バフェット、ソロス、ロジャーズに学ぶ、「投資と経営の考え方」
目次
首相肝入り、「投資」で所得倍増へ
いま持ちたい世界的投資家の視点
貯蓄から投資へ―。
デフレーションが続き、金利の上がらない日本において、よく聞かれるようになったフレーズだ。予てより金融工学の登場やITの発達、金融リテラシー教育などの浸透で貯蓄好きの日本人の意識も変わりつつあるが、それでも欧米に比べる個人資産における投資商品の比率は低い。
岸田首相は所得の引き上げ対策のひとつとして、投資による所得倍増を謳っており、2024年からは優遇税制NISA枠の拡大など、投資環境の整備を進めている。いよいよ1億総投資家時代が到来する気配だ。もっともポピュラーな投資は株式だが、気になるのは「どうすれば投資を成功に導けるのか」だ。株式投資にはカリスマと呼ばれる世界的投資家たちがおり、独自の指針やメソッドで株式を研究し、投資実績を上げている。
本格的投資時代に向け、カリスマたちの考え方を学んでおきたい。
資産17兆円のバフェット、
9兆円のソロス
株式投資の世界で影響力のあるのは大口と呼ばれる資産運用会社で、世界中から優れた頭脳を持った金融エリートが日夜企業の業績や投資環境を分析し、投資判断をしている。その一方、カリスマと呼ばれる一部の投資家が株式、金融市場に影響を与え、資産を増やし続けている。
その代表が、投資家として熱狂的な崇敬を受けている「オマハの賢人」ことウォーレン・バフェットと、2011年に引退を表明したジョージ・ソロスの2人だろう。バフェットは投資家としては世界トップの約17兆円(1米ドル149円換算)の資産を有し、ソロスも引退してからも資産を増やし、約9兆円を持つとされる。
とくにこの数年は、バフェットの影響力は凄まじく、彼が日本の商社株を買ったとの情報は瞬く間に日本中を駆け巡り、証券市場が反応、商社株をはじめさまざまな日本株の上昇に寄与した。
バフェットはその気さくな人柄で、投資家のみならず多くの産業人の崇敬の対象となっている。とくに驚かされるのがその生活ぶりだ。
彼は長年自分の経営する投資会社「バークシャー・ハサウェイ」から年間10万ドルしかもらっていない。10万ドルは日本円にすれば、1500万円ほど。決して質素とは言えない額だが、世界屈指の大富豪からすれば、年収10億あってもおかしくはない。
一般に店で財布や家計を気にせず生活ができる年収は3000万円が目安とされており、いわゆる富裕層というカテゴリーからもバフェットの年収は十分質素と言える。
自宅も生まれ故郷であるオマハの郊外に、1957年に3万ドルで購入した家にずっと住み続けている。バフェットはバークシャー・ハサウェイを通じ、アップル社の株の5.55%を保有しているが、自身は長年二つ折りのガラケーの愛好家で、アップルのスマホに買い替えたのはiPhone11の時だ。
一方で90歳を超えた今でも、とくに食事を気にするふうでもなく、幼少の頃から大好きなチェリーコーラとマクドナルドをこよなく愛し、高級フレンチや高級ワインなどにはほとんど目もくれない。
バフェットは資産を増やすことに執心してきたが、増えた資産を慈善団体に寄付してきたことでも知られる。2016年にはビル・ゲイツ夫妻が立ち上げたメリンダ・ゲイツ財団に28億6000万ドル相当のバークシャー・ハサウェイ株を寄付、ほかにも数多くの慈善団体に寄付をしており、その総額は285億ドル以上とも言われている。
もう1人のカリスマ、ジョージ・ソロスは、日本の日本銀行に相当するイギリスのイングランド銀行に為替市場で派手なポンド売りを仕掛け、ポンド危機を引き起こした人物として知られている。彼の発した「市場は常に間違っている」という言葉は、ソロスの過激な投資スタイルを表す言葉として知られているが、生まれ年がともに1930年という2人は投資家として共通する部分が多い。その共通する部分こそが巨額の投資実績を築いたと言える。
バフェットの師、
投資を科学に変えたグレアム
バフェットの投資スタイルは「ブレンド投資」と言われ、長年の経験から編み出されたバフェット流の投資哲学から生まれた投資方法だが、その源泉は2人の投資の師から編み出されたものだ。
その1人がベンジャミン・グレアム。
バフェットは幼い頃から商才があり、11歳には株投資を始めていた。高校進学後、地元のネブラスカ大学に入学すると本格的に投資の勉強を始める。
当時は株式相場において、株価のチャートをいかにテクニカルに分析するかということがトレンドだった。バフェットもこのチャートのテクニカル分析に熱中していた。
しかしそこで出会ったのが、当時すでに投資会社を経営し、コロンビア大学の教授を務めていたグレアムが著した『賢明なる投資家』だ。その内容にバフェットは衝撃を受ける。バフェットはネブラスカ大学を出てからグレアムのいるコロンビア大学に進み、熱心にグレアムの理論を学ぶ。グレアムは厳しい大学教員であり、なかなかAの評価を与えないことでも知られていたが、バフェットの成績はAプラス。グレアムは22年間の大学教員生活のなかで初めてAプラスを与えたのだ。
グレアムは、企業が持つ利益を生み出す力、「内在価値」に目を向け、これを分析することで「適性株価」をはじき出し、適正株価より割安な株を見出す方法を生み出した。いわゆる「バリュー理論」と呼ばれる考え方だ。
投資家は常に撤退する勇気を持つ
グレアムの持論は「マーケットはいずれ、本来の価値に見合った株価(適性株価)に落ち着く」というもので割安な株が適正価格となった時に売り、その原資で割安株を買う。それを繰り返すものだ。
そのためにすべきことは①企業調査をする、②その正否を確かめる、③魅力ある企業か判定する、ことである。
従来株式というものは、その株券という紙が取引される価格のパターンを指していたが、グレアムの理論に触れたバフェットは、株券がその向こうにある企業の真実を表すものだと気づく。
グレアムはバフェット同様、優秀な人物だった。ロンドンで生まれた彼は奨学金を得て、アメリカのIVYリーグの1つであるコロンビア大学に進む。ここで彼は数学、英語、哲学において優秀な成績を収める。
彼は得意な数学を駆使して株式の数量分析を行い、とにかく数字から割安株を見出すことを徹底した。グレアムは財務諸表などから企業を徹底的に調べるが、経営者には会わない。経営者の人柄や性質など株価の判断を迷わせるような”わからない” “判断できない”の要素は極力排除したのだ。
グレアムは、企業の動向や経営者の能力すらも考慮しなかったと言われている。
「株価が割安であるかどうか。企業の資産が過小評価されていないかどうか、その見極めこそが重要なのです」(『世界投資家列伝』)
こうした透徹した数値解析を信条とするグレアムは、株式・債券投資の世界に科学を持ち込んだ人物と言われている。
グレアムの投資の特徴は、途中で予定通りにうまくいかない場合でもすぐ撤退できるように常に一歩余裕を残しておくことだ。「投資家は常に目前に迫る危機に備えるべきである」と”撤退する勇気”を持つことの重要性を『賢明なる投資家』で語っている。
また彼は、さまざまな機会を捉えて、「『投資』と『投機』は違う」と再三述べている。
「投資は詳細な分析に基づいてなされるべきで、元本の安全性と十分なリターンが約束されなければならない。これらの要素が1つでも欠ければ、株式や債券を保有していても投資とは言えず、投機と化す」(『世界投資家列伝』)
バフェットのもう一人の師、
フィッシャー
バフェットにはもう1人、師と呼ぶ人物がいる。フィリップ・フィッシャーだ。フィッシャーが生まれたのが1907年。1930年生まれのバフェットに比べ20歳余り年上だ。
バフェットは大学時代にグレアムの著書に出会い、その後直接指導を受けるまでになる。卒業後はニューヨークのグレアムの会社への就職を果たし、グレアムの実務を間近で学んだ。その後グレアムが引退すると自分の投資会社を故郷オマハで設立する。25歳で独立したバフェットはそこでも忠実にグレアムのセオリーを守って、富を増やしていった。
ところが、1963年に従来のバフェットであれば絶対投資しない会社の株に投資した。アメリカン・エクスプレスである。子会社が詐欺事件に巻き込まれて、アメリカン・エクスプレスが多大な損失を出したのだ。
当然アメリカン・エクスプレスの市場評価は全面的に売りとなったが、バフェットはこの事件を「事業に影響をもたらさないもの」と判断し、買いを入れたのだ。
そもそも、損失を出す前のアメリカン・エクスプレスはバフェットの投資の対象外だった。それはアメリカン・エクスプレスの株価が簿価をはるかに上回った価格で取引されていたからだ。
企業の割安株を見出すことが投資のセオリーであったバフェットにとって、生産設備を持たない、しかも現金化されていないトラベラーズチェックを持つ程度のアメリカン・エクスプレスという会社が、簿価を遥かに超える株価を維持していることは、グレアムの理論からすれば不思議でならなかったのだ。
バフェットはアメリカン・エクスプレスが当時のクレジットカード業界で唯一無二の企業であり、その信用度は絶大であることに注目した。実際株価が暴落した後、バフェットは近所のレストランや銀行、旅行代理店でアメリカン・エクスプレスがふだんとなんら変わりなく使われていることを確認すると、そのブランドに傷がついていないと確信するのだった。
つまりバフェットは、アメリカン・エクスプレスが持つブランド力こそが安定的利益の源泉であることを知ったのである。ある意味、バフェットは企業が持つ新たな無形経営資源である「ブランド資産価値」に本格的に投資をした最初のメジャー投資家と言っていいだろう。
優れた経営者がいる企業は
投資に値する!
この発想の原点となったのが、フィッシャーが唱えた「グロース株投資」という考え方だ。フィッシャーはその出世作となる『フィッシャーの「超」成長株投資』で、こう述べている。
「株式が割安か割高かを判断する際、本当に重要なのは、直近の決算での利益に対する比率ではなく、数年先の利益に対する比率なのである。(中略)これが損失を避け、大きな利益をあげる鍵なのだ」(『バフェットとソロスの勝利の投資額』)と。
フィッシャーは、企業の将来の収益を推定するためには、企業の事業内容をしっかり理解しなければならないと考えていた。そのために彼は4つの次元で捉えた。
1. その業種で最も低コストのメーカーであるか、または優れた生産、財務、開発、マーケティングにより、明確な競争優位を築いていなければならない。
2. 並外れて優れた経営陣を要していなければならない。
3. 事業の特性として、業種平均を上回る現在の収益性、総資産利益率、売上マージン、売上高成長率が長期にわたって継続するとほとんど保証されているに近い経済環境が得られていなければならない。
4. 株価が魅力的でなければならない
どの企業が
どのくらい優れているかは、
展示会に行けばわかる
特筆すべきは、2番目の「並外れて優れた経営者」だ。「グレアムもフィッシャーも基本は割安株をいかに見いだせるかを追求していた。しかしフィッシャーはグレアムが極力除外していた経営陣の人柄や能力を重視した。グレアムとしては経営陣が優秀であれば、それは当然簿価に最終的に現れ、適正な株価に反映されると信じていたのだ。だからあくまで得られた紙の数字の分析に終始していたのだ。
しかしフィッシャーはそうは考えなかった。「企業を分析して投資をしようという時、公表される財務データを読むだけではまったく不十分だ」と。フィッシャーは経営者との面談はもちろん、その会社、その経営陣に関する「噂」までも積極的に収集している。
フィッシャーはそうして自分の基準に合う企業を見つけると、大量にポートフォリオに組み入れた。フィッシャーが持つ銘柄が10を超えることは稀で、通常は3〜4社で資産の4分の3を占めていた。
フィッシャーは短期で株を持つこともあるが、基本的には保有期間は長い。「自分の平均保有期間を20年」と語り、「ある銘柄は53年間ももっている」と言っている。
フィッシャーが好んだのは製造業のハイテク株だ。金融株には目もくれず、また業績がいいからと言って大企業に投資はしない。
ではフィッシャーは成長の可能性の高い企業の情報や噂をどのように仕入れていたのだろうか。フィッシャーは顧客や消費者、卸元、元社員、とくに競合他社にアプローチし、積極的に話を聞いている。具体的にはこんなことを言っている。
「同業の5社を訪問し、4社の強みと弱みを教えてもらえば、5社の現状は手に取るようにわかる」と。そしてこんなテクニックも語っている。
「情報を手っ取り早く手に入れる場として業界団体の展示会がある。関連企業が一堂に会して誰もが喜んで話してくれる。これを活用しない手はないだろう」(『世界投資家列伝』)
フィッシャーは、魅力ある企業は次のような特徴があると言う。
増収増益基調
高水準の資本利益率
効果的な研究開発
強力な販売組織
独自のサービス
効果的な「フランチャイズ」
さらに望ましい経営者の資質も定義している。
1. 堅実な会計手法を採用していること
2. 株主をはじめ社外の風を積極的に受け入れる体制
3. 長期的視点に立ち、業績を向上させる努力を怠らないこと
4. 企業環境の変化に対する即応力
5. 行き届いた財務管理
6. 各部門を結集してプロジェクトを遂行する能力
7. 優れた人事管理
などだ。確かにこれだけの能力を財務諸表やアニュアルレポートだけで判断するのは難しいかもしれない。
これらを列挙した後、フィッシャーは続ける。「いずれにしても業界リーダーとなっていく企業の地位は経営者がしっかりしてさえすれば、なかなか揺るがないものだ」と。
まさに成長(グロース)する企業を経営者の質から選び抜いて投資をするのがフィッシャーなのだ。
それではその持ち続けた株を売る時はどのような時なのだろうか。
1. 自分が間違っていた、企業が自分の基準を満たしていなかったと気づいた時
2. 企業が自分の基準を満たさなくなった時。たとえば従来より能力の低い人が経営を握った時など。あるいは企業が成長した結果、もはや業界全体を上回る速さで成長できなくなった場合
3. 素晴らしい投資機会に出会って、何かを売らなければならない時
の3つだ。
バフェットを支えた法律家、
チャーリー・マンガー
バフェットは、自分の投資行動はこの2つの偉大な投資家の影響を受けていると話しているが、その影響具合は「私の頭のなかは85%がグレアムで、残りの15%がフィッシャーの影響を受けている」と語りながら、実際の買い方はフィッシャーに似ていると言われている。
バフェットの成功を語る上でもう一人欠かせない人物がいる。同じオマハ生まれの6歳上のチャーリー・マンガーだ。バフェット同様に才能に恵まれたマンガーはミシガン大学で数学を学び、その後ハーバードのロースクールを出て弁護士となった。
同じ出身地の二人は、互いの名前や噂は知っていたが、直接出会ったのは、バフェットが29歳、マンガーが36歳。マンガーはすでにロス・アンゼルスで法律事務所に勤務していた。二人は性格や志向性が良く似ており、その後しょっちゅう電話でやりとりしながら、投資について意見を交わすようになった。
やがてマンガーはバフェットの勧めもあって、法律事務所の客であったジャック・ホイラーと自身の投資会社「ホイラー・マンガー・アンドカンパニー」を設立し、弁護士から投資マネジメントに転身する。
マンガーの会社も投資効果の高い結果を残し、ブルーチップ・スタンプの株を買い占め、やがて同社の会長に就任する。そのブルーチップ・スタンプはバフェットのバークシャー・ハサウェイと合併し、マンガーはその副会長に収まった。
マンガーの投資哲学は、当初からバフェットに似ていた。というのも、マンガーはバフェットの師であるグレアムと交友関係にあり、投資の手ほどきを受けていたからだ。またマンガーはフィッシャーにも傾倒していた。バフェットの投資哲学はフィッシャーに近いと述べたが、比較するとマンガーのほうがフィッシャー的で、株価がそれほど割安ではなくても、成長性のある優良株を買う傾向があった。割安でない株に対して躊躇するバフェットに購入を勧めることも何度もあったと言う。
バフェットはこうした投資の天才たちの理論を学び、薫陶を受けながら、自分独自の投資哲学を追求することで、投資家としては世界一の財を築いたのだ。
投資を成功に導く、
バフェット流投資12の原則とは
ほかにも世界には著名な投資家が数多くいるが、なぜバフェットはこれほどの富をつくりあげることができたのだろうか?
バフェットの投資哲学のベースにあるものは、株券という紙の価値を買っているのではなく、企業を買っていることだということだ。バフェットはこれを明確に意識しているところがほかの投資家と大きく違っているところだ。バフェットはとく「分からない物は買わない」と言っているが、それはバフェットが株式投資をギャンブルではなく、外部からのビジネス・マネジメントだと認識しているからにほかならない。
ではバフェットは投資先をどのように判断しているのだろう。
バフェットは4つのカテゴリーからなる、12の原則で事業性を見極めている。
【事業に関する3つの原則】
①シンプルに理解できる事業か……
財務諸表から事業の収益性は判断することができる。仮に自分が鰹節メーカー出身であれば、鰹節メーカーと自動車メーカーを比較するなら、自動車メーカーの投資はするべきではない。なぜならよく知らないから。バフェットは言う。「自分の能力の範囲内で投資しなさい。その範囲が大きいかどうかは問題ではない。境界をどれだけはっきりと引けるかが重要だ」
②安定した事業実績があるか……
複雑なものに手を出さないバフェットは、難しい課題を抱えている企業やこれまでの事業がうまくいかず、事業を大きく変えようとしている企業も対象から外す。シンプルでわかりやすい安定した成長が望める企業にバフェットは投資をする。よってバフェットは市場で脚光を浴びている株式にはほとんど関心を示さない。将来を予測するのは難しいが、着実に実績をあげてきたことはある程度信頼できると言う。
③長期的に明るい見通しがあるか……
バフェットは企業を2つに分けて考えている。非常に優れた少数の企業と、大多数を占める買う価値のない企業。前者のポイントは、1)社会で必要とされ、望まれる企業であり、2)代わりになるものは簡単に見つけられず、3)政府の規制がない分野にいる企業であることだ。このような優れた企業は、他社とは明確にことなっており、簡単には参入を許さない優位性を創りだしていると言う。バフェットはこの優位性を「堀」に守られていると表現し、「そこにピラニアとワニがいれば最高だ」と言っている。
【経営に関する3つの原則】
④経営者は合理的か……
経営者が合理的かどうかの判断は、資本の配分で見る。利益をどこに配分するのかは、企業のライフサイクルによると言う。立ち上がりの時期は、製品開発や市場獲得のために資金が流出する。成熟期なら研究開発や製品のニーズ以上の資金が流入する。その時にどこに配分するかがポイントになる。バフェットは余剰資金が生まれているのなら、1)収益性の低い事業に再投資を続けるか、2)成長している事業を買うか、3)株主に還元するか、のいずれかだと言う。
⑤株主に素直に話せる経営者か……
バフェットが評価するのは、企業の財務状況をもれなく報告し、成功だけでなく失敗も明らかにする経営者だ。バフェットは「ほとんどのアニュアルレポートはまがいものだ」とまで言い切っている。バフェットはバークシャー・ハサウェイのアニュアルレポートでは、いいことも悪いこともオープンに報告していると言う。
⑥組織の修正に縛られていないか……
いかに優れた経営者でも、ビジネスキャリアを積むうちに「組織の習性が表に出てきて、合理性が後ろに下がることが多い」ことが分かったとバフェットは語る。組織の習性に縛られてしまうと、1)組織が従来の路線を変えようとせず、2)余剰資金を使う目的でプロジェクトや買収計画を作り出す、3)リーダーが惚れ込んだ事業は馬鹿げたものであっても部下が利益率や戦略を細かく分析してサポートする、4)同業他社の行動を無批判に模倣すると言ったことが起こってしまうと指摘している。
コストを下げる努力を怠っている企業が
リストラをする
【財務に関する4つの原則】
⑦一株あたりではなく、自己資本比率をあげようとしているか……
アナリストは一株あたりの利益を重視するが、バフェットは「煙幕で実態をごまかすようなものだ」と言い切っている。なぜなら一株当たりの利益が10%上がっても、自己資本が10%上がったら実質は何もかわらないからだ。
⑧「オーナー利益」を考えているか……
オーナー利益とは、純利益と減価償却費から、設備投資と予想される追加運転資金を引いたものとバフェットは定義している。近年は稼ぐ力としてキャッシュフローが注目を集めているが、バフェットは「必要な設備投資等」を差し引かずにキャッシュフローだけを見るわけにはいかないといい、オーナー利益を重視している。
⑨利益率の高い企業を目指しているか……
コストを継続的に下げる努力をしているかということだ。継続的なコスト削減努力ができない企業が突然リストラを発表したりするとバフェットはみている。
⑩1ドル利益を確保したら、企業の市場価値も1ドル以上あがるように心がけているか……
市場は長期的に価値を正当に判断しているとバフェットは考えているが、価値以外の理由で大きく揺れ動くことがある。そこでその乖離を正しく判断するために、利益を1ドル留保すれば、株価を1ドル以上上昇させる企業が優れた企業の目安としている。
【市場に関する2つの原則】
⑪事業の価値はどれくらいか……
企業価値を推定する。企業価値は事業で将来生み出されるキャッシュの総額を適切な割引率で現在価値に直したものだ。このキャッシュはオーナー利益で、オーナー利益を長期間見ていけば、継続的に成長しているか、小さいままでいるのかが理解できるとしている。
⑫その事業の価値よりはるかに安い金額で買収することは可能か……
企業価値を判定したら、株価を見る。その時株価が価値に対して十分安い時だけ購入するのだ。
バフェットと同い年、
過激なソロスの投資哲学の
原点は「生き残ること」
一方、バフェットと並んで投資世界の巨人として知られるのがジョージ・ソロスだ。その投資スタイルは過激で、1992年にイギリスのイングランド銀行にポンドを売り浴びせて、ポンドを急落させた人物として知られている。
バフェットがコカ・コーラやハインツなど底堅い株式を独自の調査で分析し、将来にわたる事業の収益性を考えて割安な株をキャッシュで買うのに対し、ソロスの投資スタイルは違っている。市場に関する仮説を立てて、市場の声を聞き、市場を形成する政治や経済、産業構造、通貨などや、時に無関係な社会現象を組み合わせ、先物買いや信用取引、場合によっては借金などで買うことが多い。
投資スタイルは違うが、2人は多くの点で共通点がある。
1つはお金に対する窮乏体験だ。バフェットは6歳の時に6本入り25セントのコーラを30セントで売ったことを皮切りに、12歳で競馬の予想新聞をつくって販売するなど、その金儲けの才は幼少の頃からずば抜けていた。しかし彼を金儲けに向かわせたのは、1929年に起こったウォール街の株暴落に始まった世界恐慌だった。この恐慌で父親が勤めていた銀行が倒産。不況のなか自ら証券業を起こして必死で仕事を取る父の姿を見て、バフェットはお金は使うものではなく増やしていくものだと強烈にその胸に刻み込んだのだ。
ソロスもお金を失う怖さを体験している。それはバフェット以上に強烈だった。
奇しくもバフェットと同じ年にハンガリーのブタペストに生まれたソロスは、14年後にナチスが侵略し、一家は生存の危機にさらされることになる。しかし生存術に長けた父親のお陰で一家は生き延びることができたのだ。
リスクは取らずに
できるだけ避けること
彼の投資に対するスタンスはそこから生まれた。「生き残ること」だと。ソロスは言う。「市場において生き残ることは、元本を守ることだ」と。そして「リスクを前にしてどうやったら生き残るかを考えているのがソロスだ」とソロスを知る人たちは異口同音に言う。
よく新しい事業に対して、経営コンサルタントたちは「リスクを取れない経営者にリターンはやってこない」とはっぱをかけるが、ソロスはリスクは「取るもの」ではなく、「避けるもの」だと考えていた。ソロスの父がリスクに対する向き合い方について説いている。
1. リスクをとるのは構わない。
2. リスクをとるのは構わないが、すべてを賭けてはいけない
3. いつも、いそいで逃げる準備をしておけ
これはバフェットにも通じる。バフェットも投資についてはまずルール1として「決して金を失うな」と言い、さらにルール2として「1を絶対忘れるな」と言っている。
つまり素寒貧(すかんぴん)になるような可能性の投資は投資ではなく、投機であり、それはリスクと向き合っていないということなのだ。
ソロスの市場に対する信条は「市場は常に間違っている」というもの。イングランド銀行にポンド売りを仕掛けた時のソロスはこの信条を証明したようなものだった。しかしソロス自身は自分が市場に対して正しいとは思っていない。むしろ、回りに対して「私はあてにならない」と言っていたほどだ。「お前は間違っている」と市場に告げられるとソロスの取る行動は1つだった。いち早く逃げ出すのだ。
間違った時にいかに早く認め、
いかに早く修正するか
ソロスは自分の成功の秘密を聞かれるとこう答えている。
「私は自分の間違いを検出する基準を持っている」と。「他の人にとって間違っているというのは恥であるようだ。私にとって間違いを認めるのはむしろ誇りである。そもそも人間は物事を不完全にしか理解できないと分かってしまえば、自分の間違いを認めることは恥ではない。間違いを正せないことが恥なのだ」(『バフェットとソロスの勝利の投資学』)
この修正力がソロスの真骨頂とも言える。
高い修正力は名投資家の共通した資質のようだ。もちろんバフェットも持ちあわせている。上述したように自分の会社のアニュアルレポートに失敗や間違いを載せるくらいなのだから。間違いが分かった時の行動も素早いものだ。
一方でソロスは待つ時は待つ。「成功するためには暇な時間が要る。両手にたっぷりあまるくらいの時間が必要だ」と。しかもしっかり仮説が得られた場合でも、引き金を引く正しいタイミングが来るまで、しばらく待つことができるのだ。
することがない時は、何もしない
バフェットも同じだ。
バフェットが成功の秘訣を聞かれると「(成功の)秘訣は、することがない時には何もしないことだ」と答えている。偉大な投資家の共通点は、何もしないことの賢明さを知ってることであり、何より優れた忍耐強さにあるようだ。
それにしてもなぜ自信をもって「何もしない」でいられるのだろう。それは、自信を持って投資をしているからだ。
バフェットはこう言っている。
「その株に関して情報が足りなくて、判断ができないなら先延ばしにすればいい」と。「本当に買うべきか自分に問い直し、納得行くまで考える。納得して結論を出したらあとは迷わない」
結局投資は自分との対話だ。自分に確固たる自信があれば、市場がどんなに荒れても、その当時のポジションは揺るがないし、しかるべき時まで持ち続けることができるのだ。
人はよほどの経験がなければ、大きな投資には不安になるものだ。しかしこの不安に耐えられるかどうかが、投資家の成功を分けるのだ。
ソロスの右腕、
冒険投資家ジム・ロジャーズ
また優れた投資家は、優れた投資家を引き寄せる。バフェットがチャーリー・マンガーと出会ったように、ソロスも優れた投資家を引き寄せている。その1人が、冒険投資家として知られるジム・ロジャーズだ。
彼はエール大学で学び、イギリスのオックスフォード大学への留学経験もある俊英で、ウォール街の投資銀行に勤めていた時にソロスと知り合い、その後1973年に2人で伝説の投資会社「クォンタム・ファンド」を設立する(正確には秘書との3人)。もともと調査を得意とするロジャーズに、そこから判断するソロスはいいコンビだったが、会社の扱い高が大きくなるにつれて、ソロスは組織の拡大を考えるようになった。しかしロジャーズは、ソロスとコンビだからこそうまくいったと、組織拡大を拒否して37歳で引退する。
その後オートバイで世界を回る旅に出て、冒険投資家として知られるようになる。もともと自分の目で調査することを信条としていたロジャーズにとって、この旅は投資の世界を見直すチャンスにもなっている。同時に投資家の原点も確認する旅だった。すなわち、その国や現場を自分の目で見て、耳で聞き、自分の頭で考えて投資を行うことの重要さである。
ロジャーズの投資スタイルは、バフェットのような長く保有するケースと短いレンジで持つものと混在で、またその投資対象も株や先物商品、為替など複数の投資先を組み合わせている。
彼も忍耐強く待つ時は待ち、また間違いがあった時は素直に認め、修正をかける。
ロジャーズの投資のセオリーをまとめておこう。
1. 真っ先に変化を見出す
最も重要なことだ。人が気がついてから、その後ろを追いかけているようでは大儲けはできない。誰よりも速く変化に気づくことだ。そのためには、自分の足で直接現場に行って調査して自分の感覚で判断すること、これが一番だ。
2. 判断材料の資料のなかに政府の関与があるかどうか
これも重要だ。政府の介入により産業が大きく変わることもあるので、見逃さないようにする。個々の会社の伸びしろを見るより、その業界や国の社会的、経済的、政治的要因の影響を大きな流れで見ることだ。細かい景気変動にとらわれず、長期的・構造的な「世界の流れ」を考えることで予測はより正確なものになっていく。
3. 歴史に学ぶ
大きな流れをつかむには、歴史の学習は必要不可欠である。
急ぎ足で投資のカリスマたちの考え方を見てきた。ITの発達で、必ずしもこうした投資家のやり方が投資の王道とは言えなくなりつつある。しかし彼らは投資家としてだけでなく事業家としても優れており、その投資哲学やセオリーは多くの経営者やビジネスパーソンにとっても福音となることは間違いない。
考えてみれば、経営は投資の連続だ。収益をどう次の投資に回すかを考え続けるからだ。組織のパフォーマンスを最大化するために最も効果的なマネジメントを考え、人材や設備、研究開発などへの投資も考える必要がある。さらに事業承継のためのM&Aについても、投資の側面からも見ていく必要がある。
世界経済が激動の時代を迎えている今こそ、投資の巨人たちの考えに学ぶことは多い気がする。