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問われるPTA の意義と、生まれるPTA ビジネス

 岸田首相が旗を振る”異次元”の少子化対策。子育て支援金の給付や、保育園や幼稚園やこども園などの託児・教育機関の充実による待機児童の解消、職場のワーク・ライフ・バランスの理解と促進など、さまざまな対策が取られているが、取り巻く環境はまだ厳しいものがある。一つは公立学校の教員のなり手が減っていることだ。人口減少国の日本において人材不足は教育業界だけの問題ではないが、教育環境の充実は少子化対策の根幹の一つであり、日本全体の将来像を決める重要なポイントだ。

異次元の少子化対策の落とし穴

 教員不足は深刻で、文科省の調べによると2021年度では全国で教員2558人が不足し、なかには担任不在の学級もあるという。
 教員試験の倍率も2021年度の小学校では2.6倍と過去最低を記録した。教育の質を担保するためには最低3倍が目安とされるが、その論に当てはめれば十分な質を保てなくなりつつあるのが現状と言える。もちろん質の捉え方は違ってくるし、教員試験後、各都道府県ごとに教員採用試験が実施されるので一定水準は保たれているはずだ。3倍という根拠にどれほどの説得力があるかは不明だが、関係者が指摘する背景には20年ほど前(2000年)は小学校、中学校、高等学校の教員試験倍率がいずれも10倍を超えていた事実がある。中学校に至っては実に15倍を突破していたのである。教職員や公務員人気は、その時の経済環境に左右されるので(不景気の時は企業が採用を控えるため、教職員、公務員人気が上がるトレードオフ)一概には言えないが、それでも2006年までは中学・高校教員試験の倍率が10倍を超えていた。

追い込まれる真面目な教員

 大学生を磁石のように引き付けていた教員人気が下がった背景の1つには、教員に対する要求値が上がっていることがある。
 文科省の調べによると毎年5000人の公立学校の教員が精神疾患などで休職しているという。理由としては増加する一方の雑務、難しさを増す学級運営、保護者対応、複雑化する教職員関係などが挙がっている。教員を目指す人は使命感、責任感が強く、共感力が高く、人に気を遣う、真面目な人が多く、うつになりやすい性格的特徴を持っているという分析もある。
 とりわけ、教員を悩ませているのが、保護者からのクレームの増大だ。
 いささか古いデータで恐縮だが、教育出版社ベネッセのベネッセ総合教育研究所が2014年に取ったアンケートでは、小中学校教員の8割が以前に比べてクレームが増えたと感じているという。
 調査では、「学校にクレームを言う保護者」が78.4%、「自分の子どものことしか考えていない保護者」が76.9%と、いずれもが8割近くまで増えたと実感している。いわゆるモンスターペアレンツの増加の兆候が見て取れる。このほか子どもに無関心な保護者が増えたとする回答が6割を占めていることも注視したいところだ。詳細はわからないが、いわゆる現象としての親のネグレクトが広まっていることが推定できるが、さらに深掘りすれば、シングルマザー、シングルファーザー家庭の増加、貧困家庭の問題、あるいはステータス維持のために子どもより収入、ポジション獲得を優先するために、子どもへの関心が低くなっていることなども考えられよう。
 こうした傾向に真面目で使命感の強い、気配りのできる教員が心を折ってしまうことは、容易に想像できる。
 一般企業は人材不足に対して職場環境の改善を進めやすいが、学校の職場環境の改善は規制が多く、一気には進まない。そのため教員資格を持つ大卒者が一般企業に流れるのは理解できる。

PTAで教員と保護者の関係がフラット化

 教員のなり手が減った背景には、教員すなわち「学校の先生」に対する権威が低下し、関係がフラット化していったこともあるだろう。
 かつて”学校の先生”と言えば、その地域の名士であり、その言動に地域の人は耳順することが多かった。よって学校や教員に対するクレームも多くはなかった。
 教員と生徒、保護者との関係が変わったのは、戦後、GHQの奨励で教員と保護者をつなぐPTAが誕生してからだ。PTA活動を通じた教育の民主化を図るためだ。
 PTAとは親と教員の共同体を意味するParent Teacher Associationの略で、1897年に学校に通う子どもを持つ、アメリカの二人の母親によってワシントンD.C.において開催された全米母親議会(National Congress of Mothers)に始まる。当初母親だけが集まる予定だったが、予想に反して父親や教師など総勢2000人が集まったため、名称を全米保護者議会(National Congress of Parents and Teachers) と変更、後に全米PTA団体に発展した。
 全米PTA団体は、公教育の環境の整備、すなわち給食や予防接種の実施、公共保健サービス、関連する労働児童法、少年法の整備のほか、幼稚園の設置など多岐にわたる活動を行っている。どちらかというと教育環境の向上を目指した政治団体的な役割があった。現在のPTAにみられる学校行事の事前準備のボランティアなどの色合いは少ない。

本家アメリカではPTAではなく、
PTOがメジャー

 現在全米では90%以上の学校には何らかの保護者と教員によるグループがあるが、全米PTAに参加しているのは4分の1程度だ。残りはPTO(Parent Teacher Organization)という任意組織で構成されている。アメリカの教育は私立学校中心に発展した経緯がある。PTOは学校単位の独自活動を行っており、とくに宗教を背景にして設立された私立学校が多いことからその宗教的信条やミッションなどをベースにボランタリーな活動がなされている。したがって活動内容は、学校の事務やイベントのサポートや主催、教材購入の寄付などを行う。入会は全くボランタリーで、活動もできることをするボランティアだが、入会しないと住所録などが共有されないため、連絡などが来ない場合もある。また組織であるため会長、副会長などの役員制度もあり、会長、副会長はそれなりの義務・負担がある。
 PTA的なもの自体は戦前の日本にもあった。明治に欧米型の教育制度が導入されてから、各地で学校を支援する「母の会」や、「保護者会」などの団体が自主的に立ち上がったが、あくまで学校の経済的支援を主とし、学校運営や行事の支援などに積極的に関わることはなかった。

PTAの中身なのに、
PTO活動が主体となった日本

 戦後導入された日本のPTAは、どちらかと言えばPTOの色合いが強い。日本のPTAがやっかいなのは、あくまで任意団体であるにもかかわらず、基本的に全員参加が原則化していることで、その活動がPTO的業務を行うことにある。
 しかもその活動内容が形骸化され、やらなくてもいい活動が前例主義で継続されたり、あるいはやたらと細かい配慮が求められたり、ICT化、DX化が進む時代にありながら手作業などの比率が大きく非効率的だったり、民主主義的な合意や公平性を重視するあまり、議決に時間がかかったり、結論が決まらない、決められない問題など、効率性、効果性から疑問が残ることも多い。時間の捻出しにくい共働き世帯と比較的時間のある専業主婦の家庭との見えないバトルもある。また役員に負担が集中していたり、逆に役員が本来付与されていない権力を行使するなど、さまざまな弊害や軋轢が生じてきた。
 PTAを温床とした使途不明金問題なども全国各地で起こっており、かねてからPTAの意義を問う声や負担軽減を求める声がくすぶっていた。

PTA改革が進み、PTAを廃止する学校も

 こうしたなか、PTAを廃止する学校も増えている。
 東京都の大田区立嶺町小学校は2014年度にPTAを廃止した。代わって導入したのがPTOである。同PTOでは、まず形骸化していた委員会を解体し、代わりにボランティア制を導入した。同PTOは入会した保護者によって運営され、入会には入会費として1世帯あたり2600円を収めることになっている。入会するとサポーターとしてやりたいことに参加して、子どもたちの活動を支援する。活動内容は運動会の会場の見回り、地域のお祭りの手伝い、町内会の行事の手伝い参加、広報活動などで、従来のPTAと大きくは変わっていない。
 また同PTOはトップを団長とし、補佐役に副団長を置き、会計や広報、庶務、校外(渉外)、安全・防災など部門のトップも置いている。組織体系もPTAと基本的変わっていない。大きく変わったことは「できる人が、できることを、できるときに行う」ことをスローガンにしたことだ。時間が取れずなかなか活動に参加できない保護者でも、この方針のもとであれば、年に1度程度の参加でも引け目を感じる必要がなくなった。むしろ、好きなことを見つけ、集中して参加できれば、お互いに納得感と満足感が得られる。
 もう一つ同PTOで特徴的なのは、サポーターが子どもたちのためにやりたいことを提案できる「夢プロジェクト」があることだ。
 サポーターであれば誰でも専用ホームページを通じて思いついたことを提案できる。これまでに、避難所を体験する「避難所に泊まろう」、TVの人気番組に乗じた多摩川の土手で行う大鬼ごっこ大会「嶺小・逃走中」、サポーターの知り合いである元南極観測隊隊員に依頼し「南極ってどんなところ」のタイトルで講演をしてもらったこともある。
 こうしたやりたいことが実現できるPTO活動は、参加者の反応もよく、サポーターを2年3年続ける保護者も増えてきたという。
 ところ変わって広島県尾道市立高須小学校。同校は創立150周年を前にPTA活動を見直し、PTA改革を実施した。PTAという制度そのものは残したが、従来の半強制
的なクラス代表制度から必要な時に協力者を募るボランティア制度に変更。合わせて協力する内容についても吟味し、また積極的にしたいことの提案もできるようにした。コロナ禍で外出や活動が制限されている子どもたちのために運動場を利用した「星空映画祭」を開催、好評を博した。従来から続いているイベントや作業については話し合いを通じて取捨選択した。同校の改革で意外だったのはベルマーク活動の維持。こうしたPTA活動の見直しでは、時代遅れ、作業が細かく効果が少ないなどやり玉にあがりがちだが、調べてみると、市の予算が限られているなかで必要な備品を買うには欠かせない活動だということがわかり、意見がまとまった。ベルマークの整理作業は保護者だけでなく、こどもたちも一緒に行うようにして、作業自体を楽しめるようにした。

コロナ禍でPTA廃止論が進む。
東京都小学校PTA協議会は全国組織から脱会

 PTA活動に対する疑問が噴出したのは、とくにコロナ禍になってからだ。学校の現場では「GIGAスクール」の導入で、子どもたちに1人1台のタブレット環境ができ、授業や校内行事もリモート学習が可能となり、教員と子どもたちが直接顔を合わせなくても授業や行事が進められるようになった。独習ソフトも充実し、教員は宿題のプリントや採点に時間を割かなくてもよくなっていった。
 かたや社会をみても、リモートワークが定着し、オンライン会議やオンラインセミナー、オンライン決済などが一気に進み、時間の効率化、ワーク・ライフ・バランスの理解浸透が進んだ。
 そういったなかで、もっとPTA活動を効率化できないのかといった声があがるのも当然のことだ。
 極めつけは2022年6月、「東京都小学校PTA協議会」がPTAの全国組織である「日本PTA全国協議会」から脱会することを決めたことだ。都道府県や政令指定都市のPTAが全国組織から脱退するのは日本では初めてのことで、教育会に激震が走ったことは言うまでもない。退会の理由は「自分たちの活動をできるだけシンプルにしたい」とのことで、全国大会などの活動に軸を置く日本PTA全国協議会に対して距離感を抱いてきたことがある。
 とくに東京都の小学校の保護者は共働き、あるいはシングルマザー、シングルファーザー率が高く、従来のようにさまざまな活動に参加できる保護者は少ない。一方でコロナ禍での子どもたちの自宅待機、オンラインワークなどの常態化で、これまでの活動とは違う活動のあり方を模索する動きも高まった。
 退会した都PTA協議会は新生都PTA協議会として、新たな活動方針を打ち出した。
 柱としたのは、「IT支援」と「運営支援」である。具体的にはZoomやOffice365を使ったオンライン環境を整備充実させ、保護者との双方向のコミュニケーションを促進させたり、会員、非会員の区別なく、PTA活動の悩み相談などに対応する。また加盟する各校のPTA向けに、ICT企業のリースサービスなどを紹介している。会員・非会員の区別をなくしたことで、従来あった都PTAの会費もなくなったが(各学校のPTA会費は各校で設定)、その分をHPなどのバナー広告や都PTAの広報誌の広告掲載などで賄うという。

近畿日本ツーリストが、
PTA業務のアウトソース事業に参入

 PTAの廃止や改革、PTO化など、PTAのあり方が問われている一方で進んでいるのが、PTA業務のアウトソース化だ。
 なかでも教育界をあっと驚かせたのが、大手国内旅行会社の「近畿日本ツーリスト(近ツー)」である。同社は2022年8月にその名も「PTA業務アウトソーシングサービス」を開始した。近ツーは日本を代表する旅行会社の1つで、長年修学旅行の企画サービスを提供してきた。学校の修学旅行でお世話になった人も多いだろう。近ツーはこうした学校との付き合いから、学校とPTAが抱える課題解決の一助として、PTA業務の代行を引き受けている。引き受ける業務は次の5つ。

① 「印刷デザイン:PTA広報誌などの企画デザイン、印刷、発送」
② 「WEBサイトの作成」
③ 「人材派遣:行事の受付、事務作業、その他人手不足」
④ 「イベント関連:学校行事の企画・運営、ライブ配信のプロデュースなど」
⑤ 「出張授業・学習支援:普段の授業でやらないような特別授業や講演会」

 いずれもそれぞれの専門業者に委託することも可能だが、大手代理店というブランド力と情報漏洩リスクが減るという安心感がある。近ツー側としても、こうした部分から入り込むことで、最大の売上となる修学旅行の獲得がしやすくなる。
 近ツーのようにまるごと引き受ける業者もあるが、個別に引き受ける業者もある。修学旅行の撮影は従来、卒業アルバムの写真店のカメラマンが随行して撮影したりする。予算が合えば、別に有名カメラマンに依頼することも可能だ。
 こうした個別の業者とをマッチングさせる業務を行っているのが「PTA’S(ピータス)」である。各PTAが依頼したい業務を12のカテゴリーから選んで、PTAの所在地を入力すると最寄りのエリアから適切な業者がヒットする仕組みだ。対象となる業務12種は以下の通り。

①印刷・仕分けアッセンブル事業
②清掃・クリーニング、花壇の手入れ
③警備・防犯・セキュリティ関連
④IT導入・システム関連
⑤記念品・名入れ関連
⑥出張授業・講師派遣
⑦旅行・遠足・社会科見学関連
⑧消毒グッズ・アイテム関連
⑨防犯グッズ・訓練関連
⑩大物・小物・大量レンタル関連
⑪制作・撮影・編集・クリエイティブ関連
⑫行事・イベントサポート関連

また、「プロワークスグループ」の「PTAプロワークス」はPTAに特化した事務代行業務を行う。業務内容は次の6つである。

①資料作成 
②会計代行
③講演依頼 
④イベントの企画・立案
⑤仕入れ代行 
⑥印刷代行

マネジメントスキルを磨くなら、
MBAより、PTA会長

 PTA活動をこうした外部業者へアウトソースすることに異論も当然出てくるだろう。しかし、かつての時代ほど、時間はゆったり過ぎてはいかない。教員が雑務に追われ、仮にリモートワークが進んだとて保護者がPTA活動に回せる時間はそう多くはならないはずだ。ビジネスは常に変化にさらされており、とりわけ人材不足のなかで人々はリスキリングが求められている。そもそもこうしたアウトソースは、PTA活動の現場にいる保護者からの切実な思いから広がった部分が大きい。前述の「PTA’S」を立ち上げた
「合同会社さかせる」の代表の増島佐和子さんは、自身のPTA会長経験がベースにある。
 All or Nothingではなく、必要な作業を取捨選択していくことが重要になってくる。
 PTAがまったく不要となったというわけでは決してなく、PTAをより有意義なものにしていくための手法を考えるべきなのだ。
 従来のPTAでも、続ける保護者は保護者同士の繋がりができたり、教員と深くコミュニケーションが取れるようになるなど、メリットを感じる保護者はいた。ただそのメリットを上回るほどのデメリットがありすぎたことが問題だった。
 むしろ、日常での人とのFace to Faceのつながりが薄くなりつつある社会だからこそ、PTAの意義が問われている。
 NPO法人の「ファザーリングジャパン」の会長の安藤哲也さんは、「MBAを取りに行くより、PTAの会長をやったほうがマネジメント力が上がる」と話す。同団体の川島高之さんは、価値観の違う人で構成される巨大な組織のトップとして、最後の責任を取るという経験でマネジメント力、リーダシップを磨くことができるという。

 PTAの抱える問題は、企業が抱える問題につながっている面が多い。「PTAの今」を考え、あるいはそこに関わることで磨けるスキルはありそうだ。

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