高齢加速・人口大減少の日本の未来
2024年の正月に起こった能登半島地震。半島という土地の特性や高齢化した地域性があるが、過去の東日本大震災や熊本地震に比べても復旧支援の難しさが日を追うごとに浮き彫りとなっている。
とくにインフラの復旧の遅さだ。とりわけ水道水は、水道管があちこちで断裂したために、各所で断水がいまなお続いている。完全復旧には年単位の時間がかかるとも言われている。背景には少子高齢化による地方行政の予算・人材不足がある。インフラ保守に回す予算と人員が確保できなかったのだ。道路もどこまで復旧できるかは不明だ。保守整備が追いつかず、廃道にする例も増えているからだ。老朽化した橋やトンネルを通行止めにすることもあり、迂回を余儀なくされる地域も少なくない。
日本が世界に類を見ない少子高齢化、人口減少時代に入ったことは誰もが知っている通りだ。しかし実際に人口減少社会、高齢社会になった時に起こってくることを、どこまでイメージできているだろうか。
そこで今回はオフィスや交通機関、地方や大都市の中でどんなことが日常的に起こってくるのか概観し、そういった課題に対してどのような対応が可能なのか、みていきたい。
目次
- 高齢化で通勤時間が延びる
- タワーマンションは天空の老人ホームとなる
- 家庭内のいたるところに凶器が……
- 高齢化で野菜が高騰する
- 高齢化で中小企業の大廃業時代がやってくる
- 中小企業の後継者問題が大企業の売上を直撃
- 高齢ドライバーを救えるか、自動運転技術
- 九州全土以上の「所有者不明」の土地
- 人が住まなくなった土地は害獣のパラダイス
- 多国籍化で教育や給食の負担が増える
- 人手不足は続き、社員のモチベーションは低下
- 遺産マネーが地方の銀行から大都会の銀行に
- 2030年には「患者不足」が顕著になる医療業界
- 健康経営で社員をいきいき活用する
- 80、90歳が元気で働ける若返り医療、オミックス医療
- あと10年弱で迎える「ミニ氷河期」
- 60歳で引退せず、積極的に働く場所を確保
- 60歳で起業することも手。早めに準備を
- 使う部屋を絞って家のなかをコンパクト化する
- 企業は全国転勤をやめさせる
- テレワークを積極的に活用する
- 未来で起こる兆しを早めにキャッチして、活かす
高齢化で通勤時間が延びる
まずおさらいをしておきたいのは高齢化問題の現実だ。高齢化は世界中の先進国、あるいは新興国でも進んでおり、日本だけが特異な問題となっているわけではない。ただ日本は高齢化率が世界で最も高く、20世紀中は人口比で10%台を維持していたが、2005年に20%を超え、世界一の高齢先進国になった。この先もどんどん高齢化が進み、2015年には26.7%となり、世界一の高齢先進国を維持している。今後も2035年に33.4%、2060年には39.9%と、なんと4割が65歳以上の高齢者になると予想されている。
高齢者の増加はマクロ的な視点だとあまりリアリティを感じないだろうが、日々の生活に落としてみると様々な問題が浮かび上がってくる。
たとえば通勤時間がいままで以上にかかる可能性がある。
路線バスを考えてみよう。いまでも追い越し禁止車線を走るバスが停留所に止まるたびに、後方には乗客の乗り降りを待つ自動車の列ができたりする。これが高齢化が進むと、一人当たりの乗り降りにさらに時間がかかってくる。乗降客の中には車椅子に乗った人や杖をついた人が増え、運転手の手助けを必要とする人も出てくる。するとどうしても一人当たりの乗降時間は増えてしまう。
朝夕の過密ダイヤでは定時運行がままならなくなり、予定通りバスや電車が来ないということも起こるだろう。もしくはダイヤを見直して、従来より間引き運転をせざるを得なくなる。
バスの後ろで待つ通勤自動車もさらに長時間待たされることになり、通勤時間はどんどん長くなる。これは企業にとっては営業時間が奪われることになり、取引先の打ち合わせや会議などに遅れる可能性も出てくる。メーカーでは工場のスタート時間や従業員の交代時間が間に合わなくなり、予定通りの生産計画が出来なくなったりするだろう。すると会社全体の生産性が落ちかねず、ひいては国全体のGDPに大きな影響を与える可能性がある。デパートではフロアに対して売り場面積が減る
デパートなど小売りの現場ではどのようなことが起こるだろうか。
既に冬の時代を迎えているデパートでは人員を削減する傾向にあるが、判断力の衰えた年配客が増えるにつれて、一通りの商品説明ではなかなか理解してもらえないという状況も増えてくる。
1人に対しての接客時間が長くなるため、従業員一人当たりの売上単価が落ちていくことになる。より売上を上げようとすれば人を増やさざるを得ないということにもなりかねない。
また大型施設では顧客向けの休憩椅子などを増やす必要がある。カートや車椅子などを使う高齢者も増えるので、通路の幅にももっとゆとりが欲しくなる。つまりフロア面積に対して、販売用に充てられる面積はいまより縮小せざるを得ないことになる。
鉄道会社も現在の荷物棚の高さを高齢者向けに変える必要が出てくるだろうし、車椅子などのスペースをより広く取る必要が出てくる。そうなると新しい車両の開発や導入も必要だ。ただでさえ乗客が減っていくなかでの、ホームドアの設置やエレベータの設置など、投資案件を抱える鉄道会社にとって、頭の痛い問題が加わってくることになる。
タワーマンションは天空の老人ホームとなる
高齢化の影響は集合住宅やマンション、都心のタワーマンションなどにも及ぼす。この数年来都心に高級タワーマンションが林立しているが、今後これらのタワーマンションが大規模修繕などの時期を過ぎるとスラム化する可能性がある。
都心のタワーマンションの場合、最高階は外国人の投資家などに投資目的に購入されることが多く、本人は居住せず貸し出したりする。またタワーマンションの場合、眺望の良い上層から中層階まではいわゆる富裕層の方が買うのだが、低層階になると一般のサラリーマンなどが多く購入する傾向がある。
一般的な新築マンションでは、入居時にはだいたい似たような家族環境で似たような収入の人が入居するが、タワーマンションの購入者は新築時点でかなり収入や生活スタイルの違う層が入居するので、大規模修繕後のメンテナンスにおいて話がまとまりにくくなる可能性が高いのだ。
これは一般的な新築マンションでも起こりえる。入居時は同じような収入や家族環境の人たちでも、勤務先の違いや出世の状況で、差が出てしまうからだ。長い人生のなかでは事故や病気で収入が途絶える人も出てくる。管理組合の話し合いは平行線をたどってまとまらず、結局、住み替えできる人だけが新たな新築物件に移り、ローンを抱えた高齢者だけが残るかもしれない。タワーマンションの場合はこれが顕著に現れる可能性があるのだ。
一般的にタワーマンションの大規模修繕となれば、入居当初に設定した積立額では対応できないとされ、一時金の積み増しなどさまざまな対応が必要となってくる。しかし最上階などの投資家は余計な出費を減らしたいと考えるだろうから、拒否する可能性が高くなる。その一方でタワーマンションに永住するつもりで購入したニューファミリー層は、住宅ローンを払い終わった頃には高齢者になっており、追加で拠出する資金が残っていない可能性も高い。結局大規模修繕がままならない状態で、高齢者だけが住まう「天空の老人ホーム」となってしまうこともありえるのだ。
家庭内のいたるところに凶器が……
マンション住人が高齢化するということは、配偶者に先立たれたり、独身のまま高齢を迎えた独居老人が増えることにもなる。高齢者が一人で住む場合、家庭内で怪我をしたり死亡するリスクが急速に高くなる。
そのトップが風呂場での溺死だ。消費者庁の調査では、2008年に3384人だった浴槽での溺死者は、2018年には4900人となり、約1.5倍に増えている。その9割が高齢者なのだ。さらに高齢者の転倒事故も増えており、東京消防庁の調査では、65歳以上の転倒による救急搬送者は、2012年に4万2625人だったが、2018年には8万3905人に増加している。
高齢化で野菜が高騰する
野菜も高齢化の影響を受ける。高齢者の増加で野菜の消費量が増えるということではない。野菜の作り手が高齢化していくために、野菜が高騰するという話だ。
農業従事者の平均年齢は1995年には59.6歳だったが、2005年には64.2歳に上昇し、2020年には67.8歳と、確実に高齢化が進んでいる。
その結果、65歳以上の農業就業者が全体の65%と、3人に2人が高齢者になっている。特に主食である米の稲作従事者の高齢化は著しく、2015年時点で65歳以上の稲作農家は全体の76.5%を占めているのだ。ただこれだけ高齢化していても稲作の場合は機械化が進んでいるので、大きな風水害や異常気象がない限り、当面価格に影響は出てこないだろう。
問題なのは野菜だ。現在野菜工場などが都市部でも展開されているが、北海道などを除いて大規模化が難しいため、全体的に野菜農家の機械化は遅れている。また物流も複雑なので、今後このまま野菜農家の高齢化が進み続けると、人手不足で収穫が追いつかずに野菜の高騰が続く事態に陥ってしまいかねないのだ。
高齢化で中小企業の大廃業時代がやってくる
高齢化問題は企業も直撃している。近年は中小企業の倒産件数は減っているが、代わって休廃業する企業が増えているのだ。
2008年に年間2万4705件だった休廃業・解散数は、2023年には4万9788件と、5万件に迫っている。驚くべきは、こうした企業の半数が黒字だったということだ。
民間調査会社の東京商工リサーチによると、2022年に休廃業・解散した企業4万9698社のうち、利益率が0%以上の黒字状態で廃業した割合は54.9%と半分を超えていた。さらに生存企業と比較しても、利益率の中央値を上回る利益率で休廃業・解散した企業が32.6%もあったのだ。
つまり十分な利益を確保していながらも、休廃業・解散を決めている企業が多くなっているのだ。この傾向はこれからも続く見込みだ。中小企業庁の調査によれば、60歳以上の経営者の実に50%以上が廃業を予定しているという。
中小企業の後継者問題が大企業の売上を直撃
こうした休廃業の問題は大企業にも影響を与える。中小企業、特にものづくり企業の多くが大企業の下請けや協力会社となっているので、中小企業が廃業したり休業したりすれば、部品や材料の供給が止まることによって最終的な商品が製造できなくなるからだ。
経済産業省の資料によれば、2025年までに経営者が70歳を超える法人の約31%、個人事業者の65%が廃業すると想定しており、2025年頃までの10年間で約650万人の雇用が奪われ、22兆円のGDPが奪われる可能性があると予測している。
こうした休廃業・解散の理由の多くが後継者不足にあることは知られている通りだ。いまは若者の人口が減っていく時代。若い後継者が減っていくことは致し方ないと思う面もあるだろうが、その内容を見る限り、必ずしもそう言い切れない面がある。
というのも先代経営者自身が、周りに相談することなく、自分の代で廃業を決めてしまっているという例も少なくないからだ。
中小企業庁の調査によると、廃業の理由として最も多かったのが「当初から廃業すると決めていた」(38.2%)、次いで「事業に将来性がない」(29.7%)と続いている。しかしその後には「子供に継ぐ意思がない」「子供がいない」「適当な後継者が見つからない」などの後継者難が挙がってきている。
しかしこの回答は廃業を選択した中身を正しく伝えているとは思えない面がある。というのも上述したように、廃業予定のうち3割以上が同業他社より良い成績を上げており、4割が今後10年間の将来性については「現状維持が可能」と回答しているからだ。
将来性も収益もまだまだあるにもかかわらず、後継者がいない、見つからないというのは、そもそも後継者に事業を継いでほしいという意思を伝えていなかったり、後継者問題を周りに相談するということをせずに決定している可能性が非常に高い。
国はこの後継者不足に関しては意欲のある事業者によるM&Aなどを進めているが、M&Aをスムーズに行うためにも後継者不足に悩む企業の内容をデータベース化して、さらに企業買収時の優遇税制など、規制緩和の推進を図る必要がある。何より中小企業の経営者自身が早い段階から将来設計を描き、誰に譲るかをはっきり決めておくことが重要となる。
高齢ドライバーを救えるか、自動運転技術
高齢者の増加によって、ブレーキとアクセルを踏み間違えたり、高速道路を逆走するといった交通事故も増えてきている。
自治体によっては、高齢者の免許を自主的に返納させる制度を設けているが、法的にも限界がある。また地方においては高齢者から車を奪ってしまうと買い物難民になってしまい、生活が困難になる可能性もある。
そこで期待されるのが自動運転だ。完全自動運転の形をレベル5とすると、日本ではレベル3までは実証済みとなっている。
レベル3とは基本は自動運転で、緊急時のみドライバーが対応するというレベル。現在各地で客を乗せた自動運転タクシーやバスが実証実験を進めているが、こうした自動運転は今後確実に進化していくはずだ。2035年には新車の1/4が完全自動運転車になると言われており、ここまでいけば高齢者が免許を返納しなくても、安全に目的地に着くことができるようになるかもしれない。
しかし落とし穴がある。自動車の整備士の問題だ。日本は車検制度があり、仮にリースでもサブスクでも誰かが整備をしなければならない。ところがその整備士のなり手が減少しているのだ。国交省の資料によると2003年度から2016年度までの全国の自動車整備学校への入学者は12300人から6800人と約45%も減っている。これは入学の段階なので、データはないが卒業までを入れるとさらに減るはずだ。
整備士は国家資格なので、しっかり見てもらえば、安全性に問題はないだろうが、修理や車検に時間を要するようになり、いざというときに車が利用できないという事態になりかねない。
これは自動車整備士に限ったことではなく、ほかのメンテナンス技術者にも言える。たとえば、第一種電気工事士である。経産省の予測では2030年には23000人が不足するという。空調整備業界では配管工が高齢化によって不足しているという。
今後は、エアコンが壊れても何週間も待たされたり、家やビルのリフォームやリノベーションに予想外の期間がかかることになるかもしれない。
さらに懸念されるのは、こうした人手不足に便乗した悪徳商法である。「格安」「速さ」などを謳いながら、資格や実力のない素人が請け負って、事故やトラブルを引き起こす可能性もある。
九州全土以上の「所有者不明」の土地
高齢者社会の後にやってくるのが多死社会だ。すでに東京などの大都市部では火葬場不足による葬儀の遅延が増えている。今後もっと死亡者数が増えていくと火葬場不足だけではなく読経をするお坊さんの数が足りなくなる可能性がある。火葬場や葬儀場を確保できたとしても、東京ではお坊さんが来てくれないので葬儀を10日後に執り行う、といった事態も起こりつつある。
一方、多死に伴って増えるのが相続問題だ。今後は親族のいない一人暮らしの高齢者が増えていくので、遺産相続争いが少なくなるかもしれないが、相続人がいないまま孤独死が増えると、空き家や空き地が増えていくことが懸念されている。
近年問題になりつつあるのは所有者不明の土地。地方から東京や大阪などの大都会に出てきた人のなかには、親の出身地に残された相続対象の土地を一度も訪れたことがないという人も増えている。それどころか出身地に土地を所有していたということを知らないケースもある。
こういった場合、利用価値のある土地ならば相続をして管理するだろうが、その価値が見いだせない場合、わざわざ地方に出向いて手続きをする労力やコストが見合わないと判断し、そのまま放置状態になりがちだ。このような土地が長期間にわたって放置されると相続人がネズミ算式に増え、さらに問題を複雑化させてしまう。地方では集落単位の共同土地があったりするので、遺族やその権利者が不明となる場合も多く、結果として所有者不明の土地が全国に広がっているのだ。
一般財団法人国土計画協会の所有者不明土地問題研究会が、一定条件のもとに相続手続きされなかったり所有者の住所が変わって連絡が取れなかったりした土地を推計したところ、所有者不明と考えられる土地面積は全国で約410万ヘクタールに及ぶことがわかった。これは九州本島約367万ヘクタールを上回るという、驚愕の数字だ。こうした状況に鑑み、国は2018年3月、「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法案」を閣議決定している。
人が住まなくなった土地は害獣のパラダイス
一方で空き家問題も深刻だ。総務省の統計によると、空き家は全国に約850万軒(2018年)存在している。また野村総合研究所の試算によれば2033年には、これが2670万戸まで増え、空き家率は全国の住戸の30.4%にまで上がってくると算定されている。あと10年後には、およそ3戸に1戸が空き家となる計算だ。
空き家をそのまま放置しておくと、いわゆるゴミ屋敷となり、地域の環境が悪化し治安の悪化を招いたりする。また空き家の多い土地は次第に敬遠されるので一帯の資産価値がどんどん下がっていく。
空き家問題は人口減少問題とセットで起こる。人口が減ってくると自分の住んでいる地域に店がない、医者がいないといったことが起こる。つまりその地域だけでは生活を全う出来なくなる。こうした地域を限界集落と呼ぶが、いま日本全国にこの限界集落がどんどん増えている。
総務省は65歳以上が人口の50%を超える地域を限界集落と定義しており、5年毎に限界集落の調査を行っている。2020年の調査では全国に約62000の限界集落が存在している。限界集落は新陳代謝が起こらないので最後の1人が亡くなった場合、そこに人が住まなくなる。2020年に行われた調査では年間139の集落が消滅している。これからの日本にはいたるところに人が住まない地域がどんどん増えていくことになるだろう。
人が住まない地域が増えていくとそこに動植物が進出する。単純に野生動物が見られるようになり、自然が豊かになるということは一見美談のようだが、そこに隣接する地域の人々にとっては脅威となる。
たとえば人がいなくなった空き家は、いろいろな生き物の巣やねぐらになる可能性がある。有害なスズメバチの巣が作られたり、アライグマやハクビシンといった、人間にとって凶暴な動物が巣を作る。人の手を離れた農地では子連れの猪や熊がそこを占拠する。駆除しようにもその土地が誰かの所有地のままであったり、所有者不明の場合は勝手に駆除ができない。あるいは駆除を頼むとしても、猟友会などの資格を持った人たちが高齢化している現在、その要請に応じることは難しくなっている。結果として近隣の住民が引っ越すという悪影響、悪循環が続くことにもなりかねない。
自然豊かな生活を夢見てIターンやUターンをしたものの、鳥獣害を恐れて結局都会に戻ってきたリターン組が今後増えるかもしれない。
多国籍化で教育や給食の負担が増える
一方の人口減少問題はどうだろう。人口減少も多くの先進国で、問題化している。約14億、世界の人口の2割弱を占める中国でも2018年から人口減少に転じている。
日本は2011年より人口減少社会に転じ、以後連続で下がり続けている。2017年に94万6060人だった出生率は、2033年には79万7000人と80万人台を切ることになる。単純計算すると毎年1万人ずつ若者が減っていくのだ。
国は特殊出生率を上げる政策などを様々な形で打ち出してきたが、思うような結果に結び付いていない。岸田内閣は異次元の少子化対策を打ち出しているものの、民主党政権時代の焼き直しにとどまる程度で、“異次元”まではほど遠いようだ。
ということで今後日本の人口を維持していく現実的な対策の筆頭が移民の受け入れだ。
国は今後も移民政策については考えていないと言っているが、いわゆる外国人労働者は既に受け入れられている。厚生労働省が出す、外国人雇用状況の届出状況というデータによれば、2022年で外国人労働者数は182万人。中長期の在留者数は約300万人おり、申告漏れも含めれば、さらに上積みされる。
となってくるとそのためのインフラ投資というのも必要になってくる。すでに小学校などでは、日本語が分からない生徒のために特別な支援学級などのサポート体制を敷いて、教員をそこに充てている。また給食制度においては、メニューの多様化を図っていく必要がある。移民の受け入れは、人種の多様化だけではなく、宗教も多宗教化するので、一つの献立では対応できなくなる。航空機の機内食のように、個々の宗教観や信条に応じたメニューも求められるだろう。
加えて、宗教的なタブーの問題から授業に制限が加わることも想定される。いずれにせよ、人口減少問題の対策には「いいとこ取り」はないと考えたほうがいいだろう。
人手不足は続き、社員のモチベーションは低下
人口減少はあらゆる産業に影響を与える。
日本の労働市場は空前の売り手市場であり、中小企業の人材不足は常態化している。この先も人材不足は続く。運輸業界やIT業界、建設業界などはかなり前から人材不足が懸念され、その対策がなされてきた。働き方改革で長時間労働が厳格に制限され、働きやすくなってきているが、代わりに仕事やサービスが滞るようになった。2024年問題を迎えるトラックドライバーはその典型だが、長時間労働が制限されるため2030年には10億トンの荷物が滞るとの予測もある。それでもトラックドライバーは2028年には24万人が不足するとされる。バスやタクシードライバーも各地で不足している。建設業界も運輸業界同様2024年問題を抱える。資材の高騰、人材不足で予定の建築物が期限内に完成しない可能性も出ている。すでに行政の入札は、価格と人手不足で不調が珍しくなくなっている。
一方IT人材も不足が続く。もはやITに関わらず仕事ができる産業は日本にはないと言っても過言ではない。あらゆる産業の業務が停滞する可能性がある。とくに影響を受けるとされるのが金融業界である。この業界ではネット化が進んでいるため、IT人材の奪い合いが起こっている。ネット化の影響で実店舗もどんどん減り、代わりに銀行ではATMが置かれるようになったが、ここにもIT人材は必要となる。IT人材の不足からATMが利用できないといったトラブルも起こっている。
もちろん国も手をこまねいているわけではない。積極的にIT人材の育成を図っている。経産省などの「IT人材需給に関する調査」(2019年)では、2018年の103万1058人から2030年には113万3049人にまで増えると予想しているが、それでも2030年に最大79万人が不足すると言われているのだ。金融機関の基幹システムは古いものが多いため、システムを更新しない限り先端ITの恩恵は受けにくい。他方IT人材は常に先端を求める傾向があるため、いかに人材を増やしても、古いシステムの保守に魅力を感じるIT人材は少ないだろう。金融機関が大規模な障害を起こせば、たちまち信用問題に発展する。
遺産マネーが地方の銀行から大都会の銀行に
金融機関はほかにも人口減少の影響を受ける。一番は顧客の奪い合いである。
人口減少は地方で進んでいる。ということは、そこに依存している様々な企業や行政機関が縮小を余儀なくされる。小売業などでは売上が減ることになるが、そこの取引先にある金融機関なども大きな影響を受けてしまう。
東洋経済新報社が調べたデータでは、2023年3月の決算で、全国の地方銀行99行中、14行が赤字となっている。
地方の金融機関が預金高を落とす背景には地域経済のGDP低下のほかに、相続問題が絡んでいる。地方にいる高齢の親が亡くなると、都会にいる息子や娘が遺産相続するので、親の預金口座が解約されて息子、娘の口座に移転してしまうからだ。今後地方の金融機関は預金高を落とし、合従連衡が続くことになるかもしれない。金融業界はまさに生き残りと信用をかけた正念場を迎えると言えそうだ。
2030年には「患者不足」が顕著になる医療業界
医療にも大きな変化が起こってくる。人口減少が進む地方では医療機関が集約されているが、都市部、とりわけ首都圏では医療機関の増加が続く。東京都の調査では、都内一般診療所は1987年以降2020年まで増え続けている。医師は毎年3500人から4000人誕生しているが、こうした新人医師の大半が都市部に流れる一方、地方から医師が消えていく傾向化が顕著になる。医師の地域偏在がますます拡大することになる。地方の医師不足は解消されず、都市部では患者争奪が激化する。
しかしそれも2030年頃から変わる。厚労省が発表している入院患者数をみていくと2035年までで260箇所でピークを迎えるという予測がある。外来患者ではすでにピークを迎えている医療機関が出ており、2020年までに214箇所がピークを過ぎている。つまり日本全体で患者不足が起こっていくのである。厚労省がどのような施策を打ち出すかはわからないが、現状のような人数の医師育成を進める限り、「医師が儲かる仕事」のイメージから離れていく可能性は高い。
一般の中小企業ではどうだろう。中小企業はこれまで若手の採用を減らしたり、停止してきたため、さらなる人材不足が予想される。するとこうした企業のなかには、いつまでたっても新人のような雑務が割り当てられたり、割を食うような人が出てくる。結果、仕事のモチベーションは上がらず、企業の生産性が落ちる可能性がある。
国は生産性を上げるためにDXを推奨しているが、DX投資をする余裕がないのが実情だ。資金があっても銀行の例にみたように、多くの中小企業が古いITシステムを活用しているため、切り替えに時間がかかり、またそのシステムを維持するコスト、人材もみていく必要がある。過保護と言われそうだが、日本の産業界の生産性向上には、継続的な行政のDX支援が求められる。
健康経営で社員をいきいき活用する
人材不足に対しては、高齢者の再雇用に取り組む企業も増えている。かつてと違い、いまの60代は老人や高齢者と呼ぶのも憚られるほど元気な人がたくさんいる。すでに社会では人生100年、あるいは110年という言葉が定着しつつある。
もちろんただ長生きするだけではなく、健康であることが大前提となる。「健康寿命」という考え方も生まれている。健康寿命は日常生活に支障がない状態でいられる寿命のことで、日本の場合だいたい男性が71歳、女性が74歳とされる。今後はこの数字がどんどん伸びていくだろう。
健康寿命を延ばすために、最近では企業の中で「健康経営」という言葉が使われ出している。残業時間が少なく、ストレスの少ない職場づくりをしている経営を指し、国はこうした健康経営をする企業を健康経営企業として表彰している。こういった動きが進めば、元気な高齢者が会社を成長させる可能性も出てくるはずだ。
80、90歳が元気で働ける若返り医療、オミックス医療
実際最新医学では、「オミックス医療」という新しい技術が誕生し、健康寿命を延ばすことが期待されてる。アメリカで染色体のテロメアを引き延ばすことができるテロメラーゼ遺伝子が発見され、これを用いることで人類の健康寿命を延ばすことが確実視されているのだ。オミックス医療を施せば80歳から90歳という高年齢であっても極めて健康的な状態で暮らすことができると言われている。ある意味で、映画『ベンジャミン・バトン』の世界が現実化するのだ。限界寿命も100歳から120歳まで延ばすことが可能とされている。仮にそうなるなら、60歳で定年を迎えると、将来はそれと同じぐらいの人生が残ってしまうことになる。まさに第二の人生をどう過ごすかが問われる時代となるのだ。
あと10年弱で迎える「ミニ氷河期」
少子高齢化問題からは外れるが、今後起こる可能性で押さえておきたいことがある。ミニ氷河期の存在だ。イギリスのノーザンブリア大学のバレンティーナ・ザーコバ教授らが発表した内容によると、世界は2030年に97%の確率でミニ氷河期へと突入するということだ。あとわずか10年弱だ。その最大の根拠は太陽活動の停滞にある。昔から太陽活動が停滞すると地球の気温が下がり始めると言われてきた。
実は世界では過去に数十年単位でミニ氷河期が到来していたことがわかっている。例えば1645年から1715年頃のミニ氷河期では世界の平均気温が1.5℃下がった。ヨーロッパではイギリスのテムズ川が完全に氷結し、またアイスランドでは周囲の海が氷に閉ざされ、貿易や漁業に大きな影響を与えた。またペストの流行やフランス革命の勃発についてもミニ氷河期が影響したという説がある。
江戸時代には飢饉が頻発したが、これはミニ氷河期の影響で作物が不作だったことも原因の1つとされている。
では現代の日本の場合はどうなるのだろうか。
例えば東京の場合は夏の平均気温が最高で20℃ぐらいになると予想されている。生命の危機というほどにはならないものの、全国的な農作物の不作が起きる可能性はある。対策としては食料の備蓄対策や野菜工場などの新しい農業システムの開発を進めることだ。またミニ氷河期は単に気温が下がるだけでなく、他の異常気象を誘発することから、豪雨や豪雪といった様々な災害が懸念される。
また気温が下がって空気が乾燥していく場合、インフルエンザなどのパンデミックも予想される。
60歳で引退せず、積極的に働く場所を確保
ネガティブな話ばかりとなってしまったが、こうした少子高齢化社会に対してどのような対応が可能なのだろうか。
1つの方策は、働けるだけ働くということだ。多くの企業で定年を65歳に引き延ばす動きが出てきているが、人生100年と言われる時代、そこから老後というのはあまりにも早すぎる。
生命保険文化センターが、老後に必要な資金生活資金について総務省の家計調査年報を元に分析したところ、高齢夫婦2人がゆとりを持って暮らす希望額は平均34万9000円とのこと。これを年金などで賄うことは到底不可能だ。少しでもゆとりのある老後にするには、やはり働き続けることが一番だ。
既に昨今の人手不足を背景に、高齢者の雇用に積極的に乗り出している企業も増えている。また最近では「アルムナイ雇用」という言葉も生まれている。
アルムナイとは英語で「卒業」を意味する。すなわち一度会社を“卒業”した人がその会社に戻って再雇用されることだ。アルムナイ雇用者はその会社の文化や業務を知っている上、他の会社や業務で新しいスキルや知識を得ている可能性が高いため、教育コストが低く、高いパフォーマンスを出しやすい。
ただ現役世代に比べて体力が衰えつつあるのは確かなので、健康を維持しながら年金などの差額を埋められればいい、というスタンスで仕事に臨むことが大事かもしれない。
60歳で起業することも手。早めに準備を
望むような仕事がないという場合は、起業するということも手だ。仮に60歳から起業したとしても、80歳までで20年、90歳までだったら30年、新たなビジネスパーソンとしての道が開ける。特に女性の場合の余命はかなり長いので、早いうちから起業家塾などに足を運んでノウハウを蓄積して、週末起業といった段階を経て独立することもいいだろう。
女性の起業のケースでは、店を持つ人が多いようだ。地方にはシャッター通りと言われる商店街が増えているが、こういった場所を利用して、週末や週に1、2日だけ店を開けるような形で商売を展開するのも1つの方法だ。商店街の店としても賑わいがつくれるため、地域にも個人にも、双方メリットが出てくる。
使う部屋を絞って家のなかをコンパクト化する
高齢となって足腰が衰えてくれば養護施設や介護施設に入るという手があるが、そういった施設で暮らすにはお金がかかる。
自宅で暮らし続ける場合、持ち家の人は家の中のコンパクト化を実践するといいだろう。その大きなメリットは省エネとヒートショック対策だ。
一般的に地方の一軒家は間取りがゆったりとして部屋数も多くなっている。高齢者には持て余す広さになっている。そこで家の中で「使う部屋」と「使わない部屋」を明確に分けて、使う部屋に日常的に必要なものを全てまとめるようにしておくといい。
使う部屋から風呂場までの動線を決めておけば、使う部屋と風呂場までの動線だけを重点的に冷暖房を収集させることができるので、冬場のヒートショックなどが起こりにくくなる。また必要なものを使う部屋にまとめておけば、物忘れをしても探す場所を限定できるので見つけやすくなる。
企業は全国転勤をやめさせる
今後少しでも人口を増やす、働き手を増やすということを企業として考えるのであれば、全国転勤をなくすことが有効な手段となる。
厚生労働省の「第12回 21世紀成年者縦断調査」によれば、夫の休日の家事育児の時間が長いほど第2子以降の出生割合は増えている。2時間未満の割合は29.0%だったが6時間以上では80.0%と増えているのだ。待機児童問題はだいぶ解消されつつあるが、仮に保育所を見つけても、夫婦のどちらかに転勤命令が出てしまったら、また一から探し直しをしないといけない。いかに企業がイクメンを進めていたとしてもこの単身赴任などの状況が解消されない限り、本来の目的である少子化解消には繋がっていかない。北欧などでは単身赴任を前提としない会社運営が一般的だ。今後は単身赴任を前提としない企業マネジメントが社会的にも求められる可能性は高そうだ。
テレワークを積極的に活用する
同様に今後企業が取り入れるべきはICTを使ったテレワークだ。コロナ禍でテレワークが一気に広がったものの、国の5類指定以降は、再びオフィスワークに戻っている企業も多い。
しかし地方にいながら正社員が完全リモートワークで仕事をする会社も増えている。機械加工会社が自宅でリモートワークするケースも出てきている。
自宅で勤務する在宅勤務や会社のサテライトオフィスでの勤務、あるいはいつでもどこでも仕事が可能なモバイルワークなどの活用で、通勤時間の短縮やそれによる子育て世代の子育て時間の確保などを体感した人も多いだろう。時間的なゆとりができれば発想も豊かになり、よりクリエイティブでイノベーションの起こしやすい企業に変わっていく。
人口減少社会においては既存市場は縮小していかざるを得ない。したがって今後生き延びるためには、いかに新しい価値を創造していく環境を作り出せるかにかかってくるのではないだろうか。そのためにもいまの働き方自体を見直すことは、少子高齢化のなかで生き延びる企業戦略の重要な要素になりそうだ。
未来で起こる兆しを早めにキャッチして、活かす
日本が人口減少社会になり、人材不足が起こることは予想できていたはずだ。しかしその影響が我が身、我が社にいつどのような形で降り掛かってくるかを的確に予測していた人は少なかったのではないだろうか。例えば人材不足はもはや大手企業にも影響を与える。ある有名重機メーカーの役員は、「2年ほど前まで人材不足は他人事だったが、ここに来てじわじわ効いてきた」と打ち明ける。
ものごとはある種予兆のような形で起こり、そしてある閾値を超えると一気に吹き出すもの。その予兆をいかに早めに察知し、対策を練れるかがその企業や組織、民族の、生き残り、発展の大きなポイントであることは言うまでもない。未来の兆しに対して、感度を上げておこう。