日本の伝統を「伝える」それは自分らしく生きる選択肢を増やすこと。
[インタビュイー]
株式会社和える
京都「aeru gojo」
ホストマザー(責任者)
中川真由さん
日本の伝統を次世代につなぐ――。日本が何百年、時に千年以上つないできた伝統工芸品や伝統産業品の技術や想いをいまの暮らしのなかに馴染むように” 和えて”、その魅力を次世代の子どもたち、大人たちに伝える事業を展開する「株式会社和える」さん。
全国の伝統産業の職人と提携し、赤ちゃんから大人までが使って嬉しい、持って楽しい、そばにあるだけで心が和むようなオリジナル商品を提供しています。
伝統産業品だけでなく、泊まって地域の歴史や伝統を体感できるホテルの部屋のプロデュース”aeru room” の展開や、日本の文化を通して様々な価値に触れ、考える力を育む”aeru school”、電気代の一部で日本の伝統工芸品を子どもたちに贈り、職人たちの仕事を永続的に応援できる仕組み”aeru電気”など、伝統をキーワードに様々な事業展開をしている。近年は有名デザイナーやクリエイターなどが伝統職人や作家とコラボレーションしながら新たな商品や作品を生み出す動きも活発化しているが、そういった活動から生まれた商品や事業とどう違うのか。
どんなところにこだわっているのか。注目を集める「和える」さんについて、京都「aeru gojo」のホストマザー(責任者)を務める中川真由さんにお話を伺いました。
目次
せっかく日本に生まれてきた赤ちゃんなのだから、
日本の伝統品で迎えたい。
BIZ ● 最近だと地方で伝統産業を活用したコラボレーションなどいろんな動きがあります。結構いろんなデザイナーの人が動いていたりしますが、「和える」さんの場合は、どういったところにその違いがあるんでしょうか。
中川真由さん(以下中川)● 和えるは、ただデザインを新しくしてかっこよくするだけではないというところです。先人の智慧や日本の伝統を、いまを生きる私たちの感性と” 和え” ながら新しいものを生み出すということです。
これまで伝統産業品は、大人が対象になることが多く、子どもたちが生まれたときから日本の伝統に触れられる機会は少なかった。でもせっかく日本に生まれてきてくれたのだから、赤ちゃんの時から自然と伝統に触れることができ、大人になっても使い続けられるものがあったら素敵ですよね。まずは、出産お祝いとして、贈り物として赤ちゃん・子どもたちに届けたいという想いで2012年に”0歳からの伝統ブランドaeru”がスタートしました。
BIZ ● 伝統をキーワードにいろいろな事業を展開されてますが、一番最初に「0歳からの伝統ブランドaeru」としたのは、そこにあったのですね。
中川● 幼少期は感性が豊かに育まれる大切な時期です。周囲の大人たちが何を贈るかでその子の人生の始まりが変わります。「日本に生まれてきてくれてありがとう」という気持ちを込めて、日本のもので生まれた赤ちゃんをお出迎えして欲しいという想いで、本藍染の産着・タオル・くつ下をセットにした、『徳島県から 本藍染の 出産祝いセット』が誕生しました。
今では化学薬品で染められることが多くなった藍染ですが、aeru の本藍染は昔ながらの先人の智慧に習って、”天然灰汁発酵建て”( てんねんあくはっこうだて)という江戸時代から続く技法を活かし、徳島県の本藍染職人さんが自然の恵みで染め上げています。
赤ちゃんを、日本の” あい” でお出迎えする、たくさんの” 藍” と” 愛”が込められた贈り物です。
BIZ ● 和えるはもともと代表で創業者の矢島里佳さんが学生時代に伝統産業に興味を持たれて全国を回ったことが始まりとか……。
中川● はい。ジャーナリスト志望だった矢島は大学生時代、大手企業の会報誌に伝統産業の職人さんたちを紹介する記事を書くという機会に恵まれ、全国の職人さんたちを取材して回っていました。そこで、先人の智慧や職人さんたちの高い技術に感動したと言います。
矢島は就職先として、伝統産業とベビー用品を組み合わせた商品を手掛けるような会社を探したのですが、見つからなかったので自ら「和える」を立ち上げたのです。
BIZ ● 参考にした会社はないということですか?
中川●ビジネスモデルを考え、自ら生み出しました。矢島はもともと東京生まれの千葉のベッドタウン育ちで、古いものや自然に触れられる環境に憧れていたと言います。
始めから職人さんに商品づくりをお願いせず、
1年~3年、考え方や感覚をじっくりすり合わせる
BIZ ● でも職人さんにこういうものを作ってください、やりませんかと言っても受け入れてもらうまでは、結構苦労されたと思いますが。
中川● 和えるでは、出逢った職人さんと、まずお互いの想いを共有しあってから、商品の製作に進みます。工房に伺うことはもちろん、一緒に地域を巡ったり、食を共にしたりしながら、時間をかけてお互いのことを知る。その後に「じゃあ」という感じで、自然にものづくりに進んで行くことが多いです。「いくらでこれ作ってください」など、いきなりビジネスのお話から入ることはしません。自分も相手も社会も、関わる人すべてが幸せであるよう「三方以上良し」を常に大切にしています。商品開発も1 年から3 年ぐらいかけて行うので、職人さんと、その都度丁寧に話し合いをして進めます。
aeruの『こぼしにくいコップ・器』シリーズは、同じデザインのものを異なる産地で作っていただいています。ですので、難しい製作ポイントについては他の産地の職人さん同士をつなぎ、「ここは、どうやって作っている」など話していただくことも。皆さんが、私達のファミリーという感じで、全国に親戚がいるような感覚で職人さんとお付き合いをしています。
BIZ ● とういうと、通い続けても商品などの具体的な話にならないという場合もあるわけですか?
中川● そうですね。”0 歳からの伝統ブランドaeru”という事業ではご一緒しなくても、その他の事業でご一緒するということも多くあります。
例えば、”aeru room” という事業。全国の宿泊施設に泊まってその地域の歴史や伝統を体感いただける “aeru room”を生み出す事業があるのですが、そこで漆職人さんに天井を漆で塗っていただいたり、竹の職人さんに竹を設えていただいたりと、1つの事業でご一緒できなくても、ほかの事業でご一緒させていただくこともあります。
和えるで大切にしていることは「伝える」ということです。矢島の言葉で言うと、和える自体がジャーナリズムなのだと。
そのため、様々な事業で、暮し手の方々が、伝統や職人さんの手仕事と出逢う入り口を生み出しています。
だからお店に来て商品に触れてもらうだけでいい。買わなくてもいいんです。商品が売れるのは目的ではなく、「あそこでこの焼き物の話をしてた」とか、「職人さんって、こういうことをされているんだ」ということを知ってもらう。
この間、日経新聞さんに、他と協調してじっくり成長する「ゼブラ型企業」というくくりで「和える」を代表企業としてご紹介いただき、私たちの姿勢が社会にも通じていたことを感じ、とても嬉しかったです。いま10の事業を展開していますが、全ての事業に共通しているのは、「伝統を伝える」ということです。
和えるの事業拠点である東京「aeru meguro」、京都「aeru gojo」には、「0 歳からの伝統ブランドaeru」の商品以外に漆の木などの原材料も展示しています。最終製品だけではなく、自然の恵みをいただいて原材料が生まれ、原材料を作る職人さんもいることなど、ものが生まれる背景まで思考を巡らせていただきたいと思っています。
漆器のお椀は知っているけど「漆って何?」とか、「漆って木から採れるの?」といった疑問が湧くような方がいれば、採取のために傷がつけられた漆の木をお見せして、「この傷を木が頑張って治そうとして出す液体の正体が、漆なのですよ」と話しています。
他にも青森県の『津軽塗り』については、産地の弘前は雪国で、冬は何ヵ月も農作業ができなくなる。その間に、約50もの工程を3ヵ月弱かけて作られる、雪国に暮らす人々の気質が表れた技法であること。徳島県の『本藍染』については、吉野川は昔から暴れ川で氾濫しますが、その氾濫で土地に栄養が広がって、藍が豊かに育つなど、その地域の情景とか気候を目に浮かぶようにお伝えする。すると、「なるほどその地域で、生まれるべくして生まれた技術なんだ」とか、「それをずっと守っている職人さんがいるんだ、昔の知恵ってすごいな」と思ってくださったりするんですね。
100円ショップのものも、伝統工芸品もいい。
2つの選択肢を知ってもらうことが大切
BIZ ● 最近だとビジネスモデルという言い方の代わりにエコシステムと言ったりしてますが、伺っていると本来のエコシステムそのものを教えている感じがします。
中川● 日本に生まれながら、日本の伝統に出逢う機会が少なく、「知らない」状態から、伝統について知っていただき、暮し手の方の「選択肢が増える」ことを目指しています。知らないことを知ることによって、人生がより豊かになれると思うのです。
職人さんの手仕事から生まれた伝統産業品を使っていると、中にはお手入れをしないと長く使えないものや、そっと扱わないと壊れてしまうものあります。だからこそ、ものを大切に扱うという” 心” が育まれると思うのです。そういうことがとても大事だなぁと思って、その手間にかかる愛しさも伝えられたらなと思っています。
BIZ ● とするとホームページとかデザインや発信する内容なども相当こだわってらっしゃる?
中川● はい。「職人さんが作ったものが絶対良いですよ」という押し付けはしてはならないと思います。
例えば大量生産のコップしか知らない人が、職人さんが作ったコップもあると知ったら、選択肢が2つになる。そのように、選択肢が増えるとが大切だと感じています。
選択肢が2 つになった上で、「100円ショップの器を選ぶ」という人もいていいし、「想いが込められた、職人さんの手仕事の器を買ってみよう」という人がいてもいい。
お客様が知った上で、選ぶことが大切。その行為に対して、私たちは「委ねる」という姿勢でいます。ですので、発信の際にもその点を心がけています。
誰かが悲しむビジネスだと
和えるはGoしない
BIZ ● デザインコードなどもあるんでしょうか?
中川● デザインルールを設けていて、それに沿った形にしています。発信する時は、「和えるらしいか」という社内の軸と照らし合わせていますね。
BIZ ● それは全員で?
中川● 全員で共有しています。和えるでは発信に限らず、常に「和えるらしいか」どうかを判断軸にしています。私たちの「らしい、らしくない」というのは、要は美しいか美しくないということなのです。発信する内容だけでなく、ビジネスモデルにしても、この意識はとても大事にし
ていますね。たとえば、コップの置き方や、資料の綴じ方など、日常の一つひとつにおいて、和えるとして美しいかということにこだわっています。いまデザイン経営という考え方が世の中に浸透していますが、その意味では和えるは社員ひとり一人がデザイナーという意識で、全社員がデザインに責任を持っています。
BIZ ● でもどれが美しいという判断は結構難しいですよね。
中川● そこは、全員の感覚なんですね。ズレを感じたり、迷ったりするとすぐ話し合いをして、確認しています。「これってどんな感じだと思う?」って。また、ビジネスモデルが「美しいかどうか」を判断する上では、「関わる人が悲しまない」ということも大事にしています。誰かがどこかで悲しんでいるようなビジネスだと、和えるはGoしないのです。近江商人さんの考えである「自分よし・相手よし・社会よし」にとどまらず、「三方以上よし」を目指しています。
BIZ ● マーケティングの世界ではAIDMA(アイドマ)とか、いろいろ理論がありますが、和えるさんは、独自のプロセスとステップがあるんですね。
中川● そうですね。知っていただき、興味を持っていただき購入いただくという流れは、AIDMA に沿っていますが、和えるでは特に「知っていただく」ことに重点を置いています。
BIZ ● でも知ってもらってから「いいね」までのランディング期間がすごく長い(笑)。
中川● そうですね。大切なことは、初めて私達の商品に出逢った時に、どのようなお伝えができるかです。
この京都「aeru gojo」に来店され、商品を気に入られてすぐお選びいただく方もいらっしゃいますが、その後時間をかけて後日お選びいただくという買う方も多いです。
ここで出逢うことがきっかけとなり、その後、お祝いを贈られるタイミングや、お子さまの誕生という節目に思い出していただき、購入されるということもあります。
和えるは2011年の創業からまもなく10年を迎えるので、その効果も出てきていると思っています。会社創業の頃に代表の矢島の講演を聴いてくださった高校生の方が社会人になって、やっと出産祝いが贈れるようになりましたとか、そういう方もいらっしゃいます。
ずっと思いを温めてくださっている方が、最近は増えてきたのを感じます。aeruの商品を使ってくれている子どもたちが、また誰かにaeruの商品を贈ったり、自宅用に求めてくださったりする。創業した時はそんなことは遠い未来だと思っていたことが実際に起こる時期になったことは、すごく嬉しいですね。
BIZ ● 実際使ってるユーザーの方からの反応とかはどうですか?
中川● 「和えるさんの本藍染の産着を着ていると、うちの子とても気持ちが良さそうにしています。ものを通して体感で良さが伝わったのだと思います」とか、「器を変えて、よく食べるようになった。子どもとの毎日の食事時間がさらに楽しみになりました」とか。見えないところの変化の喜びを伝えてくださっています。「日本のものを贈りたいって思っていたけど、なかなか見つけられなかったから、和えるさんに出会えてよかった」という方もいらっしゃいます。
職人の手仕事に触れ、自己肯定感をつける“aeru school”
自然と伝統と未来に優しい“aeru電気”
BIZ ● ところで和えるさんはどんな働き方をされているんですか?
中川● 一人ひとりのライフステージに合わせて、それぞれにいろんな働き方をしています。私は1歳の子どもを育てているので、今は時短で週5日働いていますが、ほかにも、和えるの他の仕事も兼務していたり、専門職として月に数日勤務したり、本当に多様です。
BIZ ● 中川さんはどういうきっかけでこちらに?
中川● 私はもともと関西出身で、新卒で大手消費材メーカーに入社、最初は営業をして、その後は本社でマーケティングを担当しました。やりがいはありましたが、他企業と常に競争することにモヤモヤしていたんです。営業では、お店の棚のシェアを取り合い、マーケティングでもシェア争いが、自分には合っていなかった。また、仕事は仕事として、週末の趣味を楽しみに働くのもどうかなと思っていました。
趣味の国内外への一人旅をするなかで、現地でしか出会えない、その地域の文化や伝統に出逢いました。各地で職人さんの工房へ行ったりする中で、その魅力に惹かれていきました。
働く場所に関しても、疑うことなく会社に言われるままに転勤していましたが、住む場所すら自分で決められないので、疑問を持ち始めたのです。
そして転職活動をする中で和えるに出逢い、代表の矢島の本を読んだところ、「三方良し以上」の考えと出逢いました。誰かと競争じゃないビジネス、そして、自分の好きなことと仕事がつながるのだと思い、2016年の3月に入社しました。
BIZ ● 思い切った転職ですね。
中川● 割と直感で動くので。でもいま振り返るととても満足しています。
BIZ● コロナの影響はどうですか?
中川● 4-6月は、直営店を休業し、社員は在宅勤務で仕事を継続していました。
休業中は、私たちも様々な影響を受けましたが、コロナで社会が変わるので、新たな時代への仕込み期間として捉えていました。当然私たちだけではなく、伝統産業の職人さんたちも展示会が無くなったり、個展がなくなったりと、大きな影響を受けられていました。
そこで、この時期だからこそ、和えるができることがあるのではと考え、4月末に「aeru gallery」と、「aeru電気」という2つの事業を立ち上げました。「aeru gallery」は、直接販売ができなくなった職人さんが、オンラインでも作品を販売できる、オンラインショップです。(URL: https://aeru-gallery.shop-pro.jp)
「aeru電気」は、お家の電気を自然エネルギー由来の電気に切り替えていただくことで、電気料金の1%を伝統産業の職人さんへの応援や、子どもたちに伝統工芸のアート作品を送る活動につなげるしくみです。(URL:https://a-eru.co.jp/denki)
ほかにも「aeru school」という、これからの時代に必要な右脳的な思考を育む事業も展開しています。とくに力を入れているのは教育で、学校や企業に出張してaeru schoolを展開しています。
BIZ ● どんな内容なのでしょうか? また、和えるの中ではどのような役割になるのでしょうか?
中川● 職人さんにaeru school用に作っていただいた型紙などの本物のお道具や原材料を活かして、まずは感じること、そして自分の直感を観察し、言語化することで、「自分で考える力」を育むプログラムです。いま学校では自己肯定感が低い子たちが多く、誰かが言っていることが自分の意見だと思うような子どもが増えてきていると言われています。大人もそうですが、自分の頭で考えることを見つめてもらって、自分なりのものの見方を持つことができたら、と考えています。
自分なりのものの見方ができるようになると、ものを選択するときにも、「みんな使ってるから」、「手軽だから」という理由だけではなく、本当に心が動いているから、本当に好きだから、という考え方につながります。それは自分なりの美意識でもある。
その感覚が持ててくると、とても生きやすくなると考えています。
BIZ ● 知るって大切ですね。これからも私たちが知らないことを発信していただき、日本の伝統と共に暮らす豊かさを教えてください。期待しています。ありがとうございました。