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【インタビュー】世界中の磯焼けを解消せよ!「捨てられるもの同士」から生まれた 甘〜い「キャベツウニ」が創造した新しい価値とは―〈前編〉

[インタビュイー]
神奈川県水産技術センター
企画指導部 主任研究員
臼井 一茂さん

 温暖化の影響による海水温の上昇で日本各地で発生した「磯焼け」。神奈川県の海では、南方系の食植性魚であるアイゴが越冬し年間を通じての食害が広がり、生えてきたばかりの海藻を食べ、さらにもともと分布していたムラサキウニが残った海藻を食べつくすことで、磯焼けを拡大させている。それにより、海藻を餌とするサザエやアワビが獲れなくなるだけでなく、ウニも餌不足の影響で身が太れず、スカスカで売り物にならないという悪循環に陥っていた。そこでウニの雑食性に目を付け、駆除されるムラサキウニに廃棄予定の規格外キャベツをエサとして与え、身が詰まった食用のウニ「キャベツウニ」の養殖に世界で初めて成功したのが、神奈川県水産技術センター主任研究員臼井一茂さんだ。高級ウニに勝るとも劣らないキャベツウニの甘い味わいは、日本各地はもとより、世界中から引き合いとなった。売り物にならないウニと食品残渣だったキャベツという、捨てられるもの同士を掛け合わせて新たな商品価値を創造した。世界を驚かせたその発想力と実行力の秘鑰をじっくり聞いた。

OBの雑談「ウニって何でも食べるんだよ」に
“ピクピク”と反応

BIZ●まず、「キャベツウニ」の開発のきっかけを教えてください。

臼井●十数年前から神奈川県でも「磯焼け」という、海藻が生えない海の砂漠化現象が起こったんです。原因は温暖化で海藻を食べる南方系の「アイゴ」という魚が越冬できるようになったことなんです。
 アイゴが海藻の生えたところを食べても構わないんですけど、生え始めの芽の状態で食べるから海藻が大きく育たない、生えて来なくなる。そういうことが起こっていた。海藻が無くなって、この一帯にもともといたアワビやサザエの漁獲量が10 分の1くらいになったんです。アワビ、サザエは餌がないと居なくなるのですが、ウニはというと、海藻だけじゃなくて、流木だろうが何だろうが食べて生きてられるんです。温度が低い冬なら、3 ヵ月間ほど餌をあげなくても死なない。ということで生き残っちゃう生き物だったんですよ。
 だから、以前は漁師さんも獲って売っていたのですが、餌がないので可食部の生殖巣(以下、身とします)は入っていない。出荷してもクレームになっちゃう。売り物にならないので獲らなくなる。すると今度は間引かれることがなくなり、ウニばかりが残り、増えてしまった。ウニが増えたところに海藻を植えても、生えたばかりの芽を食べられてしまう。そこで、もうウニを駆除しようとなった。
 ちなみに魚は網で駆除しますが、ウニは人の手で駆除するしかなく、海の中で割るという手法がよくあります。しかし、割るとそこで卵が出てしまい勝手に受精することになるので、たくさんやればたくさんやるほど子供をいっぱいつくっちゃう。結果として駆除になっていないんです。

BIZ●そうなんですか!

臼井●だからただ割ることをしてはいけないんです。深いところに沈めるか、陸に揚げないと駆除にならない。水揚げしても身が入ってないから利用できない。利用できないと産業廃棄物になる。そういう現状だったんです。そこで「このウニを何かに使えないか?」という相談を受けたんです。
 僕はもともと食品加工が専門で、規格外とか低・未利用魚をうまく使う、食べる方での研究を専門にしています。
 ウニと言えば最も高く評価されるのは食用です。肥料などにしたら評価は低い。なので身を太らせ高級食品にできないかと思ったんです。

BIZ●なるほど!

臼井●たまたまですが会社の机で書きものをしていたら、センターのOBが遊びに来ていて、他の研究者と僕の頭越しで喋ってたんです。
 その時「ウニって何でも食べるよね!!」って言ったんですよ。そのOB はウニで博士号をとった方。僕はこの「何でも食べる?」という言葉にピクピクと反応したんですね。
 それで早速、海水が使える実験室に水槽を置いて、そこにウニを何個か入れて色んな餌を与えてみた。素麺やご飯、野菜やマグロ、なんでもあげてみました。そしたら食べるんですよ。「こいつらは本当に何でも食べるんだ」と(笑)。
 で、いろんな餌をあげて分かったのは、ミントなど匂いがするハーブ類は嫌ったんです。春菊なども嫌った。だけどホウレンソウやキャベツ、そしてちょっと辛いダイコンの葉でも平気で食べた。ジャガイモやサツマイモなどのでんぷん質のものはあまり好きじゃなく、食べ続けなかった。
 マグロなどの魚肉も食べますが、1回食べるとそのあとは食べなくなった。やっぱり葉物が好きで、よく食べ続けてくれたんです。

ウニの生理生態は学術的にも
さっぱり知られていなかった!

臼井●養殖をすることに関して、はじめに2つの禁止事項を考えたんです。
 まずエネルギーコストをかけてウニを生産することは、磯焼けの原因となる温暖化を助長する。だからそれはない。それから、海から海藻を獲ってきて餌にするのもない。そもそも磯焼けで海藻が少ないのに、餌として海藻をとってきちゃったら、もっと磯焼けを広げてしまうわけですから。だから養殖は「加温などしない自然状態」で、「餌は海藻以外のもの」で行うと。
 ただここで、飼育に関する大きな問題点があります。ウニの生理生態が全然知られてなかったんです。

BIZ●なじみのある生き物なのに、意外です。

臼井●逆に一般的に知られて過ぎちゃって、どこに分布しているかなどの情報しかなく、例えば何歳まで生きるのかっていうのは、どこの本にも書いてないんですよ。

BIZ●そうなんですね。

臼井●キタムラサキウニの場合は、15 年生きると報告されてますが、キタムラサキウニは千葉県から北に分布。神奈川県から九州にかけて生息しているのは、ムラサキウニという南方系のウニなんです。キタムラサキウニとムラサキウニって名前は似ていますが、全然違う種類なんです。アジとサバくらい違う。
 そして、寒いところには海藻が豊富だけど、温かいところは海藻が1年中は生えてはいないんですよ。
 神奈川県の場合、ワカメなど海藻が生えてくるのが2月から3月頃。最後まで残っているカジメなども10 月には枯れてなくなり、それからはまったく海藻がない時期がある。だからムラサキウニはそれに合わせた生態になっているんだと思います。

2ヵ月で出荷に十分な身入り。
試食したら「甘い!美味しいじゃん!!」

BIZ●実際にどのように養殖を始めたのですか。

臼井●まず三浦半島一帯は3月ぐらいなると海水温が15℃ぐらいになって、4 月の頭で17℃くらいになります。ウニはそのぐらいから餌を食べ始めて、7 月になると海水温が25℃ぐらいになり、産卵することが分かった。
 だから3 月にウニを用意し4~6 月が飼育期間になる。なのでその時期に、容易に安定入手ができる、コストのかからないエサを探しました。これまでの仕事で、食べられるんだけど形や大きさに難がある野菜を加工品に利用していたので、規格外の野菜は手に入れやすいのではないかと思った。そして、三浦はキャベツの国の指定産地で、大量に生産していたのです。
 そこで農家さんに相談すると、流通規格外のキャベツならたくさん有るよと安く仕入れられたのです。廃棄されてしまえばゼロ円ですから、お互いWin-Winとなったのです。
 北海道のウニは身が少なくても5%ありますが、このあたりのムラサキウニはほぼゼロの状態から始まるのです。無事に身が10% を超えるまで太らせることができても、本当に美味しいのかは分からない。と思いつつ、食べてみたら「甘い!美味しいじゃん!!」となった。
 ようやく僕の専門である味の分析をしたところ、甘み成分は遊離アミノ酸のグリシンとアラニンという、エビやカニの甘味と同じ成分でした。多分、ウニと同類の生き物はそれらをエネルギー源として蓄えているんだと思います。
 それで市販されてる色々なウニを調べてみたのですが、このキャベツウニは市販されている各地のウニに勝る値だったんです。キャベツだけをエサにして、甘くなることが実証されたのです。

BIZ●キャベツだけで市販のウニ以上に甘くなるというのは、すごいですね!

臼井●今までウニがいろんなものを食べるというのは知られていました。水族館では「ニンジン食べます」とか色々ネットに紹介はあったんですけど、あれはおやつとしてたまたまあげてただけなんです。今回僕がやったのは、海藻以外の餌だけ100%でちゃんと育ち身が入るということです。これまで海藻を食べないと育たない、美味しくならないと信じられていた。しかし、ムラサキウニに関しては違ったということになったわけです。キャベツで甘いウニができるようだとなった。僕がやったことはコロンブスの卵的な発想だったんです。
 しかも、ほとんど世話をしてないんですね。
 ウニの身は5 個入ってますけど、口があって肛門があって、その間に腸管があります。食べられて小さく噛み切られたキャベツがその中に入って、3日間食べ続けるとお腹いっぱいになる。
 なので、火曜と金曜の週2 回餌をあげて、キャベツを食べウンチをしてお腹が空いたらまたキャベツをあげる程度なんです。
 今は、現場担当の方に餌あげをお願いして、餌をあげた翌日に見に行き、ちょっと多いから減らしてとか、少ないから増やしてとかだけです。細かいことは言いません。

BIZ●手間が少なく、養殖ということを考えた時にメリットがあるわけですね。

臼井●そうですね。もちろん、水が止まってないか確認してくれて、食べが悪いとかの報告をしてくれるので、ホントにちょっと見に行って指示を出すだけでここでは飼えているのです。
 僕は魚を飼うのが好きで、今でも自宅で熱帯魚とか金魚など飼ってますけど、その程度の知識と経験だけで対応できている。一番最初キャベツウニ飼育を自分が全てやってた頃でも、週に2回の餌やりと、ウニの様子見ることだけ。しかも1回1時間しかかけてませんから。
 あとは掃除も一度もしたことはないですよ。コンブなどの海藻をエサとして養殖すると、ウニはサイコロ状になったウンチを排出するんですが、これが腐らないで何ヵ月も底に残るんですよ。それがヘドロ化して、それに触れたウニはその部分が壊死してしまうんです。だから海藻エサの養殖は、この除去をしないといけないので掃除が大変なんです。キャベツをエサにしている場合は、1週間も経てば溶けてなくなる。

BIZ●掃除が無いのは楽ですね。

臼井●ここでは自然の海水をくみ上げろ過して、かけ流しで飼ってます。ムラサキウニは魚のようにエサに向かっていき食べに行くわけではない。居ついた場所からほとんど動かないので、ウニの体に餌がくっつかないと食べません。でも、しっかり餌を食べさせれば、身入り率(※身入り率=生殖巣/体重の割合、以下、身入り)の平均は最大で18%くらいになります。

BIZ●臼井さんのやり方を真似れば、養殖は誰でも可能なのでしょうか?

臼井●ここに相談に来られる方には、こういった情報をすべて紹介しますが、やっぱりうまく行く方だけではないのです。温度変化や水質に弱いウニの飼育ができない場合が多い。
 最終的にはマニュアルがあればいいんでしょうけど、うちの環境のマニュアルを他のところでやっても上手くいかない。ここでの飼育法をそのまま他のところでやるとみんな失敗するわけですよ。そこが勘違いなんです。
 施設の条件が違えば、飼育の条件も変わるんです。その時に注意しなきゃいけないのは、それぞれの施設の違いに気づくこと。普通に飼えるようになってから、太らせる飼育をする。そんな難しい話ではないんです。
 それから、干したコンブを餌として与えている例もあります。ですが考えてください。干したコンブが水に濡れたら海水に出汁としてうま味成分は出ちゃうでしょ。食べて吸収できないのですよ。

BIZ●確かに!

臼井●結局、生のコンブじゃないとウニは美味しくならないんです。
 北海道のウニ研究ではいろんな海藻を食べさせました。その結果、コンブはもちろん身も入るし美味しくなる。でも他の海藻になると、身は大きくなったんだけど、美味しくならなかった。さらに身さえ大きくならない海藻もあった。それはコンブに栄養依存してるからで、何かが足らないんでしょうね。
 だけど一年中海藻がない海のムラサキウニでは、何でも食べて繁殖までできる能力を持った。キャベツにはコンブと違って、グリシンやアラニンなどアミノ酸、つまりタンパク質成分は殆ど無いんですよ。でも含まれる成分を使って体内で作り替え、グリシンやアラニン、脂肪などにして蓄積することができたということだと考えています。
 国内のウニ流通の9 割は外国産で、1 割しか国産じゃないんですよ。そして国産の9割が北海道産になるので、キタムラサキウニとエゾバフンウニの常識がウニの常識という発想になる。それは間違いじゃない。ただこっちのムラサキウニはその常識が通用しなかったっていう話なんです。
 それが神奈川に生息するムラサキウニという生物としての特徴であり、生態であると思っています。だから神奈川県の天然のムラサキウニは身が入ってなくても、その時期になったら獲ってきて海藻以外の餌で育てれば、食用にできちゃう。

水槽が空いていれば、
別の生き物で”二毛作、
三毛作”も可能

臼井●この方法ならビジネスになるわけです。しかも温度管理を調整すれば早く身入りすることも分かっています。
 たとえば室内で飼育すれば水温が高くなる。そうすると早く身入りし5月頃に出荷可能にもなる。自然の温度で飼育すると6月末頃の出荷ですが、太れなくて産卵できなかったウニも自然の海にいるわけです。それを獲ってきて7 月から育て、10 月頃に出荷することも可能なんです。だから二毛作、三毛作も可能なんですね。

BIZ●そんなことも可能になるんですね。

臼井●ウニの養殖ができない時期になれば水槽が空くので、たとえば短期間で育つ別の生き物を組み合わせれば使える。いろんな問題は出てくるんですが、ロジック的には成り立つ話です。

BIZ●実際ウニを育てていない間に、違う生き物を養殖されてたりもしたんですか。

臼井●ウニは紫外線も弱いので蓋をしていますが、水槽が多層式なら日を当てて別の生き物を育てることができます。夏場は25℃以上になるので、沖縄の海ぶどうを育てています。それからウニのウンチというのは、細かく刻まれたキャベツの粒々です。あれを餌にできる生き物がないかと探してます。植物プランクトンだと思えば、アサリなんかが養殖できるわけです。牡蠣だっていい。時期が合えばナマコだっていいです。そういう組み合わせでやれます。工夫は要りますよ。

BIZ●どういった工夫をされているのでしょうか?

臼井●今回のキャベツウニの飼育条件として分かったのが、温度変化に弱いこと。寒い3月に持ってくるといいましたが、その時期は気温はもっと低いんですよ、1桁台。海水は10℃はあるんです。だから海水から揚げて5分も吹きさらされちゃうと、その場では死ななくても、1週間以内で必ず全て死んじゃうんです。だから獲っている時はちゃんと海に入れたまま。船で運ぶときはちゃんとブルーシートをかけて吹きさらされないようにする。問題点を明確にすれば、工夫で解決できるんです。
 残念ながら失敗しているところは、温度管理の発想がないんですよ。
 だって僕ら人間でも10℃高い温度のお風呂、入れます? 47°Cで入れますか?ウニも、温度差には常に弱いんですよ。

BIZ●なるほど、よくわかります(笑)

臼井●紫外線にも弱かった。元々暗い方に集まるなと思っていたのですけど、日の当たるところで育てていたらみんな死んじゃうんです。なぜかなと思っていた。
 実は身が黒褐色化しているウニがいるのです。黒いのはなんだろうと思って、黒い成分を取ろうとしたら、取れない。色素だったら有機溶媒とかで溶け出して抽出できるはずですが、取れないのです。なので日焼によりできる色素や酸化が原因じゃないかと考えました。治す為にビタミンCなどの抗酸化物質の多い野菜や果物を食べさせたら、みんな黄色くなった。やはりなと。ウニの黄色い色素はカロテノイド、正確にいうとエキネノンが主成分ですが、この成分を貯めてるということは、免疫や代謝に関わっているのだろうと思っています。

BIZ●じゃ、キャベツを与えるのは……?

臼井●キャベツの色って少ない。ほとんど白い。なのでキャベツだけ与えてても色が良くならなかったんです。どうにかできないかと思ってキャベツの緑色の外葉、スーパーで取っちゃうところ。あればっかりあげていたら全部黄色くなったんです。もちろんホウレンソウをあげても、かぼちゃをあげても黄色くなったんです。
 つまり痩せている時の黒褐色なのは、ウニが病気状態だと考えられる。なので病気のまま餌を与えると病気のまま大きくなってしまう。したがって今の考え方は、まず最初に病気を治しましょうと。抗酸化成分があるエサを最初に食べさせるんです。治ってくれば、あとは何を食べても黄色いまま大きくなりますから。

BIZ●そうだったんですね。

臼井●だから栄養にどう依存しているかは育ててみないと分からない。
 人間なら脚気になればビタミンが足らないと分かりますが、そういうことを分かってる生き物って少ないんですよね。人間のように言葉が言えないから。ブタさんはこういう成分が足らないから駄目だとか、カメレオンの体調が悪いのはなぜかが分からないというわけです。ウニもそうなんです。

生き物の飼育は病気になる前に
「気付ける方」でないと難しい

臼井●ウニなど養殖相手は生き物ですから、初めてやる方はなかなかうまくいかない。うまくいく方って気が付く方なんです。植物でも動物でもなんでも。たとえば「水をあげておいて」と頼んでも、結局あげてるだけで、乾いた表面が濡れるだけで中まで水が足りていない。だから花が全部落ちてしまうことが起こる。「水をあげているんですけど変ですね」って言うんですが、絶対量が足りていない。それは気づけない方なんです。
 生き物は病気が出始めてから気づくではもう遅いんです。なんか調子が悪くなりそうだぞ、というとこで気づけるかどうかです。だから先ほどの日焼けの話で、最初は殺しちゃいましたが、そこで気づけたから改善できたんですよ。
 ゴミを減らして美味しいウニが食べられると、夢物語を語る社長さんが非常に多いんです。でも生き物ですからそうそう上手くはいかない。
 ただ、飼育環境は全部揃ってなきゃいけないわけじゃなくて、「ウチには温泉(温度)と倉庫(場所)があるぞ」となれば、海水のろ過などの足りない点については専門家とか専門業者もいるわけですから、その技術を組み入れて作ればいいのです。
 ただしウチには温泉あるから、温泉水が塩水だからと言っても、海水と同じ3.3% の塩水にしてないと駄目なんですよ。ウニは浸透圧調整できない生き物なので。だから外洋に開いている相模湾にはいても、河川の影響を受けている内湾の東京湾には余り生息していないんですよね。

BIZ●生き物の気持ちが分からないと育てるのは難しいんですね。

海の生き物はpHにデリケート

臼井●ヒトデとかウニが含まれる棘皮動物は、pH(ペーハー)の低下にも弱かったんです。魚やウニがウンチをするとアンモニアが出る。それを分解する微生物の影響でpHが酸性側に傾くんです。
 海水はpH 8.0、塩分 3.3%なんですが、塩分は 3.0〜2.7 ぐらいまで低くなっても平気なんですけど、pH8.0 から7.4 に少し下がっただけでダメだった。水質に弱いっていうのは、毒性のあるアンモニアに弱いのではなくて、pHが下がってしまうのに弱かったんです。ですから閉鎖系での養殖では、塩分濃度や温度管理と同時に水質管理、特にpH管理が重要なんです。そうしないと調子を崩したウニが、トゲが抜けてしまい、死んでしまうのです。
 そして一度調子を落としたウニは、自分の体を治す方にエネルギーを使うので、生殖巣が太らないんですよ。棘をわざと折ってしばらくすると、また棘が伸びてくるのですが、やっぱり身が入らない。デリケートっていう感じありますよね。

BIZ●そこはデリケートなんですね。

臼井●とにかく注意深く観察して事象を見逃さず、それを改善するために様々なアイデアを出して、それでやってみて。そこで問題が出たら、何でだろうって考えた上で、こういう風にすれば上手くいくはずだとか、上手くいかないはずだとか、モデル実験を組み合わせていきます。そうやって、今に至っているわけです。

BIZ●ウニの種類も環境も様々なので、各々がきちんと向き合って、工夫していくことが必要なのですね。

臼井●ウニって世界中に1000 種類ぐらいあって、そのうち食用になっているのはわずか18 種類ぐらい。日本に生息している食用ウニは、北からエゾバフンウニ、キタムラサキウニ、それから神奈川あたりからムラサキウニ、アカウニ、バフンウニ。青森にはツガルウニ、沖縄にはシラヒゲウニという希少種がありますが、一般には流通しません。ということで、日本だけで5種類のウニが流通しているんです。
 海外のウニではチリウニが有名ですね。他にアメリカやカナダなどから来るアメリカオオキタムラサキウニやアメリカムラサキウニなど。食用ウニは僅かな種類だけなんです。余談ですけど、アメリカオオムラサキウニなんて、大きさがハンドボールぐらいあって大きいんですよ。
 だから、8% くらいの身入り率で売り物になったんです。日本では10%以上は必要なんですけど。
 ただ、それも入荷が少なくなっている。南米も北米も寒流が流れるところはコンブのような海藻が生えているんですけど、その海藻が少なくなってきていて。8%あった身入りが、今では4%ぐらいです。しかもウニの数も少なくなってきたので、資源保護の観点から漁獲制限がかかり、漁獲量も半分になった。
 つまり、ウニの生産量が1/4と、激減してしまっている。世界中そういう状況になってきてるんですよ。

キャベツウニの養殖成功に
「温暖化」のトピックが加わり、
世界でバズる

BIZ●それは磯焼けが世界中で起こっているということですか。

臼井●そうです。温暖化によって世界規模で磯焼けが起きている。
 今、日本で磯焼けが話題なりましたが、キャベツウニの取組みをメディアで取り上げてもらったのは、2017 年4 月に記者発表してゴールデンウィーク明けに朝日新聞の全国版の社会面に出たんです。ただし、紙面にはキャベツを与えてウニを育てるぐらいしか書いてなかったんです。インタビュー内容の4分の1ぐらいでした。でもデジタル版では詳しく掲載され、温暖化対策の話も入った。そうしたらYahoo!ニュースのトップに載ったんですよ。
 で、その日の朝9時から電話鳴り止まない。3 ヵ月間で約1000件。このセンターの全ての電話が鳴り止まらなくなって、パンクしました(笑)。
 その後、TVのニュース番組でいくつか紹介され、番組で特集されたのが2017 年11 月に放送されたNHK の「所さん!大変ですよ」が最初です。その後「ガイアの夜明け」や「ザ!鉄腕! DASH !!」などいろんな番組で取上げてもらいました。
 特にNHK番組は海外放送もあり、次の年にはアメリカや韓国など世界各地で放送されたんですね。すると日本語でない問合せが来るようになっちゃって、言葉が全然分かんなくて…。スペイン語とかポルトガル語とか独特の発音だから、少し耳の聞こえが悪いのもあって、受話器からの声がキーンキーンって聞こえてさっぱり分からない(笑)。

BIZ●それは向こうの漁業関係者の方が同じような状況だから連絡してきた…?

臼井●そうなんです。
 ウニは今、世界の高級食材になった。ユネスコ無形文化遺産に和食が登録されて、特にお寿司がヘルシーで体にいいんだ、日本人はこれで健康なんだという認識が世界に広がると、各国のセレブ層が和食を食べるようになったんです。その影響で近年では、世界中で寿司屋さんが20 万軒も増えたんだそうです。
 余談ですが、その多くは日本人以外が握っているそうで、とんでもないにぎり寿司もあるそうですよ。マレーシアの知り合いの外国の方ですが、日本食のお寿司を食べてきたと自慢するのです。伺うとおにぎりサイズの大きなにぎり寿司で、スプーンで
割って食べたと。しかも3つも食べたらお腹いっぱいだったと。「日本のお寿司は一口で食べられる大きさだよ。それはチラシっていうんだ」と言ったんですよ(笑)。
 海外でもウニを食べる人が増えたのです。ウニはスペインやポルトガルなど一部の国が昔から食べていた程度。カナダでは現地の方は食べなかったんですが、ウニを日本に出荷している工場で働く方が「食べたら意外と美味しい」となって、地元の飲食店でも食べられるようになったのです。
 また、豊洲に入るウニの最上位ランクは、ほとんどが香港向け、中国向けに買われているようです。
 お寿司屋さんで見るウニはマル特クラス。僕はそれまでマル特が一番上だと思ってたんです。でもウニの専門のお料理屋にはマル特特特というクラスがあって、「これはずっと買い付けてるから入るけど、基本的に全部中国向けに買われちゃう。値段もけっこういい値段ですから」と言われましたよ。

和食のユネスコ無形文化遺産認定で
ウニが桁違いの高級食に

BIZ●「特」の違いって、やっぱり味が相当違うんですか?

臼井●味じゃないです、見た目です。大きくて色がいいこと。味はその次。
 ウニの可食部、つまり「身」は卵や精子となる生殖巣です。人間で例えると肝臓や脂肪がわりのエネルギー貯蔵機関。これが産卵直前の2週間前になると、卵や精子に細胞が変化するんです。いつでも卵や精子でいるわけじゃない。産卵の直前にだけ形成されるんです。
 で、ウニは産卵直前になると身が溶け始めるんですよ。よくウニが白くなってデロ~っとなっているのを見ると思うんですが、あれは産卵直前の状態なんです。
 だから溶け始めるとB級品なんです。溶けていないやつがいい。産卵2週間ぐらい前の精巣とか卵巣に変わる直前が上のランク。この時点で身が大きくて、色がいいのを揃えたものがマル特特特になる。

BIZ●そういうことなんですね。

臼井●身、つまり食べるところは筋肉じゃなく生殖巣なので、卵を産んだらゼロになっちゃう。産む前でも、卵や精子に変わっちゃったら苦くなる。ウニも卵は食べられたくないから苦くなるんです。

BIZ●なるほど。

臼井●苦くなる前の状態がいいわけですが、未熟すぎても味がしないんです。だから果物と同じく、大きくなって熟しすぎないモノがいい。だから本当に限られてるんです。

BIZ●それはどうやって見極めるんですか?

臼井●外見からは分からない。雄雌も分からない。殻を割って調べないと分からないんです。

BIZ●ウニはいつでも食べられるのでしょうか?

臼井●ムラサキウニの産卵は年1回なので、地域で異なりますが年1回の出荷です。
 ですが、北海道ではキタムラサキウニもエゾバフンウニも一年中どこかが出荷しています。北海道では一年中海藻が生えているので、年に何回も産卵を繰り返しているのです。そしてウニ漁は、たとえばサケとかコンブ漁の隙間に行っている。だから獲れるのがウニの旬だけじゃない。そして北海道の各地でウニ漁の時期が違うんですよ。
 それから北海道のウニは産卵しても5%ほど身が残るんですよ。寒いところのウニは動くのにエネルギーが必要だから、ゼロになると死んじゃうんだと思います。
 産卵や放精をすると身が体重の5%まで減り、3ヵ月間かけて餌を食べ続けて15%まで増加する。そして産卵してを繰り返している。だから獲ったウニはある程度大きくて重たいやつ、身が入ってると思うやつを割ってみる。割ってみないと分からない。当たりも外れもあるわけです。割って身を選別して箱詰めなどして出荷してる。

BIZ●そうなんですね。知らないことばかりです。

臼井●ちなみに僕らはゲタとか弁当箱とかいいますけど、お寿司屋さんで見かける大きな木箱だと300g 入り。新人だった30 年ほど前にはひと箱3000 円とか4000 円だったんです。でも、今では一番安くても8000円とか1万円まで上がってます。去年の話ですけど、一番高かったのはいくらだと思います?

BIZ●2万5000円ぐらいとか? 万は超えますよね。

臼井●万は超えます。

BIZ●上乗せして3万円ぐらいですか。

臼井●それでいいですか? ファイナルアンサー?

BIZ●はい。ファイナルアンサー。

臼井●一番高かったのは、5万とか6万でしたね。で、ほとんど日本に出回らないマル特特特というのは海外行きなのでいくらか分からないです。

BIZ●えー!そんな世界なんですね。

臼井●だから高級ウニだと寿司一貫で1万円ぐらいになる。ふつうの寿司屋さんだと1000円ほど。回転寿司の500 円ぐらいだと、これは原価だなって思って食べています。ワシントンとかニューヨークに行けばフレンチの一皿に5 房程のウニ、1 匹分ですが、それが1万円の料理になります。でもセレブは食べに行くんですよ。

技術で貢献していくのが、
水産立国としての務め

臼井●ウニ、あとマグロやうなぎは、世界中で獲れる半分は日本人が食べていたんですよ。だから僕はその分逆に技術で世界に貢献しなくてはいけないと思う。水産立国としての責務だとも思っているんです。
 一般的なウニ養殖では、小さいウニを2、3 年かけて大きくして、それを割って身を出荷している。すると3年はかかる。これはエサ代も電気代もかかるんですよ。
 でも、キャベツウニでは3ヵ月間ほどの短期間で養殖できる。自然の海を磯焼けしたまんまにするというのも変ですけども、自然に生き残ったウニが勝手にある程度まで大きくなってくれて、身が入る時期だけ持ってきて養殖する。海中養殖でも、陸上水槽の養殖でも。この考え方でいけばウニを長期間育てる必要はないんです。
 ただ養殖自体は専門外なんで、商業ベース化して実践してくれるところがでてきてくれればいいなと思っています。
(後編に続く)
※敬称略

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