さを伝える。そして、言いっぱなしにならないように、言ったことをメモする癖をつけるようアドバイスする。今であれば、スマートフォンに簡単に記録することができるし、専用のICレコーダーに録音するという手もある。その上でその記録やメモを見直しながら、実現までの計画を立てるように伝える。
 7の「自分が見えていない病」の人には、自分が商品だと仮定し、その魅力、「ウリ」を考えることをアドバイスするといいだろう。その際、自分が魅力的だと思ってることが、ニーズにマッチしているかどうかを考えることがポイントだ。組織のなかで今自分に何が求められているかを考え、そのために自分のどのような価値、魅力が役に立つかを考えることを伝える。自分では気づきにくいことなので、具体的に「君のこういうところを評価している」ということ伝えるといい。
 8の「根回し不足病」の人に対しては、誰に不利益が
あるかを想定する癖をつけるよう伝える。その上で、その不利益を被る人に対して事前に計画の意義や意味を伝え、調整することをアドバイスしていく。新しいことを始めるときには、多かれ少なかれ不利益を被る人がいるものだ。仕事においてはそういったことを想定する力が求められることを知ることが大事になってくる。
 9の「同時進行パニック病」の人に対しては、まず仕事をいくつかのプロセスに分解することを勧める。その上で、分解したプロセスの中から、共通する部分を見つけることをアドバイスする。たとえば、事前に情報収集が必要であれば、それをまとめて行なっておく。お客さまを訪問するのであればなるべくまとめて訪問するなどだ。ポイントは、共通する部分を「溜める」こと。すべてを順に従って行うのではなく、時には順序を入れ替えたりしながら、複数の仕事を同時にこなせるようにしていくのだ。

 10の「仕事がどんどん増える病」の人に対しては、依頼を受ける時にその内容をしっかり確認するようにアドバイスする。仕事は時間や能力などの限られた資源を使って行うものなので、自分の器以上のことを受けてしまうと、その結果「できない」となってしまう。また仕事がどんどん増える人には、「自分の能力は自分が思っているより、低いくらいに思っていたほうがいい」となにげに伝えておくのもいいかもしれない。
 11の「ほったらかし病」の人に対しては、仕事をプロセスに分解し、その節目ごとに報告を入れるように伝える。これは逆の立場になるとよくわかってもらえると思う。たとえば、電車などが遅延している時や止まった時は、いつ再開するのか、おおよその目処が分かるだけでも、不満やストレスが解消されていくものだ。最近では、ネット販売などで、注文した商品が「受注した」「発送の準備が整った」「発送した」などこまめに伝えてくる場合が増えている。商品がいつ頃到着するかが分かるので、発注者にはありがたいサービスだ。企業内で行われる仕事も同じで、仕事を依頼した上司が、その進捗を気にするのは当然だ。そういう相手の気持ちを汲み取るように意識することで、ほったらかし病は改善されていく。
 12の「先走り症」の人には、求められていることを確認するプロセスを加えるようにアドバイスする。先走り症の人は、仕事をやりすぎてしまうことが問題になる。やりすぎてしまうことが、高い評価に繋がると勘違いしてる場合も多いので、そうではないことを説く。また先走ることで逆に無駄な時間や労力をとられることも理解してもらうようにすることも重要だ。具体的には仕事の前や途中段階で内容を確認し、報告するプロセスを加えるように伝えると、先走りが無駄にならなくなってくる。
 13の「これは自分の仕事じゃない病」の人は、目の前の小さな仕事を軽視しがちだ。そこで、まず小さな仕事の積み重ねが大きな仕事に繋がっていくことを伝える。会社では小さな仕事をきちんとできない人に、大きな仕事を任せることはない。もし「こんな仕事は自分のためにならない」と思って小さ仕事や、気に入らない仕事に取り組まないとしたら、逆に小さな仕事を「周りが感動するような仕事に変えてみろ」と言ったりすることも有効だ。小さな仕事で結果を出す大切さを切々と説くことが重要だ。
 14の「結果が全て」病の人には、まさにプロセスの重要さを伝える。なぜなら確実に結果を出していくためには、ときに仕事のプロセスを変えていくことが求められるからだ。そのためには、失敗した仕事はもちろん、うまくいった時もなぜうまくいったかをプロセスごとに分解し、検証していく癖をつけるようにするといい。そのためには自分ひとりで分析をせず、周りからのアドバイスを積極的に求めることの重要性も説いていく。
 15の「一人ぼっち症候群」の人には、プロセスややり方が正しくても一人では仕事ができないということを説いていく。とくに自分が優秀だと思っているワンマンな人の場合は、なかなかその考えを変えていくことは難しいので、とくに上に立つ人は、ふだんから周りの人によって自分の仕事ができていることを意識することが重要になってくる。会議などでは自分の発言を少し控え、参加者の発言を促すようにしたり、ふだんの業務でも「君ならどうする」と言った発言で、アイデアを引き出すようにするといいかもしれない。人の上に立つリーダーの仕事は、自分が結果を出すことではなく、メンバーにいい仕事をしてもらう舞台をつくっていくことであると意識することが大事なのだ。

■メールや報告書に自由に回答する実践的インバスケットテスト

 これらのインバスケット思考を磨くために専門のテストが用意されている。テストではこれらの要素を、具体的な会社組織を設定した上で、報告書やメールなどで上がってくる案件を処理する方法で回答していく。
 設定条件には、従業員や売上高、商品とその特徴、顧客や市場規模、工場の生産性、組織図、歴史、社訓や経営理念、ビジョンなどが細かに明示される。
 また案件となるメールや報告書、稟議書などは、正確なものから間違ったもの、そのどちらとも取れないもの、あるいは報告の内容がまったく逆の結論を出しているものなど、さまざまある。
 こうした条件から、「これは!」と思う回答を書き込んでいく。書き方は自由だが、当然具体的で分かりやすく書くほうが、高い評価を得やすい。もちろん的外れではいけない。
 たとえば次のような案件では、3番目の回答が低い評価となる。

<案件例>
 鈴木営業課長殿(あなたへ)
 東京工場でライントラブルが発生し、納期が遅れると連絡がありました。
 取引先のA社からは、納期は守るように言われています。どのように対処すれば良いでしょうか?
                                       営業課 田中

<回答例1>
 田中さんへ
 お疲れ様です。報告ありがとう。
 この件ですが、至急東京工場に連絡を取り、どのくらい納期が遅れるのか確認を取り、ほかの工場や倉庫にもあたり、在庫を確保してください。取引先A社には納期を確認し、どうしても納期が遅れるのであれば、お詫びと、たとえば分割で納品することはできないかなどの打診を行なってください。(資料A1より。茨城工場に在庫があるのでは?)

<回答例2>
 田中さんへ
 以下の事項、実施願います。
 ・東京工場へ、トラブルの内容詳細と正確な納期の遅れの確認実施
 ・ほかの工場や倉庫への在庫確認(資料A1より。茨城工場に在庫あり)
 ・その他調達手段の検討その上で、調達が難しいのであれば、
 ・A社にお詫びと分割納品などの提案を実施してください。

<回答例3>
 田中さんへ
 この件はライントラブルの大きさにより対応が変わると思う。もちろん工場のトラブルであり、どうしようもないことかもしれないが、それなりの対応が必要だろう。

 回答例3の評価が低いのは分かると思う。これでは指示を仰いでいる田中さんがどのような行動を取ればいいのか、分からないからだ。
 ただインバスケットのテストでは時間制限があるので、丁寧さにこだわるとすべて回答ができなくなる。要点を絞って回答を書くことが必要だ。

■インバスケットは業務効率を改善したい人、すべてに有効

 インバスケットテストで評価される能力は次の10の能力だ。

1 問題発見力—何が問題かを見抜く力
2 問題分析力—仮説を立てて情報を集める力
3 創造性—枠組みを超えてアイデアを出す力
4 意思決定力—明確に判断し、相手に伝える力
5 洞察力—全体を通じて先を読む力
6 計画組織力—計画を立てて組織を活用する力
7  当事者意識—主体的に取り組み、自分の役職を把握する力
8  ヒューマンスキル—コミュニケーションや配慮などの対人間能力
9  優先順位設定—業務の重要性を把握し、案件処理の順番を決める力
10  生産性—決められた時間内で多くの案件を処理する力

 もちろんテストされる案件に、「何々についての能力をみる」といったタグはついてこない。ただどんな能力がテストされるのかは知っておくと良いだろう。大事なことはこれらの能力はリーダーと呼ばれる人にとって欠かせない能力だということだ。
 もちろんこれらのすべてをバランスよく持ってるリーダーは稀有だ。だからこそ自分の特性や穴を知る上でもインバスケットのトレーニングは有効だと思われる。
 なかには「自分はリーダーや役職を目指すつもりはない」という人もいる。そういう人にもこうしたトレーニングは有効となる。それは会社や組織がどのような考えで回っているのかを知ることができるからだ。

■優先事項を考え、プロセスを変えるときは、ルール変更も考える

 ここまでマルチタスクに対応するインバスケット手法を見てきたが、おわかりの通りインバスケットは優先すべき事柄を抽出した上で、個人の対応能力の向上を目指したものだ。しかしながらそもそも仕事は1人でするものではない。
 マルチタスクというと1人が複数のタスクを背負ってるイメージがあるが、そのタスク1つ1つは複数のメンバーと共有している。つまり他者と共有する仕事が多いということだ。インバスケットはプロセスを重視し、効率化のためには場合によってはそのプロセスを組み替えることも辞さないと話した。プロセスの組み換えは独立した仕事であれば、問題ないが、複数の人が関わるタスクやプロジェクトでは簡単にはできない。
 そこで必要となるのはルール化である。本来プロセスという意味には、手順だけでなくかかわる人の役割と交わされる情報が表示されているので、プロセスを変えることは、ルールそのものを変えることになる。また順番を入れ替えれば、関わる人の時間や場所を移動させることもある。よってプロセス変更についてはそのルールを関わる人との間で見直す作業も必要だ。
 ルールの見直しについては、それ自体をルール化するこ
とが有効だ。社会環境の変化を加味しながら半年、あるいは1ヵ月に1度の頻度で見直しを図ることをルール化するのである。またルール変更自体の提案をしやすい仕組みづくりも重要だ。
 とかく固定化されたプロセスの変更は、長年慣れ親しんだ人ほど抵抗するものだ。よって新入社員が加わったり、異動で別の部署や支店から配属されたタイミングで必ずプロセスやそのルールの見直しを図るようにするといい。

■IT化の進展で進む「サイロエフェクト化」を突破する

 マルチタスク化が企業における仕事の効率を下げているという問題は、IT化によって業務の個別化が進んだこともある。いわゆる「サイロエフェクト化」である。日本語でいうところの「タコツボ化」である。つまり仕事が専門化、高度化していくにつれて、周りとのコミュニケーションがしにくくなり、同じ部署内でも壁ができてしまうことだ。もともと企業内でのコミュニケーション不足は、IT化前から指摘されている企業人にとっての宿痾のようなものだ。
 よって、インバスケット思考を各人の仕事に定着させるためには、業務プロセスの理解とそのルールへの理解が必要となり、そのために普段からコミュニケーションしやすい環境と文化をつくっておく必要がある。環境づくりは、最終的には会社トップの重要な仕事だが、部署のメンバー一人ひとりのちょっとした考えや行動で風通しの良い、生産性の高い職場となり得る。

■現代人必須のビジネススキル「助けを求める力」

 壁をなくし、風通しの良い職場にするためには、まず自分で優先順位を考え、そのタスクを分析して「周りの誰かに頼めないか」と考えることだ。今は誰もが忙しく、自己管理が求められる時代だ。同じ部署でも勤務時間が違う人もいる。「誰かに頼むなんて恐縮する」、それどころか「その人に恨まれてしまう」と思って躊躇してしまう人が多いのではないか。
 そういう人につけてもらいたい力が、助けを求める力「ヘルプシーキング」である。
 『仕事はひとりでやらない』の著者で株式会社NOKIOOの取締役である小田木朝子さんによれば、ワークライフバランスを考慮しながら、持続的な成果をあげ続けるためには「助けを求めることは、今や必須のビジネススキル」という。
 小田木さん自身、出産後復帰した職場で前と同じような結果を出そうとしたが、ある日限界に来て上司の前で「もう無理です」と泣き崩れたという。できなくなった原因は「一人で時間内に何とかしようと、仕事を抱え込むやり方を変えなかった」からだった。
 小田木さんの経験はまさにインバスケットの事例で挙げた15の病のうち、7番目の「周りが見えていない病」、15番目の「一人ぼっち症候群」であったことがわかる。
 そしてその根底には、「(仕事を頼む)相手に迷惑をかけてしまう」「相手も忙しい」といった遠慮のほか、「仕事ができないヤツだと思われる」「みんな頑張っているのに自分だけ逃げるわけにはいかない」「これは自分がやらなければならない仕事だ」といったプライドと自負があった。そうして周りとコミュニケーションを取らず、自分の自負心で仕事を進めた結果、チーム全体に大きなダメージを与えてしまったのである。
 その反省から小田木さんは「ヘルプシーキング」を普段から文化として定着させる仕組みづくりを考えたのだった。その方法はインバスケットで指摘した部分と大きく重なる。

■平時からお互いが「応援団」の気持ちで信頼関係を築く

 すなわち、平時から「仕事の情報を開示」し、その仕事の内容や進捗状況、関連部署の担当者、スケジュールを共有する。その上で「より効率的に進められる仕事のやり方の改良、改善、置き換えなどを考える」。そしてその改良案を定期的なミーティングで提案し、仕事が厳しくなった時にその定例ミーティングの場で「助けを求める」のだ。
 だいたい助けを求める時は緊急時、非常時なので、平時の関係性が重要になる。普段からチーム全体への貢献を意識し、できるだけオープンに自己開示ができるようにして、仲間との信頼関係を構築しておくのだ。
 とかく自分しか見えない時は、雑談すらも鬱陶しいと思えるが、好きな食べ物やスポーツなどの話を振ったりして、ちょっとした会話を楽しめるようにするといい。そして会話のなかにさりげないユーモアを盛り込む工夫をすると、お互いの信頼性が高まるはずだ。気をつけたいのは、間違ってもブラックジョークやシニカルな話にしないこと。とくに誰かを揶揄するようなジョークは、もってのほかである。
 ある程度冗談などが交わせるようになったら、自分が苦手としている仕事などを話すといいだろう。それを周囲に意識してもらえば、いざという時にどういうヘルプを出したらいいかつかめるからだ。もちろん自分が得意なこと、割と好きなタスクも伝えておけば、相手が困った時にヘルプサインを出しやすくなる。
 むろん自分が助けてもらいたいタスクや仕事と、相手が助けてもらいたいと思う仕事が合致することはまずない。ただ本人が嫌いでも人より早くできることはあるし、逆もある。そこを冷静に比較するためにもふだんの信頼関係が重要となるのだ。
 仕事は貸し借りで進むのではなく、1つのゴールに向かってそれぞれができることをすることによって進む。お互いがお互いの応援団の一員として「困った時はお互い様」の考え方で進めることが肝要だ。
 果たして、今あなたが進めているその仕事、そのタスクは、本当に自分だけで進める必要があるのだろうか。ちょっと考えてみるといいだろう。

参考
【書籍】 ●『「仕事のプロセス」の教科書』鳥原隆志[三笠書房] ●『究極の判断力を身につけるインバスケット思考』鳥原隆志[WAVE 出版]●『いまから、君が社長をしなさい。』鳥原隆志[大和書房] ●『仕事はひとりでやらない』小田木朝子[フォレスト出版]ほか
【参考サイト】● ALBA ● asana ●東京テレマーケティング ●ライフハッカー・ジャパン ほか

POINT
■仕事は結果ではなくプロセスが大事
■その忙しさは、必要な忙しさかを考える
■あなたの考える優先順位は必ずしも他の人と一致しない
■そもそも仕事に1人で完結するものは1つもない
■仕事に正解はない
■アイデアを形にするにはプロセスが大事
■問題を発見することが仕事のプロセスの第一歩
■結果を出すためには、不利益を被る人のことを想定する
■リーダーの仕事は働きやすい環境をつくること
■平時から「助けを求める力」を磨く
■緊急時に助けを求められる仕組みと文化をつくる
■ふだんからユーモアのある雑談を心がける
■お互いがお互いの「応援団員」の気持ちで

ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム

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