「実践・逆張り・非常識」経営 あの会社はなぜ業績を上げたのか
目次
- モットーは「働くな!」営業ノルマなしで業界最高利益率を達成したメーカー
- ジャック・ウエルチもびっくり。3、4種類の人気商品に、80 種以上のラインナップ
- 全員参加義務の社員旅行に居残りを志願した営業マン。社長が取った度肝を抜く行動とは…
- 37年連続経常利益率35%以上を続ける町工場
- 会議も朝礼も、社長の念頭挨拶もなし。「会社を出たら社長に挨拶するな」
- 不況の時こそ、積極的に工場を建て、機械を買う
- ギネス認定、100 万分の1グラムの微小ギアをつくって浮上した部品メーカー
- 元暴走族だった社員が、大学で講義をするまでに!
- 食べて満足できなかったら返金保証で、満足度を上げたリゾートホテル
- 効率の追求をやめたら、儲かるようになった栃木の量販カメラ店
- 商品を売るのではない、「思い出をきれいに残す」
- 客単価の高いマニアを狙わないド素人のお客様から「教えてもらう」
- 合併しても採用は別々、社内用語も別々で業績アップしたバスメーカー
- 【newcomer&考察】需要と供給の最適化手法、ダイナミックプライシングとは
モットーは「働くな!」
営業ノルマなしで業界最高利益率を達成したメーカー
いま全国の企業がさまざまな働き方改革に取り組んでいる。経営者が頭を悩ませているのは、人材の確保と時短の実現。かつてのような長時間労働など許されない時代となった。とは言え客の要求レベルはどんどん上がり、その内容も多様化している。顧客の声をしっかり聞いて、的確にそのニーズに応える。いまどき顧客の満足を考えない経営者はいないと言ってもいいだろう。
「そんなことはない。顧客より社員。社員の満足を考えるのが社長の仕事だ」
こう公言してはばからない人物がいた。岐阜県にある建築用電気設備資材メーカー「未来工業」の創業者の故・山田昭男さんである。
山田さんは働き方改革が叫ばれるはるか前に、時短を進めてきた。時短というより、いかに休むかに取り組んできた。何しろ同社のモットーは、「休め。働くな。よきに計らえ」。人より休んで、人より頑張らず、仕事は勝手に――というのだから、社員は会社に文句のつけようがない。
残業はとにかく禁止。年間労働時間1640時間は日本の上場している製造業でトップクラスの短さで、厚生労働省から時短のお手本企業として表彰されたことがあるほど。典型的なホワイト企業である。
休暇はゴールデンウィーク、夏休みは連続10日間。さらに年末年始休暇は連続19日に及ぶ。
実は年末年始の連続休暇も山田さんが社長時代に「もっと休め」と言って、最大で21日だったことがある。しかし社員から「これ以上休ませないでくれ。休んでいてもすることがない」という声があがってあえなく19日に削ることになったという。本人は「もっと増やしたかった」と残念がった。
しかも工場を持つメーカーでありながら遅刻・早退お構いなしの自由さだ。
それにしても工場のラインで、従業員が遅刻早退をお構いなしにできてしまうのはまずいだろう。だが山田さんは「そう言っても日本人は遅刻しないし、早退もしない」のだと反論する。
「日本人は農耕民族。だからみんなと一緒でないことはやらない。遅刻ばかりしている人がいたとしても、最終的にはしなくなる。もしくはいなくなる。申し訳ないと思うようになるから」
企業の経営者を悩ませる問題に、情報の共有がある。そのため営業マンは会社や上司への「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」を強化させられる例が多い。山田さんはこのホウ・レン・ソウを禁止している。ということは当然営業成績も求めていないので、成果主義は採用していない。会社の給料は仕事ができるできないを問わない年功序列型だ。
にもかかわらず給料は岐阜の製造業でトップクラス。同社全国の同業者でのなかでも上位に位置している。もともとライバル会社は東芝や古河電工、パナソニックなど大手電材メーカーがひしめいているところに最後発で市場参入。勝ち目はないと思われていたが、あれよあれよと売上と利益率を伸ばしていった。経常利益率は製造業の平均が3 ~ 4%の時代に10%台を維持しており。その市場を従業員800人弱の会社が牽引している。
ジャック・ウエルチもびっくり。
3、4種類の人気商品に、80 種以上のラインナップ
主力商品であるコンセントの裏側に使われるスイッチボックスはシェア8割を占めている。種類は他社が3、4種類しか出さないのに80種以上もあり、ほかにも電気設備資材は、工場などの業務用ケーブルカッシャーなども作っているが、売れ筋10種類ほどに対してラインナップはその10倍以上。数も、スイッチボックスは年間約400万個も売り上げているのに、年間に数十個程度しか出ないものもある。しかも毎年その種類は増殖している。
ネット販売ではよく、一部の売れる商品だけでなく、様々なわずかしか売れない商品を積み上げて利益を出す「ロングテール」の理論が出て久しいが、これをまさにリアルな物販で実現しているのだ。
通常の経営戦略を考えれば、売れ筋を絞り込んで資源を集中したほうが利益率が上がるはずだ。選択と集中をし、得意な分野に絞り込むことは、ゼネラル・エレクトリック(GE)社元CEOのジャック・ウエルチさんが唱えて実践して以来、現代の経営の常識ともなっている。でも山田さんの戦略は違った。
「たとえ1個でも、お客さんが求めるものが未来工業にあることが大事。そうすれば信用して、売れ筋の商品も買ってくれるようになる」というのだ。一見ムダに思える膨大な商品群が、未来工業の究極の顧客満足であり差別化の源泉なのだ。
全員参加義務の社員旅行に居残りを志願した営業マン。
社長が取った度肝を抜く行動とは…
ただ、それも社員満足度があっての話。未来工業は数年おきにユニークな社員旅行をすることでも知られている。行き先を告げずに「真夏と真冬の両方の支度をしてこい」と空港集合させ、そこで初めて行き先を明かすというテレビのバラエティ番組のようなことをしたり、ある時は全員エジプト旅行に行き、そこで出されたクイズに全問正解したら、1年間休暇を貰えるという懸賞旅行を計画したこともある。
しかも全員参加が義務。同社は大手ほどではないとは言え社員は800人もいる。それを一人残さず海外に連れて行くというのも凄いものだが、そこで気になるのが顧客との関係だ。だいたい社員旅行は年末年始の休みにからめて企画されるが、実施するのがクリスマス前から。当然まだお客は休暇に入っていない。ある時顧客思いの熱心な営業マンが、「お客様から注文が入ったときに対応できないので残る」と言い出した。
すると山田さんは、「例外は認めない」と言い放つ。「社員旅行は前からお客様にも伝えてあるから、必要だったら営業日内に発注してくるはずだ」と言うのだ。営業マンは、「そうだったとしても、年末年始にいろいろと入用になることがあるはず」言い返した。「それなら」、と山田さんはある手を打ったのだ。
どうしたかというと、全国の拠点にある倉庫の鍵を顧客分つくり、営業マンを通じて顧客に渡したのだ。「必要なものが出たら、この鍵を使って倉庫に入って持って行ってください。持っていったものは事後報告で構いませんから」と。つくったスペアの鍵は3000個あったという。
「大丈夫だろうか?」という営業マンの心配をよそに、山田さんはこう言う。「日本人は、もし倉庫に入って何か無くなったらとか、トラブルを心配するから先に発注するか、年明けまで待つよ」と。
結局、社員旅行の間にその鍵を使って倉庫に入った顧客企業は2、3社だけで、あとは前倒しで発注してきたとのこと。山田さんの読みは当たった。
同社では創立45周年の時もマレーシアに社員旅行が予定されていたが、この時は、東日本大震災が起こったため、その旅行を取りやめ、1億円を義援金として寄付したそうだ。
37年連続
経常利益率35%以上を続ける町工場
何から何まで常識はずれ、常識とは逆をいく逆張り経営の未来工業だが、ここまでとはいかなくとも、常識とは違うマネジメントを実行して成果を上げている会社はまだまだある。
東京府中市に本社を置く精密加工機械業の株式会社「エーワン精密」もその1つだ。社員数が100人ほどのいわゆる町工場だが、経常利益率が実に35%以上。これを37年間も続けている驚異の会社だ。
主力製品は、コレットチャック。加工機械に加工対象となる素材を固定する道具だ。同社の製品は正確で精密で高品位だ。ただ技術力は確かに高いが、他社ができないレベルかというとそうでもない。それでも取引を続ける会社が多いのだ。その強さの源泉は加工のスピードである。7割の注文を当日に発送するという驚異の短納期なのだ。
この速さをどこで実現しているかというと、注文を受けてから作業に入るまでの時間である。同社は本社で注文を受けて、山梨県にある工場で加工を開始するが、この間が5分もかからない。
受けた注文書はファックスで工場に届く。そのファックスは工場へのエアシュレーターによって加工の現場に飛ぶ。現場ではこのファックスを受けた担当者が、資材置き場に走り、資材を選ぶのだ。通常だと資材部などを通すが、エーワン精密では担当者が伝票を見て直接資材を選ぶ。
ネットで瞬時にデータを転送すれば、もっと速いのではという声もありそうだが、同社の創業社で相談役の梅原勝彦さんは、「そう思わない」と言う。
「工場内にパソコンを持ち込んで、モニターの画面を見ながら作業をするというのは、傍目にはスマートに見えても、現場の人間からすると面倒くさく、混乱のもとになる。それよりも注文伝票をファックスで送るというスタイルなら、伝票を現場の作業指示書として使える。これが便利なのです。材料と一緒にそれが回ってくれば、工程で随時それを見て確認できるからです」
しかし、何でもかんでもアナログがいいとは思わないそうだ。
取引先の管理はコンピュータで管理されているが、これは同社の取引先が3000社ほどだった時代に導入した。現在1万3000社以上まで取引先が増えたが、IT化を早く進めていたから取引先が増えても対応できているのだと。
在庫管理は、セブン-イレブンがPOSを入れる前から入れていたという。とにかく早く納品をするために、不要なものを徹底して省いていくのがエーワン流だ。
会議も朝礼も、社長の念頭挨拶もなし。
「会社を出たら社長に挨拶するな」
同社も未来工業同様、タイムカードがない。「タイムカードというのは人を管理するためにあるわけで、それは社長が信用されていないから置くのだ」というのが梅原さんの理屈だ。そもそも同社には管理をするための部署と肩書がない。
「組織があると係長のほうが課長より明らかに能力がある場合、係長に課長が頼むわけにはいかないことも起こる。これって不便じゃないですか? 当社には組織はありませんが、誰がどれくらいの能力があるかというのがお互いわかっているので、あえて肩書などという不自由なものをつける必要がないのです」
会議もしない。年間で30分程度だそう。必要なときは、相手を捕まえて立ち話で終わってしまう。
「会議が無駄だから減らしたのではなく、わざわざ会議をする必要が最初からないといったほうがいいかもしれません。社長に相談するのは、自分たちと結論が違う答えが返ってきそうな時だけ」だ。
朝礼も年始の社長挨拶もしない。挨拶と言えば、同社では時間が終わって社外に出ると社長に挨拶をするなと言っているそう。せっかく私人に戻っているのに、「街中で社長などと言われたら迷惑じゃないですか」。
公私を分けるからこそ、仕事に没頭できるのだと。実際梅原さんは、会社を出るときには、会社のものは持って出たことがないという。
「会社の封筒すら持って帰ったことがありません。私が社長であるのはあくまで会社のなかだけと決めて、家庭のなかに仕事を微塵も持ち込まないと自分でけじめをつけていたからこそ、家庭が私にとって安らげる場所になったのです」
とにかくお金を生むための仕事に集中するために、会社とプライベートをしっかり分ける。余計なものやことは入れないし、買わない—。
不況の時こそ、積極的に工場を建て、機械を買う
無駄なことは一切していないようだが、機械はフル稼働しないように注意している。だいたい常に3割の余裕を見ているそうだ。これは短納期を軸にしている同社だから当然と言えば当然かもしれないが、価格にもバッファーを持たせている。
10年20年と商売をしていれば、いい時と悪い時があるのが商売。その悪い時に、売上が伸びないからといって、安易に値下げをしてはいけないと梅原さんは言う。なぜなら一旦値下げをすると、好況になったらからという理由で戻すことができないからだ。
だから「売値には不況時のしのぎ代を入れておく」のだと言う。さらに梅原さんは不況期の時こそ、次の好況の準備をする時だとも言う。「工場を建てたり、新しい機械を買ったりするのは、不況期の時に限ります。なぜなら不況期の時は、銀行は融資先を探しているので設備資金を借りやすいし、金利も安い。機械メーカーだって売れなくて困っているのですから、値段も叩ける上に、特殊仕様だって喜んでやります。社員採用もそう。良い人材が集まるのは不況期の時なのです。
ただし、不況期にあれこれやろうと思っても、会社にある程度蓄えがないと身動きが取れません。だから、好況時には、皮下脂肪をたっぷり貯め込んでおく必要があるのです」
確かに不況期に攻めの事業展開ができる企業は強く、伸びている。
ギネス認定、
100 万分の1グラムの微小ギアをつくって浮上した部品メーカー
愛知県豊橋市にある、「樹研工業」も世間の常識から外れたユニークな経営手法で業績を伸ばしてきた。
同社はギネス認定の世界一軽いプラスチックギアをつくったことで知られている。その重さはわずか100万分の1グラム。大きさは肉眼では確認できないほど。1個が粉のようなサイズであることから名付けたのが「パウダーギア」。
一時、マイクロマシンというものがもてはやされた。小さなマシンが人間の体内に入って、従来見えないところや悪い箇所を撮影したり、修復作業をさせたりする極小の医療機械である。樹研工業がこのパウダーギアに取り組んだのは、そういったマイクロマシンに使うギアのニーズを盛り込んだからだと思われたが、創業者で会長の松浦元男さんの狙いはそこにはなかった。
樹研工業はその社名からわかるように、樹脂、プラスチック加工品を生産しているが、もともと小さい部品をつくることが得意な会社だった。
しかし得意先の家電メーカーがどんどん海外に生産設備を移転し、仕事が先細りしていった。そこで新しい得意先を探そうということになった。新規開拓のための営業費用をより効果的に使えないかという意見が出て、ならば広告を打とうという話になった。しかし社員から「単に広告を打つより、もっと我々技術を知ってもらうことにしよう」と、取り組んだのがこの小さなキアづくりだった。
わざわざ高額の加工機を購入し、時間と手間をかけて1万分の1グラムまで小さくしたギアを完成させた。すると狙い通り日本中のメディアが取り上げた。
しかしそのレベルの技術は国内ではまだ数社あった。そこでさらに10万分の1グラムのギアをつくったのだが、今度は思ったほどメディアが反応してくれなかった。
松浦さんは「ああ、世間はもう関心がないのだな」と思う一方、「まだ極限まで行っていないから関心をもってくれないのだ」と思ったそう。
そこで打ち出したのが、100万分の5グラムのギア。いまの会社の技術力を考えたら、ここが限界だと見切ったのだった。しかしこれには社員が猛反発した。「もしここでどこかの会社が100万分の1グラムを出したらどうするんですか?」と。
松浦さんは、「そこまでいうなら」とやらせたら、できてしまった。するとテレビや雑誌などがあちこち取り上げてくれたという。1万分の1グラム以上に大きな反響となった。大きく違ったのは、これまで付き合いのなかった自動車部品メーカーや携帯電話やデジカメから引き合いが来たことだった。
国内だけでなく、イタリアのフェラーリ社や腕時計メーカーのスイスのスウォッチ社など世界の名だたる企業からオファーが舞い込んだのだ。
もちろん100万分の1グラムのギアは見本市以外、いまだ使われたことはない。つまり壮大な「売名行為」のために億単位の投資をして究極のモノづくりをしたのだ。
元暴走族だった社員が、大学で講義をするまでに!
ギネス登録のモノづくりができるのは、それだけの技術をもった社員がいるからだが、同社の社員が最初から優れた技術者ばかりではなかった。
同社では新しく人を採用する際は、先着順で採用していた。
「中小零細企業は、高学歴の人とか、技術のある人をお金で引っ張ってくるわけにはいかない。だからよそから来て育ててもらったこの町への恩返しも含めて、採用は選り好みせず申し込み先着順。だから、手持ちの人材をいかに育てるか、どうやって原石をダイヤモンドに育てるかってことに尽きるのです」
その育て方はマジックと言っていいほどだ。
「うちの社員は、正直言って元暴走族みたいなのばかり。でも2、3年で落ち着いてきて、10年も経つと立派なお父さんになって、びっくりするくらい勉強するようになる」と松浦さんは語っています。なかには大学で講義をするようになった元暴走族の社員もいるという。
樹研工業も未来工業と同様に、年功序列制を採っている。
「会社に対する貢献度とか技術レベルとは一切評価しません。そんなことが正しく評価できるのですか?とくに技術を一所懸命やっている人間は、昨日まで何もしてなくても、明日になって突然すごいことをやったりしますから」
同社では本は無制限で購入可能。新幹線の移動では社員全員グリーン車使用だそう。
「本は全部読まなくてもいいんです。1ページでも1行でも役に立つことがあれば。彼らを大事にして、人間としての尊厳をきちっと守って付き合ってやれば、みんなそれぞれいいものを発揮します。5年でマスターする人もいるし、20年かかる人もいる。でもそれは人それぞれですからちゃんと待っていてやれば、だいたい到達しますよ。到達してしまえば、それは大変頼りになる」(松浦さん)
食べて満足できなかったら返金保証で、
満足度を上げたリゾートホテル
リゾート施設の再生人と言われる「星野リゾート」の社長、星野佳路さんも業界の逆を突く手法で業容を広げてきた人だ。軽井沢の星野温泉旅館の4代目として生まれた星野さんは、有名ホテルチェーンや留学などの経験をもとに当初は軽井沢だけで営んでいた旅館業を、現在ホテルや旅館、日帰り施設など内外で50の施設を展開するまでに伸ばした。
星野さんのマネジメント手法の根幹は、権限移譲、現場のスタッフに任せるというものだが、すべて同じというわけではない。年齢構成、旅館やホテルのウリの具合によってバランスをとっている。王道のやり方をしているところもあるが、業界としてあり得ないことも多々実践している。
そのひとつが、スキーリゾートのレストランの「美味しくなかったら代金を返金する」制度。
福島県にある「アルツ磐梯」スキーリゾートは、地元の第三セクターが運営していた。バブル経済の崩壊などから苦戦を強いられていたが、星野リゾートが2002年に運営を受託、改革に乗り出した。
その柱としたのが、スキー場のレストランのメニュー。星野さんは受託が決まると足繁く現地を訪れ、アルツ磐梯の良し悪しを分析していった。その際、アルツだけでなく、全国のスキー場の傾向についてもアンケートを取った。そこでわかったことは、スキー場を訪れるほとんどのお客は、昼食にほとんど満足していないことだった。
そこで星野さんはメニューのなかでも5割を占めるカレーライスを重点的に改良していった。そして、その自信を表すために「おいしさ保証」をつけたのだ。具体的にはお客様がまずいと思ったら、代金をすべて返金するというものだ。
スタッフたちは、「そんなことをしたら、『おいしくない』と言われて、不当な返金が相次ぐため大変なことになる」と激しく反発したという。
しかしスタートしてみると、返金はほとんどなかった。
最初に返金を要望してきたのは制度を始めて3日めのことで、若いお客様だった。理由を聞くと「ごはんがべとべとだった」という。スタッフが確認すると、炊飯器の老朽化でごはんがしっかり焚けていなかったのだ。この時スタッフは大慌てで新しい業務用炊飯器を注文した。
この日を境にスタッフは「どうしたらお客様に満足いただけるか」を意識し、「おいしさ保証を伝える看板をつくろう」「辛口がどれくらい辛いかをきちんと伝えよう」など、積極的に工夫をすることを始めたという。
おいしさ保証は結果的にお客様の満足度を上げ、またスタッフの顧客満足度意識も高まり、アルツ磐梯を代表する名物カレーになったのだ。
実際おいしさ保証の返金は年間10万食のうち約10件ほど。星野さんは「お客様は誠実だということがわかった」という。
星野リゾートの手がけた返金保証は、さまざまな小売り販売で広がっている。とくにネット販売では一般的になっている。傍で聞くと「そんなことをしたら返金だらけになる」と思ってしまうが、こうして多くの企業が採用しているところをみると、お客は実際には満足度の高い商品を購入しているということが言える。また返金保証で実際に返金が発生するのは、よほどの問題点があった時に限られているから、むしろそこを改善することでさらに満足度の高い商品、サービスにつなげていくことができ、プラスに働いていくのだ。
効率の追求をやめたら、
儲かるようになった栃木の量販カメラ店
よく、勝ち抜く企業は数字の管理が徹底していると言う。たとえばサービス業では、利益率を上げるために、どういう人員配置をすべきか、客単価をどう設定するか、回転率を上げるためにどうすればいいか…などなど。
しかし一見すると正しく思える理屈も時に、間違った方向に導いている場合がある。その間違いに気づいた販売業者がいる。
小売店では従業員がお客様に接している時間を測って、1人あたりの接触時間を短くするように努めている場合があるが、あるカメラ販売店ではその発想を捨てたところ、売上が伸び始めた。
栃木県宇都宮市にある「サトーカメラ」がそれだ。
宇都宮は知る人ぞ知る家電量販店の激戦区で、北関東発祥のコジマ(現ビックカメラ)やヤマダ電機、ケーズデンキ、ヨドバシカメラなどがひしめいている。
その並み居る強豪を相手に、サトーカメラはカメラ販売では栃木県ナンバー・ワンを誇っている。カメラの販売シェアは18年連続ナンバー・ワン。デジタル一眼レフカメラ販売では、県内で60%以上に達しているという。
サトーカメラの社長である佐藤勝人さんは、1988年に先代より小さなカメラ店を引き継ぐが、その独自の経営方法で、栃木県内に18店舗を構えるまでに業容を拡大させた。
社長の佐藤さんは、これだけの強さの秘密を一言で「効率を求めない店づくり」と表現している。
「一番言い聞かせたのが、効率は考えなくていい、客が納得するまで話をしてやれということ」だ。
以前は「接客は時間を区切ってやれ」と言っていたが、いまは「まず座ってもらって話を聞いてもらうように」したという。
「プリントにやってくるお客様に対してもそう。日本のカメラ屋はどこも機械の前にお客さんを立たせて操作させますが、我々の店はソファーに座ってのんびりやってもらう。そして我々も一緒に座って、一緒に写真を選んであげる。超非効率でもかまわない。それはすべてお客様の思い出をきれいに残すため」(佐藤さん)
商品を売るのではない、
「思い出をきれいに残す」
「思い出をきれいに残す」というモットーを掲げたのは、デジタルカメラの登場から。この時、どういう戦略をとったらいいかわからなくなったという。
「当時メーカーは、フィルムは無くならないと言っていましたが、デジタルカメラを使ってみたらこんなに便利なものはない。(新規参入も増えて)業態変革のなかで一体何を売っていったらいいかわからなくなった」
悩んで出てきたのが、「思い出をきれいに残す」ということ。自分たちはなぜカメラ屋をやっているのか。人はなぜカメラを買うのか―。
「すると、実はカメラを買うってことじゃないことがわかってくる。それで行き着いたのが思い出をきれいに残すためなんだろうということ」
そのために佐藤さんは「接客サービスも変え、棚も全部変えた」という。
客単価の高いマニアを狙わない
ド素人のお客様から「教えてもらう」
以前採用していたポイント制度もやめたと言う。「ポイントは結局、金で釣るということでしょ。我々は金で釣るんじゃなくて、思い出をきれいに残すための商品でお客さんに来てもらう。そうするとポイントをやめた段階で、一瞬お客さんが離れるんだけれども、最後は戻ってくる」
同社のチラシづくりもその考え方に沿ってつくられている。ふつうは話題のカメラのスペックと価格を全面に出すが、サトーカメラでは、「親子が雑誌モデルのようにきれいに撮れるカメラ」とか、「赤ちゃんの表情を一瞬で逃さないカメラ」、カップル向けに「二人の感動的な幸せの瞬間を残すカメラ」など心憎いフレーズが並ぶ。
カメラ店に限らず、店舗は上顧客をいかに捕まえるかということに力を注ぐ。それが間違いだという。
「ふつう中小企業は大手企業や偉い人の話を聞いて、それに倣おうとしますが、それだとどんどん敷居を上げていって、いつの間にかマニアしか相手にしなくなる。ターゲットを絞って高く売ることが『生き残る道』だと思うようになる。でも我々は逆。ど素人から学ぶ。小学生から学ぶ。ときにはおばあちゃんから怒られる。『あんた何にも分ってないね』って。ああなるほどなぁって思うことがたくさんある」
サトーカメラがいわば業態変化をしたのが2005年頃。その時は平均で25%ぐらいだった粗利が、2007年には35%に伸びた。「もう限界かなと思っていた」佐藤さんだったが、「そこからさらに伸びて40%近くまで行っている」と言う。
佐藤さんが述懐するのは、以前は自分たちのことばかりしか考えていなかったということ。接客効率やポイント還元サービスも結局は自分たちだけの論理で、お客様のメリットになっていなかったことに気付かされたのだと語る。
合併しても採用は別々、
社内用語も別々で業績アップしたバスメーカー
高い収益性を確保するためには、さまざまな方法がある。投資した資本の回収期間を短くすることであったり、その回収額を最大化することであったりする。そのためには作業時間の短縮や、作業の効率化、スタッフの時間の短縮化、ミスやエラーを低下させ、歩留まりを上げる対策を講じる必要がある。そのための3Sや5S運動であったり、TQC活動があったりする。
大きい場合は、新しい事業を吸収したり、会社を合併させることもある。合併吸収は、足りないところを補い合うことでシナジーが生まれる。
しかし合併はしたものの実際はなかなか効果を発揮できないこともある。特に対等合併はお互いの文化やプライドもあってシナジーを発揮するのは難しいと言われている。
そんななか、結果を出しているバスメーカーの合併がある。2002年日野自動車の子会社の自動車車体といすゞ自動車の子会社だった、いすゞバス製造が対等合併したのだ。新会社はジェイ・バス。2004年に完全統合した。合併前はともに赤字に苦しんでいたが、2006年には見事黒字に転換した。
ジェイ・バスはなぜうまくいったのか。
それは合併では当たり前のことをやらなかったからだ。合併によって現場に余分な負担をかけないように、社内用語の統一をしなかった。通常は一番気になるところだ。とくにモノづくりの現場では独自の用語が飛び交うために、その統一はその後のシナジー効果を大きく左右するという。
それだけではない。採用も別々のままにしている。工場の統合もせず、工場からの転勤はなしとした。
専門コンサルタントからすると「果たして合併の意味があるのか」と首をかしげたくなるが、開発費や材料調達費の低減、品質管理のノウハウの共有など、メリットが出るところだけを共同化したから、効率よく黒字化を実現したのである。
何から何まで統一化するのではなく、それぞれの文化のなかでのメリットを見極めていいとこ取りをしたのだ。統一化は確かにメリットがある。しかしそこまでの時間や労力をかけるべきかを冷静に判断したのだ。対等合併であるからこその知恵とも言える。
これらの企業の発想は一見すると、あるいは一聞すると、当たり前や正解からかなり離れ、真逆に近いことばかりだ。しかしその当たり前、正解にとらわれること自体が業績の足を引っ張っていることがたくさんある。虚心坦懐。いまある正解を疑ってみることがこれからのビジネスの基本態度なのかもしれない。
【POINT】
■ 日本人は農耕民族。タイムカードなしでも時間はきちんと守る
■ 働くなというと逆にみな頑張る
■ 組織や肩書はないほうが仕事が進む
■ 成果主義より年功序列
■ 下手な広告より、すごい技術をみせる
■ 効率、効果の最大という発想を捨てる
■ お客様は誠実。返品保証で業務員の質が上がる
■ 製造現場ではパソコンより1枚の発注書が効率的
■ 会議も朝礼もないほうが仕事がうまくいく
■ 客単価の高いマニア客を狙わず、素人から「学ぶ」
■ 商品を売らず、「きれいな想い出づくり」を売る
■ 合併吸収では無理に文化を統合しない
【newcomer&考察】
需要と供給の最適化手法、ダイナミックプライシングとは
いまでこそ新商品をオープンプライスという形で値付けするのが当たり前となったが、いっとき前は「定価」販売が当たり前だった。いまでもコンビニなどで売られる大量生産の工業製品は定価販売が主流だ。しかし近年ネットを通じてモノの価格を容易に比較できるようになったことで、大量供給・大量消費時代の申し子である”一物一価”は崩れ去りつつある。これはある意味供給側にとっての受難の時代だとも言える。
供給側としては、いかにもっとも利益を最大化できる量と価格のポイントを的確に見出す法則を見つけ出すことが重要になってきている。そこに救いの手ともいうべき一つの画期的な手法がもたらされた。それがAIを使ったダイナミック・プライシング(DP)という方法である。
これまでも企業は過去の売上データや時期や経済環境などを分析しながら需要予測などを綿密に立ててプライシングを実現していた。需給変動が激しいホテルや旅館業界ではかねてより一物一価ではなく、こうした需要予測によって値付けをしていたが、その手法は属人的な部分も大きかった。
従来は担当者が毎日、ネットなどで競合するホテルの料金をチェックして自社の宿泊料金を決めたりしていたが、この人の手による”値付け”作業を、DPに変えたところ、瞬時に適正価格が出せるようになった。DPでは膨大なビッグデータを数値化してAIが分析する。利益だけではなく、顧客満足も最大化する、双方にとっての最適な価格をはじき出すことができるのである。
代表的なホテルが2020年に向けて増殖中のアパホテルである。かねてより訪日客を目当てに”強気”の価格設定をしていたアパホテルだったが、これはDPを使ってきたためだ。アパは周辺のホテル価格が同じ平米で1万円でしか取れないとわかった段階で1000円程度値付けを自動的に上げるようになっている。アパの知名度なら、その強気のアルゴリズムでも「売れる」とAIが判断する。訪日客で東京や大阪のホテル需要が逼迫した時、アパは高級シティホテル並の3万円を超える価格をつけたことがある。
航空会社も同様にDPを取り入れてから収益が変わりつつある。
航空会社の場合は繁忙期と閑散期や行き先、時間帯などでプライシングを図っているが、最新のDPでは「誰が」検索しているかを判別してプライシングする仕組みが導入されつつあるという。
DPを取り入れているのはホテルや航空会社だけではない。とりわけ強い関心を示しているのが、スポーツやエンターテインメント業界だ。米国などのプロスポーツでは常識となりつつある。人気薄の時には値引きして集客を増やし、人気の場合は高値で販売する……その仕組がその波がようやく日本でも本格化しそうだ。
たとえば2016年に「ヤフー」と「福岡ソフトバンクホークス」は、ホームゲームで開催される試合のチケットの一部にDPを導入した。試合開催の曜日、天候、開始時刻、その時点でのホークスの順位、相手チームの調子、登板予定の投手などのほか、過去に割当の席が5万席の中で何番目に購入されたか、などといったビッグデータを基に100円単位で上下させながら当日のチケットの値付けが行われた。
2017年には「東北楽天ゴールデンイーグルス」もこのDPを導入し、18年春にはJリーグのJリーグの「セレッソ大阪」が、ホーム主催ゲームでの8試合・14席を「StubHubピッチサイドシート」としてDPで初めて販売した。また同じくJリーグの「横浜F・マリノス」も18年の7月から、ホームゲームでの一部観客席に導入している。このサービスを提供しているのが、6月に設立された「ダイナミックプラス」という専門会社である。同社は「三井物産」「ヤフー」「ぴあ」の3社の合弁で立ち上がった。
ほかにも、プロ野球の「横浜DeNAベイスターズ」が今年度から導入を予定している。さらにコンビニの「ローソン」も次世代店舗でのDP導入を検討中で、国交省とタクシーの「日本交通グループ」の配車アプリを展開する同グループのJapanTaxiは今秋から、時間帯によって一律410円の迎車料金を変動するDPの実証実験を始めた。
元来、モノやサービスにどれだけの価値を感じるかは、買い手のその時々の情況によって異なるのは正しい考えだ。ただ生活用品までコロコロと変動されては、逆に普段の生活に支障をきたすことになりかねない。世の中の人々すべてが株や為替のトレーダーのように相場を読みながら生活をするようなわけにはいかないだろうし、やり方によっては特定の人間や集団が恣意的に価格を釣り上げることも可能になる。従来のセーフティネットが破綻しないような仕組みも合わせて考えていく必要がある。ただ時代DPによる新たなビジネスモデルが増殖することで、AIによって値付けされた時価が、さらに力が増すことは確かだろうし、価格設定がよりブラックボックス化することは間違いない。逆に言えば、何があっても定価で頑張る企業が評価を高める可能性もある。
埼玉県の株式会社やおきんが製造販売しているスナック菓子「うまい棒」は創業以来約40年1本10円のままで販売している。製造業とサービス業の違いがあるとは言え、その姿勢には頭が下がる。ある意味ダイナミックなプライシングである。