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AI が進んでも心配ないよ!幸せになるための「ハッピーテック」があるから

 生成AI、Chat GPTが登場してからというもの、とにかく世の中が騒がしい。書店ではChat GPT関連の書籍が店頭を覆い尽くしている。
 いまやルーティンと呼ばれる作業はロボットが代行し、AIには難しいとされたクリエイティブも、人間が想像する以上のことをやってしまう生成AIが登場してからは、AIに仕事を奪われる恐怖が一気に高まったと言える。
 かつてレイ・カーツワイルが予言したシンギュラリティがついに起こり始めた。失業者が一気に増えて、人類はいよいよ一部の資産家以外は総貧乏時代に入ってしまったと思う人がいてもおかしくはない。
 しかし、IT、AIの進化は人類を恐怖に陥れるばかりではない。IT、AIを人間のWellbeingに存分に活用しようという動きも活発化している。その1つが「ハッピーテック」、あるいは「ハッピーテクノロジー」と呼ばれる一連の技術だ。

2025年には38億ドルが見込まれる
「ハッピーテック市場」

 ハッピーテックは、AIやセンサーを使って人間の表情や生体データ、行動などをモニタリングし、そのデータを分析・解析して、その人の喜びや怒り、悲しみ、戸惑いなどの感情を類推することで、その感情に応じた製品をパーソナライズする技術を指す。
 ハッピーテックというよりは、「エモーショナルテック」と言ったほうがより正確だろう。要は、人間が感情的にハッピーだと思える状況を生む製品やサービスを、パーソナライズして提供するテクノロジーである。その中核技術が「感情推定」技術である。
 米国の調査会社「Tractica」によると、感情推定を中核とした商品やサービスの市場規模は、2025年には38億米ドルに達するという。
 この試算はソフトウエア中心であるため、たとえばVRやスマートウォッチなどハードウエアを含めるとさらに上積みされると言われている。

IT、AI、センシング技術で広がる
「感情推定技術」

 すでにさまざまなサービスや技術が生まれている。トヨタ系の電子部品メーカーである「デンソーテン」は、脳波や心拍波形から感情を推定する独自モデルを構築、その社会実装を進めている。
 従来こうした感情推定は心理学からのアプローチが主流だったが、デンソーテンでは感情との関係が医学的にも示されている脳波と心拍の関係を生体信号として選択し、喜びや怒りなどで増加するとされるα波とβ波の比率(β/α)を縦軸として、心拍波形のうち呼吸の影響を受けにくい低周波成分の変動(LF揺らぎ)を横軸と定義して、生体信号に応じた感情を配置し判断する。
 この新たな感情モデルは、80%以上の感情推定性能を確認したと発表している。この新感情モデルによって、効率の良い自動車運転技術の獲得や運転、運転中の気分や感情に応じたサービスの提供などが期待できるとしているほか、スポーツのメンタルトレーニングの精度向上にも活かせるという。
 たとえば、自動車教習所で教習を受ける際、運転者の表情をモニタリングすることで、どんな場所や状況が苦手なのかがわかり、より適切なアドバイスや訓練につなげることができる。
 デンソーテンは脳波と心拍を感情推定の主データして選択したが、人間はほかにも様々な活動で感情を表現している。わかりやすいのが表情だ。とくに目はさまざまな表情を持つ。急に瞬きが増えたり、視線があちこちに移動したり、目が半目になったりなど、感情が出やすい。
 また、顔の筋肉、とくに口元なども感情が現れやすい。口角が上がったり、唇が一文字を描いたりするなど、どんな感情を抱いているかが判断しやすい。
 ほかにも声、身振りや手振り、体温、発汗などでも感情は現れる。
 こうした感情を測定するのは主にセンシング技術だ。顔の表情や身振り・手振りであればカメラや加速度センサー、体温では温度センサー、サーモカメラ、発汗は温度センサー、表情として捉えることができない心拍では光学センサーやミリ波レーダー、脳波ではMRI、脳波計などがある。こうした技術を組み合わせれば、人々がどんな感情を抱いているのが相当な確度でわかるため、より精度の高い幸福サービスを提供できる。

スマホに使われる加速度センサーが
人の感情や関係を可視化する

 これらのデータを最も取得しやすいのはスマートフォンだ。スマートフォンに搭載されている加速度センサーを利用すると、幸福感や緊張感を抱いたときに無意識に生まれる筋肉の動きから幸福度を算出することも可能になっている。また雑談で頷くといった、一人ひとりの行動データを収集して突き合わせることで、組織内の人間関係の良し悪しもわかる。
 日立製作所では、2020年7月から幸福度の可視化による事業創出を手掛ける「ハピネスプラネット」を同社のベンチャー事業として設立、 “職場を幸せにする”同名のアプリを提供している。
 日本における幸福学のエバンジェリストでもある慶應義塾大学の前野隆司教授によれば、幸福感の高い企業はモチベーション、生産性、クリエイティビティが高く、離職率が低いことがわかっている。
 ハピネスプラネットのCEOの矢野和男さんは、もともと半導体技術の研究者だったが、日立制作所が半導体製造から手を引くことになり、次の事業として議論を重ねるなかでポジティブ心理学に関心を持ち、この事業に取り組んできた。

人が幸せを感じる組織は
「FINE」であること

 矢野さんは独自に「どういった組織なら人が幸せを感じることができるのか」を追求。人の動きを観測するセンサーを独自開発し、15年にわたってデータを集めた。その結果「人が幸せを感じる組織であるために」、次の4つのことが必要であることがわかったという。

①人とのつながりが均等―Flat
②短い会話が高頻度で起こる―Improvised
③会話中に体が動く―Non−Verbal
④発言権が平等―Equal

 矢野さんはこの4つの特徴の頭文字をとって「FINE」と呼んでいる。ハピネスプラネットは一言でいうと組織メンバーを応援し合うアプリだ。
 朝、仕事前にスマートフォンやパソコンでアプリを立ち上げると16個のテーマのなかからランダムに選ばれた「お題」が届く。お題の内容は「Passion/検討はほどほどにして行動しませんか?」「Trust/不確実な中でも人を信頼しませんか?」などだ。ユーザーはこのお題に対して20文字以内でコメントを書き込む。するとコメントを読んだアプリ上で振り分けられたチームメンバー3人から「あなたの地道な努力がこの仕事を支えています」「その悩み、一緒に解決しましょう」といった応援メッセージが届く。
 チームメンバーは毎週自動的に入れ替わり、とくに用件がなくても応援メッセージが届き合うので、一緒に仕事をしていなくても自然と繋がっていき、組織メンバー全体のモチベーションを上げ、生産性を向上させるという。

人が心を委ねて
「ぼーっ」とする空間を生み出す
パナソニックの「デジタル壁」

 一方パナソニックも、2019年に「人間の幸福=Wellbeing」を考える組織「AugLab」を設立した。
 AugはAugmentation(拡張)を意味し、AugLabではAugmentationを通じて、人のフィジカルとメンタル、そして社会生活を豊かにしていくことを目指している。基本的にパナソニックが培ってきたロボティクス技術を使って3つのWellbeingを拡張することが狙いだ。
 屋外の風の動きを感じて部屋の中にゆらぎを与えるデジタル壁の「TOU」や、だるまのような形をした、カメラ搭載の小型ロボットが3体セットになった「babypapa」など、心とテクノロジーをつなぐハードやサービスを展開している。
 TOUは、外の風の流れを空間に作り出し、心を委ねて「ぼーっ」とできる時間を生み出す。babypapaは、それぞれ異なるキャラクターを持った3体のロボットがセットになっており、例えば小さなお子さんと歌や合いの手をとったりしながら、子どもの笑顔や楽しむ姿を自動で撮影する。また3体のロボットの1体が乱暴に扱われたりすると、仲間のロボットが怒ったりするなど、人間とロボットのコミュニケーションのスタイルを拡張させている。

幸福の状態が34項目でわかる
東京エレクトロンの新サービス

 電子機器メーカーの「東京エレクトロン」は、慶應義塾大学の前野隆司教授と幸せの見える化を可能とするサービス「幸福度診断Wellbeing―Circle」を共同開発し、展開している。同サービスでは、72問のアンケートに答えることによって34項目にわたるWellbeingの状態が可視化できる。計測結果から幸福度向上アクションの評価を行い、より適した向上アクション(研修やコンサルティングなど)のサジェストを受けることができる。
 さらに企業は可視化された内容を、エンゲージメント、ストレス、従業員満足度、モチベーション、健康、売り上げ、利益などの他の指標と比較することで、働き方改革や健康経営と連動させた経営判断の材料として用いることもできる。
 これまで、幸福は個人の感じ方や価値観の差が大きく、どこか科学になじまないものであり、それゆえ測定することが難しかった。
 それがここに来てITおよびAIの進化により、測定し可視化し、分析し、さらに研究やコンサルティング等によって幸福度を引き上げることも可能になってきた。
 GAFAの一角のGoogleは、役員にCHO、すなわちChief Happiness Officer(幸福執行役員)をおいている。

 もはや社員の幸福度を無視した経営は過去のものになりつつある。AIに奪われる仕事を心配するのではなく、世の中のテクノロジーをいかに幸福に振り向けるかが問われる時代となった。

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