仕事のパフォーマンスを上げる「戦略的睡眠」のススメ
優れた睡眠はいうまでもなく健康の基本だ。とくにビジネスパーソンは睡眠不足によって、思考力や判断力、集中力が途切れ、体調不良や不健康を招くようなことがあれば事業に大きな影響を与える。近年、睡眠への関心が高まっている。背景には人材不足による既存社員への仕事のしわ寄せ、未熟練者の増加、グローバル化、DXの進化による仕事時間の拡大やシフトなどにより、睡眠確保が難しくなり、事故や故障が多発していることがある。
一方で、上質な睡眠は必ずしも時間の長さや時間帯にこだわらずともとれることがわかってきた。いま現代人が目指すべきは、自分の時間にあった「戦略的睡眠」なのだ。
目次
重大事故の陰に睡眠不足、睡眠障害
居眠り運転などの例を挙げるまでもなく、睡眠不足はさまざまな事故の引き金となる。実際、大事故の原因に睡眠不足や睡眠障害があることがわかってきている。たとえば1979年に起こった米国のスリーマイル原発事故は、担当のエンジニアの居眠りが引き起こした。
また1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故、同年に起きたスペースシャトルチャレンジャーの爆発事故、1989年に起きたアラスカ沖の石油タンカーの座礁事故など、重大事故の陰には睡眠不足や睡眠障害があったことが解明されている。
こうした状況を受け、日本国内の企業、とりわけサービス業や運輸業では睡眠不足や睡眠障害対策への取り組みが進んだことはご承知の通りだ。
取り組みのきっかけとなったのは、2003年に起きた山陽新幹線での運転手の居眠り運転だった。前日十分な睡眠を取っていたにもかかわらず、時速270kmのスピードで8分間も眠り込んでいたことがわかった。当初はJRの運転士の怠慢や、その管理体制を問う声が上がったが、後に睡眠時に無呼吸状態が続くSAS、睡眠時無呼吸症候群であることがわかると、JRの問題を超えて社会全体に大きな波紋が広がったのだった。
睡眠不足、睡眠障害で年間15兆円もの経済損失が発生
2006年に日本大学医学部が出した試算では、睡眠不足や睡眠障害で引き起こされた遅刻や作業効率の低下、事故などによる損害は、年間3兆5000億円にのぼるとされている。これだけでも巨額だが、さらに2016年に米国のシンクタンク、「ランド研究所」が出した試算では、日本は年間1380億ドルもの経済的損失が出ているという。当時の為替レートで実に約15兆円。現在では約20兆円の損失になる。
いまや睡眠の問題は、日本のGDPを左右するまでの大きな社会問題になっているのだ。
睡眠不足は糖尿病、心不全、がん、くも膜下出血を引き起こす
そもそもなぜ睡眠が人間にとって重要なのだろうか。理由の1つは病気だ。
近年では睡眠が不足すると、さまざまな病気を引き起こすことも判明している。睡眠が不足している状態を医学用語では「睡眠負債」と言う。睡眠負債が続くと、一見無関係のような糖尿病や心臓病、がん、うつ病などの病気に至る。
とくに問題なのは睡眠時無呼吸症候群、SASだ。日本には約900万人のSAS患者がいるとされ、しかもその多くは自覚がない。SASは睡眠中に無呼吸状態が続くのだが、この時苦しくなった体は無理に酸素を取り込もうとして、横隔膜や胸筋を開こうとする。しかし気道が塞がっているので空気が入って来ず、胸の中の圧力が一時的に下がる。睡眠中、無呼吸と呼吸ができる状態を何度も繰り返すので、心臓の肥大や不整脈を招いてしまうのだ。
また胸の中の圧が下がってしまうと血圧が下がるので、異常を感じた脳が交感神経を刺激して血圧を上げようとする。このため細くなった血管はより詰まりやすくなり、心筋梗塞を起こしやすくなる。
さらにSASは動脈硬化を進めることもわかっている。硬くなった血管は、くも膜下出血、大動脈剥離などを招くことになる。
質の高い睡眠は命の守ることに繋がるのである。
ほかにも睡眠不足が続くと抵抗力が落ちるので、感染症にも罹りやすくなる。“風邪は万病の元”と言うが、その風邪を引き起こしているのは、寝不足による抵抗力の低下が原因ともなっているのだ。
睡眠不足は、肥満の元でもある。最近の研究では睡眠不足が続くと食欲抑制物質と呼ばれる「レプチン」が減り、その一方で「グレリン」と呼ばれる食欲促進物質が増加する。食欲を抑制する物質が減って、食欲を増進させる物質が増えるため、太るのも仕方がない。
ダイエットを心がけているのに太ってしまう人は、自分の睡眠を見直す必要があるかもしれない。
脳の疲労を回復させるのは、睡眠だけ
もう1つ睡眠が重要なのは、脳の疲労を回復させる機能があるからだ。
体の疲労は眠らずとも横になるだけで一定の回復効果があるが、人間の脳は睡眠でしか疲れを取ることができない。不眠や断眠が続くと脳機能に障害が起こり、不安やイライラが募るだけでなく、幻覚や幻聴などが起こる可能性がある。脳が本来のパフォーマンスを発揮するためには睡眠が絶対必要なのだ。
とくに高度な仕事をする分野ほど、脳は睡眠不足に弱い。
脳を大きく分けると、爬虫類時代からある脳幹、下等な哺乳類になって獲得した大脳周辺系、そして高等な哺乳類になって獲得した大脳新皮質分野がある。脳は進化の後の段階で形成した分野ほど、繊細で睡眠不足のダメージを受けやすくなっている。呼吸など、生物として基礎機能を司る脳幹の場合、数日徹夜しただけでは機能停止に陥ることはない。3日徹夜したから呼吸が止まる、などといったことが起こらないのはそのためだ。
しかし、後天的に獲得した脳は、より脆弱でダメージを受けやすい。
目を開けたまま数秒眠るマイクロスリープ
世界では様々な記録が残っているが、その1つに断眠(意図的に眠らない)記録がある。
世界で最も断眠を続けた人は米国のランディー・ガードナーさんだ。彼は1964年、17歳の時にクリスマス休暇を使って断眠の記録に挑戦したが、この時丸11日間、264時間12分ぶっ通しで起き続けていた。彼の断眠はそれまでの記録を破っただけでなく、その後挑戦した人の時間よりはるかに長い記録として知られている。その後米国やドイツなどでも断眠記録に挑んでいるが、最長が114時間で、ガードナーさんの半分以下となっている。
これには1つ秘密がある。ガードナーさんは断眠記録挑戦中、何度もマイクロスリープを行っていたというものだ。マイクロスリープとは数秒程度、瞬間的に眠ってしまうことをいう。当時の記録ではガードナーさんが挑戦中の時に、目は開いているものの、揺すったり呼びかけても反応がなかったことが何度も目撃されている。当時はこれがマイクロスリープだとは解明されておらず、彼の記録がそのまま最長記録となったのである。
後者の例では、脳波を測定しながら行っている、マイクロスリープが起こったかどうかがすぐ分かるようになったのだ。なのでマイクロスリープができない状況では、断眠は頑張っても4〜5日が限度なのだ。
逆にわずか数秒の眠りで獲得できれば、人間は起き続けられるとも言える。ただし、ある程度起き続けていられるとしても、やはり十分な睡眠は必要だ。というのもマイクロスリープは本人が意識していない時に起こってしまうので、とくに危険な作業が伴う人にとっては重大な事故につながるおそれがあるからだ。
前述のスリーマイル原発事故やスペースシャトルの爆発事故などにも、こうしたマイクロスリープなどの事態が関与している可能性はある。
脳は睡眠で情報整理をする
睡眠はまた、脳に溜まった情報整理をしてくれる。現代人の脳にはさまざまな刺激や情報が飛び込んで来る。コンピューターのハードディスクと同じで、詰め込むだけではパンクしてしまうので、不要なものは消去し、必要なものは記憶として残しておくといった作業が必要になる。
その作業を行うのが睡眠なのだ。
睡眠には学習したことを消失させない役割がある。よって何かを効果的に記憶する、覚えるためには睡眠を有効に使えばいい。
試験勉強に徹夜で取り組んだ経験がある人もいるかもしれないが、徹夜で覚えるより、睡眠を上手に取るような勉強法のほうがはるかに効率的なのだ。
さらに近年では、睡眠は単に記憶の消失を抑えるだけでなく、記憶を向上させる効果があることがわかってきている。しかもその記憶効果は文字や情報だけでなく、スポーツや仕事の技術を身につけることにも役立っている。
もし学んだことを記憶したいのであれば、最も効果的なのは学習直後に眠ることだ。
飛んでくる野球ボールの縫い目を見分けるような瞬間視などの認知技能の場合、学習直後に眠ると記憶した技能向上は4日間にわたって続くという研究結果も報告されている。
スポーツなどの場合、練習後は「一杯」ということも多いかと思うが、できるだけしっかり身につけたい、早く身につけたいと思うのであれば、さっさと帰宅し布団に潜り込むことだ。もちろん1度限りの練習やレッスンでその技が定着するのは難しい。ゆえに人間は新しいことを何度も繰り返しながら定着させるわけだが、その時間は相当短縮できるはずだ。
睡眠は必ずしも夜取る必要はない
睡眠は本来夜取るべきものだが、現代の状況からすると必ずしも夜十分な睡眠が取れるとは限らない。ではどうすればいいのだろうか。昼に睡眠を取ればいいのだ。
その前に、本来人間に必要な睡眠時間はどれくらいだろうか。よく8時間が目安だと言われるが、それは24時間を3で割っただけで、明確な根拠はない。
医学的なデータを取ってみると、死亡率が最も低いのは6.5時間から7.4時間の間で、それより短いと死亡率が上がっていくが、長くても上がっていく。OECDの調査では日本人の平均睡眠時間は7時間50分と十分なようだ。
ただ先に述べたように現代は、就業形態も様々で、突発的な対応が求められることが多くなっているし、ばらつきも大きくなっている。
2019年の厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、日本人の睡眠時間は6〜7時間未満が最も多くなっている。注目したいのは30〜59歳未満の、いわゆる働き盛りの男性のほぼ5割が6時間未満となっていることだ。さらにこの世代は5時間未満も全体の1割を占めている。女性では50〜59歳の5割超が6時間未満で、この世代は5時間未満も1割を突破している。
こうした原因としては生活スタイルの多様化、グローバル化や深夜営業の店や業態が増えつつあることに加え、社会全体のIT化に一因があるとも言われている。
PCやスマートフォンの画面から出るブルーライトと呼ばれる光が交感神経を刺激して脳を覚醒させることが分かっている。つまり、深夜までPCやスマートフォンの画面を見ていると寝ようとしてもなかなか寝付けないということが起こってしまうのだ。
ただ近年の睡眠の考え方は、睡眠“時間”より、睡眠“品質”が重視される様になっている。7時間睡眠より8時間がいい、という単純比較ではなく、睡眠のメカニズムを理解し、自分にあった睡眠サイクルで眠ることが重要なのだ。
まとめて眠れない人は90分サイクルの分割睡眠を利用する
タレントの黒柳徹子さんは、夜10時になるとすぐ寝るという。そして深夜2時頃に一旦起きて3時間ほどのデスクワークをする。その後温かい牛乳を飲んで再び眠るというサイクルを続けている。
年を取るとどうしても眠る力は弱くなる。そのためこうした睡眠を分ける、「分割睡眠」が有効になってくるのだが、その際に取り入れたいのが、90分サイクルの分割睡眠だ。
実は90分サイクルの分割睡眠は、欧米のトップアスリートも実践している。世界的サッカープレーヤーのクリスチアーノ・ロナウドさんは、試合でのパフォーマンスを上げるために、1日90分の睡眠を5回取るようにしている。また食事のタイミングも睡眠3時間前に終わるように徹底している。ロナウドさんはアルコールもほとんど取らず、飲み物も甘い清涼飲料水は口にしないなど、その体の管理方法はサッカー界のお手本となっているが、サッカーのみならずテニスやクリケットなど世界中のトップアスリートの間では、90分サイクルを基本とした睡眠が常識となっている。
こうしたトップアスリートやチームには「スリープコーチ」という専門家がついて、最高のパフォーマンスを引き出すための最適な睡眠を指導している。その一人がニック・リトルヘイズさん。彼によると1日の睡眠は90分の5サイクル、7時間30分が理想だという。ただその時間に神経質になりすぎると逆に上手に眠れなくなる。リトルヘイズさんは1週間に5サイクル未満を3晩つくらないことをポイントにしている。しかも連続して睡眠をとらなくても、3サイクル(4時間30分)と2サイクル(3時間)に分けてもいいし、1週間の間に3サイクルの日が2日あったとしても、他で5サイクル以上の日をつくっておけば、パフォーマンスにそれほど影響を与えないようだ。
90分サイクル睡眠に昼型、夜型を組み合わせてパフォーマンスを上げる
そもそも睡眠は分割睡眠が本来のあり方ではないかという説もある。ある歴史家が約500冊の文献にあたったところ、昔の人は、夜中に起きてトイレに行ったり、たばこを吹かしていたりしただけでなく、近所に出かけて友人に会っていたりしたということがわかったと述べている。
実は人類が7時間、8時間といったまとまった時間で睡眠を取るというのは、産業革命以降からだと言われている。それ以前はガス灯や電灯のようなまばゆいばかりの人工照明がなかった。工場のように何時間も働き続ける労働習慣もなかった。
中世のヨーロッパの様子を描いたブリューゲルの傑作絵画に「バベルの塔」がある。バベルの塔自体はキリスト教の旧約聖書のなかの創話だが、そこに描かれているのはブリューゲルが生きた時代だ。そこにはたくさんの労働者がさまざまな器具や機械を駆使してバベルの塔を建築している様子がみてとれるが、工事現場の脇で昼寝をしている作業者も散見できる。睡眠はもっと自由に取れたのだ。
そもそも睡眠には個人差がある。良質な睡眠を得て、仕事や作業のパフォーマンスを向上させたいなら、自分が昼型タイプか夜型タイプかを知るだけでも変わってくる。
スリープコーチのリトルヘイズさんによれば、サッカー界では練習メニューや試合のメンバーもアスリートの昼型、夜型によって組み合わされるようになっているという。たとえば、同じポジションで技術レベルが同じ昼型の選手と夜型の選手がいた場合、ナイトゲームでは夜型の選手を起用する。トレーニングも同様で、昼のトレーニングが効果的なアスリートと夜のトレーニングが効果的なアスリートがいる。
この考え方は会社にも応用できる。オフィスでは午前中なら、夜型の社員に外光が入りやすい窓側の席を割り当て、午後には昼型の社員を割り当てるようにすると、個々のパフォーマンスが上がるという。
自分の時間を優先した「戦略的睡眠」のススメ
『能力が5倍アップする睡眠法』の著者で医師の坪田聡さんも、「人間はそもそもまとまった睡眠を取るということにこだわらなくてもいい」と述べる。
例えば、赤ちゃんはまとまった睡眠を取らずに、少し寝ては少し起きてを繰り返す。これを「多相睡眠」と呼ぶ。しかしやがて成長すると、バラバラだった睡眠も、夜寝て朝起きるといった長時間のまとまった睡眠になっていく。これを「単相睡眠」と呼ぶ。
しかしこれも主に青年期から壮年期にかけてであり、やがて年を取っていくと、睡眠リズムが崩れて再び多相睡眠に移行していく。よく年をとると「眠りが浅くなる」「夜中に目が覚める」というのは、こうした睡眠リズムの変化が原因であり、そのこと自体に大きな問題はない。
坪田さんいわく「睡眠は夜取るものという思い込みをなくせば、人間と睡眠の関係はずっと楽で簡単なものになれます」(同書)。
そこで坪田さんが提案しているのが、「戦略的睡眠法」だ。「なぜなら、忙しさというのは仕事の量の問題ではなく、時間配分がうまくいかないからという理由から来ている」(同書)からだ。
ではどうすればいいのだろう?
答えはシンプルだ。
「 あくまで自分の時間を優先させること」だ。
睡眠日記で自分の最適睡眠時間を見つける
戦略的な睡眠タイムマネジメントは、どのように取り組んでいけばいいのだろうか。
最初にすべきが自分に最適な睡眠時間を見出すことだ。人間の睡眠時には「サーカディアンリズム」と呼ばれるリズムがある。これは、浅い眠り(レム睡眠)と深い眠り(ノンレム睡眠)を繰り返すサイクルのことだが、この周期が上述した90分とされている。
ただ、この睡眠サイクルは人によって違ってくる。80分ぐらいの人もいれば、110分くらいの人もいるので、自分に合ったサイクルを見つけることが重要だ。
どうやって見つければいいのだろう。
オススメなのは睡眠日記をつけること。日記といっても簡単なもので、何時に食事をとって、何時に寝ていつ起きたか、そしてその日のコンディションを記録していくだけだ。コンディションは5段階で、すごく調子が良かったときを「5」、すごく調子が悪かったときを「1」として、ほかに寝付きの良さ、日中の眠さも5段階で評価する。そうすることで、いつ食事を取った時に眠りが良かったな、といったことがわかってくる。飲酒をした時の量や種類なども記録していくと、なおいいだろう。
これを2週間ほどつけると、自分にとって最適の睡眠時間がわかってくる。
この時に意識することは、できるだけ午前2時から4時には就寝していること。理想とされるのは午後10時を目安に就寝すること。午後10時はなかなか宵っ張りの人には難しいことかもしれない。なので目安としてはできるだけ深夜0時には就寝するようにする。
というのも、午前2〜4時というのは人間の体温が最も低くなる時間帯であり、眠気のピークになるからだ。
午前2〜4時、午後2〜4時。2つの眠気のピークを使う
睡眠を深める物質にメラトニンがある。メラトニンは脳の松果体から分泌されるホルモンで、夕方から増え始め、深夜の2〜4時に最も多くなる。メラトニンの量は子どもが最も多く、加齢とともに少なくなっていく。子どもが良く眠るのは、このメラトニンの量によるもので、逆に歳を重ねると眠りが浅くなって睡眠時間が短くなっていくのは、メラトニンの量が減るためだ。
このため最近では睡眠導入剤としてメラトニンが市販薬として使われだしており、海外では牛乳にメラトニンを入れて、眠くなるミルクとして販売しているケースもある。
実は眠気の山はもう1つある。日中の午後2〜4時だ。よく昼食を取ると午後眠くなるのは、1つには取った食事を消化するためにエネルギーを消費するためで、もう1つは、この時間帯がもともと眠くなる時間帯でもあるからだ。
この日中の眠気には理由がある。もともと人類はアフリカで誕生したが、アフリカはご存じのように日中がかなりの温度になる。立っているだけでも体力を消耗する。このため、この時間帯に無駄なエネルギーを使わずに休んで体力を温存し、涼しくなってから狩りや作業をすることを本能的に習得したからだと言われている。
つまり午後眠くなることは、人間がエピジェネティックに獲得したことなので、その点からも睡眠負債を負った現代人は、仮眠などの形で積極的に睡眠を取ったほうがいいわけだ。
スペインやギリシアなどは、シエスタという1、2時間の午睡が習慣化しており、シエスタの間は行政機関や店も閉めているところが多い。
戦略的仮眠利用法
そうは言っても日本ではまだ昼間にそれほどの睡眠時間は確保しにくい。
一般に勧められているのが、15〜20分の睡眠パワーナップだ。仮眠の場合、それ以上だと深い眠りに入ってしまい、起きた時に強い眠気が残りなかなか覚醒しない。
仮眠の効果はNASAも証明している。NASAのデータでは、26分以内の昼寝で仕事の能率が34%アップし、判断力は54%アップするとの結果が出ている。
すっきりとしてリフレッシュできるのは、20分が目安だと考えていい。
それでも忙しすぎてそんな時間も取れないという人もいるだろう。そういった人に向け、坪田さんは「1分間仮眠」を勧めている。
会議中にうとうとしてしまったり、パソコンを眺めているうちに朦朧としてきたら、この1分間仮眠が役に立つはずだ。
やり方は次の通り。
1) イスに深く腰掛けて、全身の力を抜く
2) 目を閉じて1分間外からの情報を遮断する
これだけ。この際次の3つのポイントに留意すると効果がアップする。
1) 脳を休息させるという意識で行う
2) 生活のなかでこまめに行う
3) 眠くなる前に早めに行う
1分間仮眠は、生活のなかでこまめに行うことで、習慣化できるし、また場所を選ばないので、実践しやすいのが特長。会議に入る前や、講義を受ける前など、このままだと眠くなるという時に行うと、よりリフレッシュしやすくなる。
二度寝は体にいい!
睡眠を無理にまとめて取らなくてもいいとなると、かなり気分的に楽になる人は多いのではないだろうか。たとえば朝うっかり二度寝をしてしまった経験がある方は結構多いかと思う。
二度寝をすると、どうしても「しまった」と思いがちだが、坪田さんによれば、この二度寝は脳にはいい行為なのだそう。
というのも、人間は目覚める1〜2時間前から、1日のスタートに合わせコルチゾールというホルモンが出てくる。コルチゾールは別名幸せホルモンとも呼ばれ、脳にストレス耐性を与えていく。
二度寝することで、このコルチゾールを受けることができるので、よりストレスに強くなるのだ。
さらに二度寝の時の浅い眠りは、脳のエンドルフィンと呼ばれる脳内麻薬が出て、より心地よい気持ちにさせてくれる。
ただし、効果があるのは二度寝まで。三度寝や四度寝は遅刻してしまうといったストレスもかかるので効果が期待できない。従って、二度寝は5〜10分程度がいい。
光を制御して、快眠を得る!
90分サイクルと仮眠のほかに、戦略的睡眠のために押さえておくポイントは光だ。しかも朝の光。人間が夜眠くなるのは、進化の過程で夜眠るようなメカニズムが人間のDNAに刻み込まれて来たからだが、そのメカニズムの鍵を握っているのが、前述したメラトニン。
メラトニンは、朝起きた時の光を感じると約14〜16時間後に分泌が増え、眠気を催すようになっている。従って朝の光をしっかり浴びていればいるほど夜眠くなる。逆に夜、明るいところ、とくに蛍光灯やPC、スマートフォンが発する青い光のもとで活動していると脳が昼間と勘違いし、メラトニンの分泌が抑制され、眠りにくい状態を作ってしまうのである。
快適な睡眠を獲得するには、まず朝起きたらしっかりとカーテンを開けて朝の光(2500ルクス以上)を浴びることだ。そして夜はあまり明るい場所で過ごさないようにする。家の灯りも蛍光灯から暖色系の白熱灯に変える。最近はLEDでも白熱灯の色に近いものが出ているので、これなどを使うといいだろう。
また部屋の灯りもコンビニやデパートなどより暗くし、寝室はより暗くするのがポイント。キッチンやリビングは200ルクスから300ルクスとし、寝室はさらに暗い100ルクス程度まで落とすとよい。
人間は明るさには結構敏感で、ふだん出張などで飛行機を利用している人が新幹線を使うと眠れないという人もいる。これは飛行機の室内の明るさと新幹線の室内の明るさが影響していると考えられている。忙しいビジネスマンはスキマ時間を使って仮眠をとることが重要。このような場合はアイマスクを使用して光を遮断する。また音も遮断するといい。スマートフォンなどで音楽を聞いたりするのもいいが、耳栓を持ち歩くこともオススメする。
激しい運動は就寝3時間前まで
寝る前に簡単なストレッチは有効だが、逆に激しい運動は眠りを妨げる。健康のために仕事の後でフィットネスに通っている人もいるかもしれないが、もし深夜0時に就寝するのであれば、フィットネスは9時前には終わらせたいところ。
また寝る前に眠りを妨げるものとして、カフェインがある。寝る前にカフェインを飲んではいけないということはわかっている人は多いだろう。問題はいったいいつぐらいまでなら飲
でも大丈夫なのかだ。カフェインの効果は結構持続する。飲用してから5〜7時間は効果が持続する。従って快眠を目指すのであれば、コーヒーなどは少なくとも午後7時以降は摂らないようにしないと、夜寝付けなくなる可能性がある。
ウィークデーはぬるめのお風呂、週末は熱めの風呂で免疫力アップ
快適な睡眠には、お風呂の温度もポイントになる。お風呂に浸かるのは38〜40℃のぬるめのお湯に20分程度。熱いお湯は交感神経が刺激されて寝付けなくなる。入浴時間は就寝の2〜3時間前に行うのが理想だ。
お風呂の温度では、『「能力」をのばす!快適睡眠術』の著者で、医師でアナウンサーでもある吉田たかよしさんが、週に一度、熱いお風呂に入ることを勧めている。これは熱いお風呂に入ることで「ヒートショックプロテイン」というストレス耐性のタンパク質を増やす効果があるからだ。休日の夕方にゆっくり熱めの風呂に入ることでストレス耐性の高い体も手に入れることができるのだ。
寝酒は睡眠の質を下げる
よく眠れないからと言って寝酒をする人がいる。これは、どの医師も勧めていない。アルコールを摂取するとドーパミンが出て興奮状態になるためだ。本来熟睡できている状態のノンレム睡眠の眠りが浅くなり、質の高い眠りが得られなくなるのだ。
逆に酩酊状態までいくとノンレム睡眠が深くなる可能性があるが、脱水症状を起こすため、眠りが浅くなる。お酒を飲む人なら、深酒をするとよく喉が乾いて起きてしまったり、トイレに何度も起きたりする経験があるかと思うが、こういったことも睡眠の質を下げている。
よって夜の酒もあまり睡眠に影響のない範囲にするよう心がけることが重要だ。完全に断つことは難しいだろうから、時間をかけて量をセーブするといいだろう。コツは高い酒を頼むこと。安い酒だとどうしてもアルコールが進んでしまう。高い酒であれば、自ずとペースがセーブできる。
寝具に寝返りが打てる軽めのものを
睡眠の質には寝具の質もポイントになる。掛け布団は、寝返りが打てる軽めのものを使用する。人間は睡眠時、動いていないようでもかなり寝返りを打っている。このとき寝返りが遮られると十分な睡眠が取れないことがわかっている。パジャマなど寝間着は締め付けの少ないゆったりしたものにするのはもちろん、できるだけ長袖、長ズボンにして、光が体に直接当たらないようにするのもコツだ。
寝る姿勢は横向きがベスト
寝る姿勢も重要だ。寝るときの姿勢は、仰向け、うつ伏せ、横向きの3パターンがあるが、深い睡眠には横向きがベストだとされる。仰向けはいびきをかきやすく、SASにかかりやすい。うつ伏せは首と背骨に負担をかける。その点横向きはこれらの負担やリスクが少ない。右利きの人は左側を下にして眠ると快適な睡眠がとれる。
睡眠中の呼吸のしやすさも重要だ。睡眠中は鼻呼吸を確保することがポイントになる。朝、口が乾いている人、いびきをかく人は鼻呼吸になっていない。理想は睡眠外来で診てもらうことだが、時間が取れない人は薬局で鼻腔拡張テープを購入して鼻につけたり、口が開かないようにテープを貼るだけでも有意な改善が見られる。
またスマートフォンや携帯電話など電磁波を出すものを近くに置かないようにするのも安眠のポイント。電磁波と脳の関係は十分解明されていないものの、一部の学者からは脳に影響があるとして問題視されている。いずれにしても、携帯やスマートフォンは、就寝前は身体のそばから離しておくことが大事なようだ。
食事は就寝3時間前まで
食事の時間も重要だ。夕食は就寝3時間前には済ませるようにする。食事に入眠効果があることは述べた通りだが、一方で消化にエネルギーがとられるため眠りが浅くなる。また夜遅い時間に食事を取って寝ると脂肪を蓄積するBMAL1というタンパク質が活性化する時間と重なって肥満になることがわかっている。肥満予防のためにもできるだけ夕食は早めにすることがポイントなのだ。
多忙な人のなかには、この日はどうしても徹夜になる、というケースもあると思う。こうした場合は、先んじて仮眠を取っておくと効果的だ。事前に徹夜が分かっている時は、昼の眠さのピークである2〜4時に90分程度の仮眠を取る。そして実際の徹夜になったら、深夜の2〜4時に15分ほどの仮眠をとるようにすると、眠気をセーブできる。
寝覚めをすっきりさせ、1日を快適にするには
「十分寝たなぁ」という実感は、朝の目覚めにある。逆に少しくらい眠さが残っていたとしても、寝起きをすっきりさせることで一日が快適に過ごせる。睡眠の質を高める目的はあくまで日中のパフォーマンスを高めるためなので、起きているときはできるだけ脳が本来の働きをするよう環境を整えることが重要だ。
夜就寝前はぬるめのお風呂に入ることがポイントだったが、逆に朝の寝起きをすっきりさせたい時は、熱めのシャワーを浴びると寝覚めがよくなる。
前述の吉田さんは、脳を始動させるために、朝、新聞など活字を読むことを勧めている。また、挨拶をする時もただ「おはようございます」だけでなく、「おはようございます。昨日のプレゼンは良かったですね」といった一言を加えることを勧めている。通常の挨拶だけでは脳への負荷がかからないので、脳が十分始動しない。とくに付け加えることがなければ、名前を加えるだけでも効果があるという。
またリトルヘイズさんによれば、覚醒している時間も90分サイクルで行動すると睡眠に影響を与えるストレスを軽減できるという。
たとえば、とくに行きたくなくてもトイレに行ったり、数分外出したり、椅子から立つ、同僚に話しかける、ベランダに出る、電話をかけるといった「行動変化」を意識することでも変化がある。また起床も仕事の始業時間の90分前を目安とするといい。
いかがだろう。睡眠がいかに重要であり、その活用次第で自分のパフォーマンスが高まることも理解していただけただろうか。今後は企業では、睡眠環境や睡眠情報を司るマネージャーや役員が誕生するようになるのではないだろうか。企業はもっと社員の睡眠環境に投資をすべきだ。少なくとも管理者はメンバーの睡眠パターンを把握し、よりよい睡眠環境を提供しながら、個々のパフォーマンスを引き出すことを考える必要がある時代となったのだから。
参考【書籍】●『脳に効く「睡眠学」』宮崎総一郎[角川SSC 新書] ●『ビジネスマンの睡眠コントロー術』白濱龍太郎[幻冬舎経営者新書]●『「脳力」をのばす!快適睡眠術』吉田たかよし[PHP 新書]●『脳機能を活性化する超快眠術』苫米地英人[牧野出版] ●『脳力が5倍アップする睡眠法』坪田聡[宝島社] ●『最高のリターンをもたらす超・睡眠術~ 30のアクションで眠りの質を高める』西野精治/木田哲夫[大和書房] ●『世界最高のスリープコーチが教える 究極の睡眠術』リック・リトルヘイズ/鹿田昌美(訳)[ダイヤモンド社] ●『「眠りをコントロールする」24 の方法 うまくいく人の睡眠の法則 』堀大輔[総合法令出版]
【参考サイト】●厚生労働省 ●日本大学
POINT
■ 睡眠負債が経済に15兆円のダメージを与える日本
■ 睡眠不足は命に関わる病気を引き起こす
■ 大事故の陰に寝不足あり
■ 脳の疲労は睡眠でしか修復できない
■ マイクロスリープの怖さを知る
■ 脳は睡眠中にものごとを整理してくれる
■ 自分の睡眠パターンを把握する
■ 昼型と夜型で出場選手を変える現代サッカー
■ 睡眠は90 分サイクルの組み合わせでできている
■ 1日90 分5サイクルの睡眠を確保する
■ まとめて眠れない人は90 分の分割睡眠を利用する
■ 光をコントロールして快適睡眠
■ 夜の寝不足は昼の仮眠で補う
■ 学習効果を高めるなら学んですぐ寝る
■ ウィークデーはぬるめの風呂、週末は熱めの風呂で免疫力アップ
■ 寝酒は睡眠を妨げる
■ 運動は就寝3時間前までに行う
■ 夕食は就寝3時間前までに済ます
■ カフェイン効果は5〜7時間ある
■ 朝の光が夜の睡眠を保証する
■ 朝は熱めのシャワーですっきり目覚め
■ 朝の挨拶に一言加える
■ 夜の2〜4時に睡眠のピークを持っていく
■ 昼の仮眠は2〜4時に
■ 究極の仮眠「1分間仮眠」を身につける
■ 移動時間で睡眠を確保
ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム