ジェンダーギャップを克服、待ったなし! ポジティブ・アクション実践で成長力を高める
人材の採用、登用の困難性の高まりから、「多様性:Diversity(ダイバーシティ)」が注目を集めているのは、ご存じの通りだ。
人材に多様性がある組織が高い生産性を発揮することはすでにさまざまな研究や論文で証明されている。ただ問題は、多様性の高い組織が優れたパフォーマンスを上げているかというとそうとは限らない点だ。
目次
高まるダイバーシティ、インクルージョン&エクイティ
そこで注目されているのが「包摂:Inclusion(インクルージョン)」という考え方。包摂とはその言葉の通り、社会を構成するさまざまな多様性を包み込んでいこうという意思であり、政策で、ビジネスや教育の現場では「ダイバーシティ&インクルージョン」と、セットで使われている。
とは言え、さまざまな個性を具体的にどう包摂するかは難しい。多様な個性を包みこんで活かすなど、一見矛盾する行為だとも言えなくもないからだ。そこでここに来て加わってきたのが、「公平性:Equity(エクイティ)」である。公平に近い概念として平等があるが、ここで使用されるのは、公平だ。違いはさまざまな人に対して一律に機会や利便性を与えることが平等であるのに対して、個々の環境や条件を考慮し、そのギャップを埋めて平等な状態を生み出すことが公平である。
ボクシングやレスリングにおける体重別ごとの階級が公平性といったらわかりやすいだろうか。
世界125位の日本のジェンダーギャップ指数
ビジネスの現場ではさまざまな格差がまだまだ厳然と残っているが、その最たるものがジェンダー格差だろう。
日本では1985年に男女雇用機会均等法が施行されているが、その名の通り、雇用機会と待遇の平等を謳ったもので、公平性を担保するものではなかった。
たとえば世界経済フォーラムは、ジェンダーギャップを毎年指数(ジェンダーギャップ指数)として表しているが、この指数によると2023年のランキングで日本は125位である。世界きっての経済大国であり、G7構成国である日本がこの位置であるという事実に大概の日本人は驚くと思うが、前年が116位だったことを考えるとショックはさらに深くなる。
ちなみに前後の国を紹介すると1つ前の124位がインド洋に浮かぶイスラム国家「モルディブ」、123位に軍事政権下の「ミャンマー」、122位が10年ほど前まで内戦が続いていたアフリカの「コートジボワール」である。各国の政治状態や宗教支配について他国の人間がとやかくいうべきものではないとは思うが、宗教的に女性の社会的権利が抑制されているイスラム国家と軍政国家より低いという日本の現在地はいかがなものかと思う。
– 上位に位置する指数も。しかしギャップを埋める努力は必要
ただこのジェンダーギャップ、鵜呑みにしていいかという疑問はある。ジェンダーギャップを測る指数はほかにもあって、世界経済フォーラムが出す値ほど低位ではないからだ。
たとえば国連開発計画(UNDP)が発表する2022年の「ジェンダー開発指数」(GDI)では191カ国中76位と真ん中より上位となっている。また同じUNDPの「ジェンダー不平等指数」(GII)の2022年版では、日本は191カ国中、22位とかなり上位に位置している。
国連によればGIIは、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、エンパワーメント、労働市場への参加の3つの側面における女性と男性の間の不平等による潜在的な人間開発の損失を映し出す指標で、GDIは、健康、知識、生活水準における女性と男性の格差を測定した指数。これだけ差が出るのは、言うまでもなく指標の取り方だ。つまりどのデータを取るかで評価は変わってくる。
もちろん、だからと言って手をこまねいていようというつもりはない。繰り返すが、多様な個が集まる組織に介在するギャップを埋めようする企業が伸びていることはいうまでもないからだ。
平等な環境は「積極的格差是正」の取り組みでつくっていく
いかにビジネスの現場でジェンダーギャップを埋めていくか―。
注視されているのが、「アファーマティブ・アクション」である。日本語では「積極的格差是正措置」などと訳されている。
その訳の通り、世にあるさまざまな格差を積極的に埋めていこうという考え方である。その歴史は古く、1961年にアメリカ大統領のジョン・フィッツジェラルド・ケネディが大統領令で使ったのが最初とされる。この時には黒人差別を念頭に置いたもので、人種、肌の色、信条、出身国を理由に差別を禁じたが、その後リンドン・ジョンソン大統領が大統領令を修正し、宗教や性差による差別を禁じることを付け加えた。
アファーマティブ・アクションは欧州でも広がっていったが、欧州の場合はポジティブ・ディスクリミネーション、すなわち「肯定的差別」として施策に反映されている。差別を受けている集団に対して進学や就職、昇進における優遇的措置を行うことで、そのギャップを埋めていこうという考え方だ。受験や昇進に一定枠をつくったり、いわゆる「ゲタ」を履かせたりするのだ。
アファーマティブ・アクションは企業においてはギャップを課題として認めたうえで、これを解消する施策「ポジティブ・アクション」として実施している例が多い。
代表的ポジティブ・アクションとしては、「女性管理職の比率目標を掲げ、その実現に取り組む」例がある。
– すべての階層で女性比率50%を掲げるリクルート
百貨店の高島屋は2001年に「男女共同参画プロジェクト」を発足させ、女性管理職の目標を18%として掲げている。その結果、バイヤー、マネージャー職の女性比率が向上、目標を達成した同社では現在、女性管理職比率を2026年度まで30%、経営層における女性比率を20%まで引き上げるのが目標となっている。
人材情報産業の大手、リクルートは2030年まですべての階層で女性を50%とすることを掲げている。かなり高いハードルだが、担当者は「仮に達成できなくてもその目標に向かって取り組み続けることが大事」と話す。リクルートでは、女性の年代別の細かいキャリア研修を行う一方で、多面的な評価システムの構築や、評価する上司に対しての外部講師を使った研修も進めている。とかくこうした評価は過去の個人的経験から行われがちだったが、部下の個々人のキャリア設計や関心事、家庭環境などを考慮し、意欲を失わせないような声がけから学んでいるという。またリクルートは上述したダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)に積極的に取り組んでいる代表で、男女問わず有給休暇や出産、子育て、介護を支援する制度を広げている。このほか事実婚や同性婚の家庭の支援も一般的男女婚とまったく差をつけていない。
こうした多面的なポジティブ・アクションの結果、かつては評価されなかった新しいリーダーが誕生しているほか、一旦職を降りた男性管理職が再び別の管理職となったりする例も増えた。女性比率を引き上げる施策は、男性管理職の数も増やしたのである。こうした取り組みは会社全体の生産性を高めた。何より同社の株価がそれを証明している。2016年終わりまで1100円から1200円で推移していた株価は2024年3月28日現在、6629円まで上昇している。
– 女性の職域拡大には、トイレ、更衣室などの整備が必須。孤立させない工夫も
「職域の拡大」もポジティブ・アクションの施策だ。岩手県の船会社(社員24名)では、「船頭」をやりたいという電話オペレーター職の高卒女性の希望を受け、同社初の女性船頭を誕生させている。会社は女性社員に対して半年の育成研修を実施し、必要な知識技能を身に着けさせた。同社では女性船頭という社会的にも耳目を集める人材となることを考慮して、マスコミ取材を受けるときには、1人で受けずに、総括長を通じて事業の一環として受けるようにした。また、年齢の離れた男性職場に1人で入っていくため、船頭リーダーにセクハラに対する理解を深め、そのような事態になった場合相談できる窓口を置いた。また昼食を他部署の女性と取ることを認めている。
製造業でも職域拡大の工夫が見られるようになった。重量物を動かしたり、大型運搬機などが動く現場には女性を置かない企業が多いが、補助具やアシストロボットなどを導入して負荷を軽減させるなどして、現場に女性を配置する事例が増えている。
深夜などのシフト制を取る企業では専用の休憩室をつくり、防犯ブザーをもたせたりする例もある。
女性の職域拡大においては、研修育成システムの導入のほか、セキュリティの高い専用更衣室やパウダールーム、休憩室の導入、またトイレの改修などもあわせて行う必要がある。とくにトイレの改修は必須で、入口も男性用から離し、広く明るく、清潔感のある空間にすることが求められる。
また音や匂いなどにも配慮する必要がある。とくに匂いは盲点のようで、加工現場では当たり前に漂う油の匂いも女性は敏感に嫌う傾向がある。ある町工場では専業主婦だった女性を採用するために、機械油を使わない加工機を新たに導入したり、工場でアロマを炊いたりしている。
ポジティブ・アクションは外国人採用にも有効
アファーマティブ・アクション、ポジティブ・アクションは、まさに言うは易く行うは難しである。ただ取り組めばそれ以上の恩恵があるのは確かだ。とくに男性側には従来なかった視点が得られることが大きい。
一旦多元的な視点が得られると、応用範囲が広がるからだ。とくにこれからさらに進む外国人人材への対応はスムースになる。「なぜ同じことを繰り返すのか」「どういったことに悩んでいるのか」「なにが伝わり、何が伝わっていないか」「どんな言葉をかけるとモチベーションがあがるのか」など、課題の解像度が上がり、その対処方法の精度も上がっていく。
御社のアファーマティブ・アクション、ポジティブ・アクションの取り組みはいかがだろうか?
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