ビジネスマンだけではなく、日本人が知っておきたい経済指標 – エコノミスト・アナリストはこの経済指標を使う!
先の衆議院選挙前に財務官僚のある寄稿文が話題となった。
日本の財政は税収だけではなく、国債という借金を重ねて来ているのでこのままでは破綻してしまう。与野党が口々に分配、すなわちお金のバラマキはその破綻にさらに近づくことになるので、安易にとってはいけない政策であるというのがおおよその趣旨のようだ。
しかしこの意見には異論がある。税収が伸びないのは少子高齢化が理由ではなく、消費税をつくり、さらにその税率を上げてきたことによるものだというデータがあるからだ。
現代社会は複雑過ぎて、これまでの経済理論だけでは説明がつかないことがどんどん起こっている。「なんとなくいま起こっていることは、経済がグローバル化して複雑化しているからに違いない」と思っていると、とんでもない場所にたどり着いている可能性もある。
そうならないためには、エコノミストやアナリストと呼ばれる専門家が根拠にするデータを知っておくことが肝要だ。どのようなデータで景気を読み、未来を予測するのか。彼らが頼りにする”羅針盤”、経済指標について基本を押さえておこうと思う。
目次
- 経済指標の王様「GDP」
- GDPは国内で生産された財・サービスの「付加価値の合計」
- GDPには取引量が多くても、カウントされない金額がある
- GDPに地下経済を計上する動きも
- GDPは実質GDPで最終判断をする
- GDPの内訳に注目する―最も多いのは個人消費
- 大きく振れる傾向がある民間住宅投資、設備投資
- アベノミクスの目玉GNIとは
- GDPを補完する「鉱工業生産指数」、「在庫指数」
- 日銀短観は大企業の製造業の業況判断、D.I.に注視
- 景気ウォッチャー調査は、他の経済指標との乖離が大きい
- 専門家が注目する重要参考資料「ESPフォーキャスト」
- 国内の景況分析に欠かせないアメリカの経済状況
- 世界経済に影響を与えるアメリカの個人消費指標
- 円高ユーロ安では、日本の電気機械産業がダメージを受ける
- 指標を見る時にはその二面性を考える
経済指標の王様「GDP」
企業がその経営を持続し、成長させていくためには、現状の経済状況を冷静に分析し、未来を的確に予測しなければならないが、そもそも景気や経済状況について、私たちはどんな数字や指標をもとに、良し悪しを判断すべきなのだろうか。それがなかなかわからないのでいまDXやAIなどを使った分析が進んでいるわけだ。ただ使われる指標は大きくは変わらない。
こうした経済指標のなかでもっともよく使われるのが「GDP」だ。
経済番組などに登場する第一生命研究所のエコノミスト、永濱利廣さんによれば、「世の中にある経済指標のなかで、もっとも総括的にさまざまな分野の経済データを網羅している」という。
GDPは国内で生産された財・サービスの「付加価値の合計」
ではGDPとはいったいどういう数字なのだろう?
「わかりきったことを聞くんじゃない」と叱られそうだが、きちんと説明できる人は意外と少ないかもしれない。
GDPはGross Domestic Productの頭文字をとった略語で、その言葉どおり、「国内で生み出されたもの」を意味している。ここで誤解をされがちなのが、生産されたものの総額を表わした数字ではないということ。国内で生み出された「付加価値の合計」がGDPだ。
仮にある国「マーキュリー共和国」にA社とB社、そしてCという個人事業主がいたとし、A社の年間の売上が100億円、B社が150億円、Cという個人事業主が5億円売り上げた場合のGDPは、どうなるか。
付加価値の合計とは「生産に用いられる原材料などの中間投入分を除いた総付加価値額」である。A社の場合、100億円から原材料費や人件費などの費用を除いた10億円が付加価値額の合計。B社も同様に原材料費や人件費、家賃などを除いた7億円。Cも5億円から備品や光熱費、家賃などを除いた3500万円となり、その合計、すなわち17億3500万円がGDPとなる。実際日本には様々な企業や事業体があるため、これほど単純にはいかないし、1つのモノやサービスが生まれ、販売されるまでは多くの中間の企業や組織が関わっている。
通常、企業の売上は、商品やサービスの対価として計算されるが、そこで用いられる原材料はどこかの企業から購入することになる。つまりどこかの企業が、付加価値をつけて売っている商品(材料)を購入し、そこに新たに付加価値を乗せたものがその企業の製品やサービスとなっているわけだ。
自動車を例に挙げると、まず部品メーカーが鉄などの部材を製鉄所やアルミメーカーから購入する。それを加工しさまざまな部品を組み合わせ、次の工程の部品メーカーに販売し、部品メーカーはそこで付加価値をつけて自動車メーカーに販売し、自動車を完成させる。そしてその完成車を販売店がマージンや販売手数料という形でさらに付加価値をつけて消費者のもとに届ける。
仮に消費者への売値が100万円であった時、販売店がメーカーから仕入れる価格が70万円であれば、付加価値は差額の30万円。メーカーが製鉄所から鉄などの部材を購入した時の価格が40万円であれば、その差額の30万が付加価値。さらに製鉄所がその原料の鉄鉱石を鉱石メーカーから20万円で購入していれば、その付加価値は20万円となり、100万円のクルマでカウントされる総付加価値は30万+30万+20万円の計80万円となる。
しかし、これでは中間工程が多く、関わる企業が多い製品では、非常に計算に手間がかかる。そこでGDPを算出する際には、最初の輸入された原料費から最終製品の価格差を引いた額を付加価値とみなしている。
GDPには取引量が多くても、カウントされない金額がある
上述したように原材料を輸入し、さまざまな工程を経て出来上がる工業製品の場合、付加価値が高くなることがわかる。よって、輸入が増えても原材料が増えるのであればGDP拡大に貢献するが、消費者が完成品を輸入する場合は、輸入して消費するだけなので手数料など以外はGDPに貢献しない。したがってGDPを上げていくためには、国内サプライチェーンの長い、つまり途中に関わるメーカーが多い製造業が売上を伸ばす環境をつくることが肝心となってくる。
日本はものづくり国家として知られ、その存在感はGDPの相対位置が下がるなかでも強いのは、多くのものづくり企業が国内外で優れた製品を生み出しているからだ。とりわけサプライチェーンの長い自動車産業はその代表だ。ただ懸念されるのは、ガソリンエンジンからEV化が進んでいることだ。一般にガソリン車に使用される部品の総数は3万点とされるが、モーター駆動のEVでは2万点以下で済んでしまう。それぞれの単価が上がれば最終的な付加価値は上がるだろうが、現状はエンジンメーカーよりモーターメーカーが圧倒的に多く、自動車産業への産業障壁は低い。よってEVの部品メーカーが高付加価値を生み出すことが難しい。
現にアップルやソニーといったIT企業が自動車産業への参入を公言し、実車も開発している。
また取引が増えてもGDPアップに貢献しないものがある。
大きなものでは中古住宅だ。住宅は新築ではじめて付加価値がつくので、出来上がっている中古住宅の売買はGDPにカウントされない。中古住宅にリフォームやリノベーションをかけて売る場合は、材料を購入して付加価値をつけて販売することになるので、GDPに貢献することになる。よって中古車や中古のパソコン、古着などもいかに高値がついても手数料以外はカウントされない。
また企業が新たに設備投資をする際、工場やオフィスビルなどの建設費はGDPとしてカウントされるが、土地の購入代金はGDPに入ってこない。
他にもGDPには捕捉できない取引がある。
昔から言われている代表に家庭内の家事労働がある。その算出法には幅があるが、およそ月20万円から30万円という額が出ている。現在はこの家事労働を家事代行サービスなどの専門業者が新たなサービスとして付加価値を生み出しているが、カウントされない家事労働はまだまだ多い。
また近年はネットやデジタル技術の発展により新たなサービスも生まれている。
「ウーバー」などのライドシェアサービスや「エア・ビー・アンド・ビー」などの民泊、あるいは「メルカリ」などフリマアプリによる取引など、いわゆるシェアリングエコノミーと呼ばれる新サービスだ。従来これらシェアリングエコノミーサービスで生まれた付加価値もGDPにはカウントされなかったが、ここに来て政府はこれらを加える方針を打ち出している。現状、1,000億円程度だが、市場拡大によってさらに増える見込みだ。
さらにインターネット技術やデジタル化、AIなどの技術進化により、従来は有料で手に入れた情報が無料で提供される機会も増えている。たとえば検索サイトのグーグルやパソコンソフトの大手マイクロソフトなどは、自動翻訳のサービスを無料で提供している。またマイクロソフトは、ワードやエクセルといったワープロソフト、計算ソフトなどを有料で提供しているが、グーグルはこれらの類似ソフトを無料で提供している。こうしたことができるのはグーグルが広告収入を得ているからだが、こうした広告収入による無料ソフトのサービスは経済取引とはみなされず、GDPにカウントされない。野村総合研究所の試算では無料のデジタルサービスは日本で42兆円ほどあるといい、GDPの8%に匹敵する。
GDPに地下経済を計上する動きも
GDPの算出で悩ましい大きな問題がまだある。麻薬売買や違法賭博、売春、密造酒などといったいわゆる地下経済(アンダーグラウンドエコノミー/シャドウエコノミー/ブラックエコノミーなどとも言われる)の捕捉だ。
EUは2014年以降、地下経済を徐々にGDPに導入させはじめた。オーストリアのヨハネス・ケプラー大学のフリードリヒ・シュナイダー教授によればEU全体のGDPにおける地下経済の比率は18.6%に相当するという。
2017年のデータによれば、世界各国で最も地下経済の比率が高いのがボリビアで、なんと55.8%という比率。半分以上が捕捉されていないのだ。2位がナイジェリアの53.8%で、上位を中南米、アフリカが占める。
欧州ではスペインが20.3%、ベルギーが16.5%、フランスが11.7、ドイツが10.4となっている。日本の地下経済規模はGDPの10.8ほどで、欧州と比べさほど高くはないが、それでも1割もある。
欧州の国々が地下経済をGDPに組み込むようにした背景には、ギリシャの財政危機がきっかけとされる。ギリシャは2009年に左派政権が成立すると5%程度としていた国の財政赤字が12.7%であることが発覚。このためギリシャ国債が暴落し、ギリシャに融資をしていたドイツなど欧州各国の国債や通貨も暴落し、ユーロ市場は大混乱に陥った。負担に耐えきれなくなってユーロ建ての借金を返却できなくなり、増税、年金改革、公務員削減、公共投資削減など極めて厳しい財政再建計画の実施を条件に欧州各国の支援を取り付けた。こうした身を切る財政再建に取り組んだこともあり、ギリシャ経済は徐々に復活していったが、一連の財政再建でGDPは17%も落ち込んでいる。
ギリシャの財政破綻のインパクトは大きく、PIGS(ポルトガル/イタリア/ギリシャ/スペイン)といわれるGDPに対する赤字財政額が大きい国々の国債の格付けが軒並み引き下げられた。国債のリスクが高まると投資家が買わなくなるため、結果当てにしていた政策向けの資金が調達できないことになる。
その結果、自国のGDPの規模を大きく見せる手段として地下経済の組み込みを行う国が増えたという見方がなされている。「我が国は負債は多いが、地下経済を含めれば、経済力があるので破綻リスクは低いですよ」と言いたいのだ。
このように21世紀はGDPが示す数字の意味が改めて問われ始めていると言っていい。しかしそれでもGDPは重要だ。
理由の第一は国全体の景気の変化がわかるからだ。前年度に比べてどれだけGDPの値が変化したかをみるのがその国の経済成長率であり、その数字を参考に企業は設備投資をしたり、雇用を増やすなど判断していく。
経済成長率は政権をも揺るがす。かつて安倍政権はGDP2%の実質経済成長率を果たした場合を8%の消費税率を10%に上げる条件にしていたが、2014年の7月から9月期の経済成長率が年率換算でマイナス1.6%と、予想を大きく下回り、解散選挙に打って出ることとなった。
それだけGDPの変化は国の財政、政策に大きく影響を与える数字なのだ。
もう一つGDPが大事にされるのは、国際比較がしやすいからだ。GDPの中身や意義が問われているものの、各国が統一された基準で計算をしているので、投資家はどの国の株や債券を買ったほうがいいのか判断しやすくなる。ギリシャ危機で見たように成長率が高い国には当然投資マネーが集まりやすくなり、株価が上がっていく。逆に成長率が低いと投資家がその国から別の国へ投資先を変えるきっかけとなる。
GDPは実質GDPで最終判断をする
注意しなければならないのは、GDPには名目GDPと実質GDPの2つがあることだ。名目GDPとは、国内で生み出された付加価値を単純に積み上げた数字。しかしこの数字をそのまま経済成長率として確定すると、まずいことが起こる。
GDPが増えるのは、需要が拡大し消費が盛んになる時だが、それ以外にも増える要素がある。それは物価が上昇した時。100円の商品が100個売れた時には10,000円で、110個売れた場合は11,000円となり、10%アップする。しかし100円のものが110円に上がって100個売れても11,000円になる。この場合、値上げが付加価値分ならいいが、中身の材料費や工賃が上がっただけなら実際は需要が増えていることにはならない。よってこの差を調整する必要が出てくる。それが実質GDPである。
日本はリーマン・ショックの時、GDPが大きく落ち込んだが、この時期は米、欧州ともに落ち込んでいる。しかしその後名目GDPは米欧ともに伸びており、日本は沈んだままだった。しかし実質GDPで見てみると、日本はドイツなどを除く欧州より経済成長を果たしている。
GDPは基本的にこうしたインフレやデフレの調整をして年間の成長率で見ていくので、単純に積み上げた名目GDPだけでその国の経済成長力を測っていると、大局を見誤ることになりかねない。
GDPの内訳に注目する
―最も多いのは個人消費
またエコノミストやアナリストがGDPを見る時は、どのようなセクター(部門)にどれくらい貢献しているかに注意を向ける。どの部門がどの程度の割合を占め、どのくらいの成長が見込めそうかなどを判断するのだ。
GDPは需要、供給、収入の3面から評価され、それぞれの合計が一致する。そのなかで注目されるのが需要面からの評価だ。経済成長とはどれだけ需要があるかによって決まってくるからだ。
日本は言うまでもなく、長い間デフレに悩まされてきた。モノの価格が下がることで消費が落ち込み、企業の業績が伸びず、よって社員の給料も上がらず、家庭の財布が締まり、そしてまた消費が落ち込むというデフレのスパイラルに陥っていた。
そのため歴代政権の課題はデフレから脱却し、GDPを拡大して経済成長率を高めていくために、インフレを起こすことだった。
ただ、だからと言って単純にインフレが起きればいいのではない。インフレには「良いインフレ」と、「悪いインフレ」があるからだ。
前者は、景気の拡大によって需要が高まり、物価が上がっていくデマンドプル型インフレだ。後者の悪いインフレとは、先にも触れた、海外からの原油や穀物など原材料などの輸入材の高騰によって起こるコストプッシュ型インフレだ。2021年の11月現在、まさにこの傾向が起こりつつある。コロナ禍の収束傾向が見え始めるなか、世界中で経済活動が一気に活発化する動きを受けて、鉄鋼、原油などの原材料費が高騰。ガソリンや食品など市民生活に大きな影響を及ぼし始めている。
日本は為替相場において円高ドル安が続き、クルマや機械など輸出産業や海外展開をする企業にとって苦しい時代が続いたが、安倍政権になってからは円安に振れ、輸出産業は息を吹き返した。だが内需型産業にとっては、円安で原材料費が高騰し、値上げをせざるを得ない状況になり、市民生活はダメージを受けた。さらにコロナによって購買力が低下し、世界的な経済活動の再開で円安となり、さらに原材料費が跳ね上がって、内需拡大に水を差す状況になっている。
さてGDPを需要面の内訳を見ていくと、まず「国内需要」と「海外需要」に分かれる。海外需要は国内で生産された総付加価値なので、輸入を引かなければならない。したがって海外需要は輸出から輸入を引いたものになる。
片や国内需要は大きく「民間需要」と政府や自治体が出費した「公的需要」に分かれる。うち民間需要はさらに次の4つに分かれる。
1)「民間在庫品増加」
メーカーや流通業者の売れ残りの増減
2)「民間企業設備」
企業の事業活動に必要な機械類、工場、店舗などの設備に対する企業の投資
3)「民間住宅投資」
民間人が住む住宅建設のための支出
4)「民間最終消費支出」
民間の個人がふつうに買い物をした場合の支出の合計
一方公的需要のほうは、次の3つに分かれる。
1)「公的在庫増加」
政府が備蓄している原油や米、金貨などの変動
2)「公的資本形成」
橋や道路などの社会資本整備のための支出。
いわゆる公共投資
3)「政府最終消費支出」
公務員の給与などの人件費や医療費などの社会保障費
このうち民間最終消費支出は日本のGDPのうち最も大きなウエイトを占めており、約6割強。次に大きいのが公的需要の政府最終消費支出、次に民間企業設備の順となっている。
個人消費が伸びることがいかに日本の経済成長率に寄与することになるかがわかるだろう。
大きく振れる傾向がある民間住宅投資、設備投資
一方民間住宅投資はGDP全体の数%程度だが、景気変動に対する影響度が少なくない。というのも一つひとつの価格が高額なため増減の幅が大きく、政策の対象になりやすいからだ。また景気回復に先駆けて回復するので景気の先行きを見通す指標になりやすい。
民間設備投資も大きく振れることがある指標だ。GDPに占める割合が10%以上であることから、その影響力も非常に大きく、政策に使われることが多々ある。
企業が設備投資を決める最大要因は、設備の稼働率だ。工場のフル稼働が続くようであれば、新工場が必要だと判断し、土地の買収、建設に踏み切る。新規投資には金利や税制の優遇措置も影響する。稼働率が上がらなくても成長産業などの場合は、金利の低いタイミングや税率の軽減措置などの時に投資を判断する場合も多いようだ。政府が不況時などに新規設備投資に対して税制優遇や金利優遇などの措置をとるのは、このためだ。
ただし不況期の金融緩和などは、それほど大きな効果は期待できない。というのも設備稼働率が低く、企業収益が低迷している時は、金利が低くても新規投資は行われにくいからだ。また設備の稼働率が上がり、収益が上がりはじめて新規工場を建設しても、完成まで時間がかかるので、景気回復のタイミングとずれることがある。逆に売上が下がっても、工場が完成までしばらくかかるため、設備投資額はしばらく増加し続ける。
こうしたギャップが景気変動を拡大させる要因となっている。つまり設備投資が伸びているからと言って、景気が回復しているとは限らないということだ。
アベノミクスの目玉GNIとは
安倍政権時代、消費税率10%の条件を実質GDPが2%、名目で3%としていたが、この方針は前の民主党政権時代と変わっていなかった。
アベノミクスが目新しいのは、GNIを重視するようにしたことだった。
GNIとはGross National Incomeのことで日本国民の総収入を表したもの。GDPは日本国内で生産される付加価値の総和なので、ここには外国企業が生み出したものが入る。
逆に海外で成長している日本企業が生みだす付加価値が反映されない。そこで立てられたのがGNIだ。計算方法はGDP+海外純所得である。GDPから国内で外国人・外国企業が生産した付加価値を引き、海外で日本国民が生み出した付加価値を加えた総額だ。グローバル化する経済において、日本企業、日本人がどれだけの付加価値を生み出しているかを測る経済指標と言える。
このようにGDPは日本の経済力、成長性などを測る重要な経済指標なのだが、上述のように確定するまで時間がかかる。そこで政府は四半期ごとに速報値という形で名目GDPを発表している。確定ではないが、その時期に近い景気や経済の成長性が読み取ることができる。
GDPを補完する「鉱工業生産指数」、「在庫指数」
無論エコノミストたちは経済状況を読み解く際はGDPだけでなく、その他の指標を参考にしていく。
その他の代表的な指標として知られるのが「鉱工業生産指数」、「在庫指数」、「日銀短観」、「法人企業統計」などだ。
鉱工業生産指数は、鉱工業の生産活動の全体的な水準の推移を示す統計。鉱工業というとどこか保守的なイメージがあるが、景気全体の動きと近いことや、統計の発表が早いこと、また過去の生産実績だけでなく、今後の2ヵ月の予測まで発表されるので、エコノミストやアナリストから注目される。
在庫指数は、在庫の変動状況を見る指標だ。在庫指数には4つの局面があり、それが順番に循環しているのが特徴だ。
想定を上回る急激な在庫減が起こる時は、景気の回復期にある時だ。意図していない在庫減なので、この局面を「意図せざる在庫減」と呼ぶ。その後増産によって在庫の積み増しを図ると、在庫水準は「減少」から「適正」に推移する。この局面を「在庫の積み増し」と呼ぶ。
逆に想定を上回る在庫増が起こった時は、景気が低迷期に入った時だ。この局面は「意図せざる在庫増加」と呼ぶ。そこで企業は生産抑制を行うが、ワンテンポ遅れるため適正から過大に推移する。この局面を「在庫調整」と呼んでいる。
日銀短観は大企業の製造業の業況判断、D.I.に注視
日銀短観もよく聞かれる指標だ。日銀が年4回、企業に直接アンケートをとり、発表している。売上高、経常利益、設備投資額などについて実績の数値を聞き、業況について「良いか悪いか」、資金繰りについて「楽か苦しいか」、労働力について「過剰か不足か」といった項目で聞いている。
調査対象が多いことや回答率が高いこと、また企業の率直な感覚が取れるので注目されている。とくにエコノミストやアナリストが注視するのは、「DI=Diffusion Index(ディフュージョン・インデックス)である。
DIは、大企業に対して業況感や設備、雇用人員の過不足、在庫、価格、資金繰りなどの項目についての「実感」をベースとしたアンケート。「良い」「さほど良くない」「悪い」の選択肢から選んでもらい、良いと悪いの解答差を表示する。たとえば100社中「良い」が20社、「さほど良くない」が55社、「悪い」が25社であれば、DIは20−25で−5%となる。
DIが注目されるのは、調査対象が、製造業の大企業であることだ。経済成長をけん引するのが付加価値をつけやすい製造業であり、とりわけ中間に企業が多数関わる大企業の景況は国の経済全体の行方を占うため、注目を集めるようだ。
法人企業統計は、財務省の総合政策研究所が行う統計で、法人企業の売上、経常利益、設備投資など規模別業種別に集計したもの。GDPと同じで、年間の指数と四半期ごとの指数が出る。景気判断という点では四半期ごとの数値が重視される。
とくに注目される項目は設備投資だ。四半期ごとに発表されるGDP値の作成に用いられるため、GDPの民間設備投資部門の改定値の予測ができると重宝されている。
法人企業統計は企業の生の情勢がわかるので重視されるが、資本金1000万円未満の小規模企業と、金融業、保険業は含まれていないので注意が必要だ。
景気ウォッチャー調査は、他の経済指標との乖離が大きい
このほかエコノミストやアナリストが注視している経済指標はまだある。
「景気ウォッチャー調査」や「景気動向指数」、「企業倒産統計」などだ。
景気ウォッチャー調査は、内閣府が百貨店やスーパー、コンビニ、タクシー運転者など景気に敏感な職業に直接ヒアリングして発表する指標。実感を中心に表しているので、ほかの経済指標との乖離が大きい時もあり、実態を判断する時は注意が必要だ。
景気動向指数は、CI=CompositIndexとも表記され、内閣府が行う月次の総合的な景気判断の指数。その名の通り複数の発表済み指標を用いて過去の動向を後から振り返る時に使う。ただ、すでに発表されている指標を使うので、景気予測という点ではあまり注目はされない。
企業倒産統計は、倒産が多い時は不況の表出のように受け取られるが、業績の悪い企業が過去の資産で食いつなぎながら延命し、景気が回復した時に力尽きるような場合もあるので、必ずしも景気の実態を反映するとは限らないのが特徴だ。むしろ業種ごとの構造的な問題が見えたりするので、こちらの分析などにも使われる。また企業によって倒産理由はさまざまなので扱いには注意が必要だ。
このほか、日銀が四半期ごとに発表する「地域経済報告」も地域の経済状況を判断する際にはよく使われている。
これは全国の9つの地域の個人消費や住宅投資、設備投資、生産、雇用、物価などについて分析した報告書形式のもので、表紙がピンク色をしていることから「さくらレポート」とも言われている。
専門家が注目する重要参考資料
「ESPフォーキャスト」
経済指標のなかで、とくに専門家の間で注視されているのが「ESPフォーキャスト」という指標だ。これはアナリストなど専門家の予測を平均したもので、景気予想の重要参考資料と言われている。日本経済研究センターが行っており、日本の民間エコノミストやアナリスト約40人に対して成長率、株価指数、円レートなどの予測をし、質問票に対する回答を得て、その集計結果から、今後の経済動向や景気の持続性についてのコンセンサスを明らかにする目的で行っている指標だ。調査結果は毎月10日前後に同研究センターのホームページに掲載されている。
ちなみに2021年10月7日に出されたフォーキャストでは、7〜9月のGDPは1.00%(年率)、外需は振るわずに、21年度は3.34%の成長を予測している。またコロナ前の水準に戻るのは2023年からと予想している。
国内の景況分析に欠かせないアメリカの経済状況
日本の場合、景気の判断や予測をしたりする上で欠かせないのがアメリカ経済の状況だ。日本はアメリカと経済的結びつきが強く、その影響を受けやすいと言われていた。だがその割には内需が大きいため、必ずしもアメリカの経済情勢に連動するとは限らなかった。しかしながら近年はその影響が密接になっており、その経済指標の分析が重要になってきている。
その転機は2000年頃だとされる。
理由としては90年代にバブル経済の崩壊による影響を受け、日本の経済成長が停滞。資産価値が下がり、また物価も下がっていった。いわゆるデフレスパイラルに入ったことだ。
他方アメリカは、日本経済の悪影響をそれほど受けずに相対的に良かったことがある。
さらに2000年頃からグローバル化が進んだ。さらにBRICsなどの新興国が経済力をつけてきたため、日本の国内経済の影響力が相対的に下がったこともある。
このため、エコノミストやアナリストたちは以前にも増してアメリカ経済の動向に注視するようになった。逆に言えば、アメリカ経済の動向をいち早く察知しておけば、日本経済の動向もかなり読めるということだ。
世界経済に影響を与えるアメリカの個人消費指標
ではアメリカ経済のどのような指標を見ていけばいいのだろうか?
一つはやはりGDPだ。なかでも個人消費の動向だ。日本の場合はGDPの約6割が個人消費部門だが、アメリカはもっと多く7割が個人消費だ。
もう一つ重要な指標となっているのが、住宅投資。日本は貯蓄性向が高い国民性で知られるが、アメリカは借金をしてでも消費をする人が多い国。GDPにおける個人消費の割合が大きいのもこうした面が影響していると言える。
その最大の買い物が住宅だ。住宅は単に家を買うだけでなく、家具や家電など一緒に購入するものが増える。よって住宅投資が増えることはほかの個人消費が増えることにも繋がるのだ。さらにアメリカの場合は、自分が持っている住宅の価値が上がると、その価値の上昇分を担保にお金を借りることができる。住宅投資が増えれば、その期待も上がり、価格が上昇、借りる額も増えて消費が増えるというわけだ。
単純にGDPの大きさで世界一のアメリカは、世界で最もモノを買う国であり、その個人消費の動向は世界に影響を与える。グローバル化によって世界に出ていった日本の製造業にとってもアメリカの個人消費マーケットは無視できない。
さらに安倍政権以降、インフレターゲットという言葉が使われるようになった。一定のインフレ率を目標に経済を成長させる政策だが、そのインフレ率は2%。これは既述したように民主党政権から続いている目標だが、これをターゲットにする政策を打ち出すことを明確に内外に示したわけだ。
実はインフレターゲットはヨーロッパでは先行して導入されていた。アメリカが導入したのは最近のことで、日本もこれを導入しようという声はあったのだが、日銀サイドが、アメリカが導入していないことなどを理由にこれを拒否していた。しかし安倍政権になってからは、アメリカが導入したこともあり、これを導入するようになったのだ。
なぜ2%という数値なのかというと、2%を超えると金融引締めの方向に動きやすく、これを下回ると金融緩和に傾きやすいためだ。もちろん実際はうまく2%が続くということが保証できるわけではない。
いずれにせよこうした理由もあって、以前より日本経済はよりアメリカ経済の影響を受けやすくなった。よってアメリカの経済成長率やインフレ率の動向は当然注視されることになったのだ。
円高ユーロ安では、日本の電気機械産業がダメージを受ける
海外のほかの地域はどうだろう。
日本の貿易をみた時、影響の大きいのはアメリカと中国だ。輸出ではアメリカが19.8%(2019年)、中国の19.1%と大きく、その他ではEUが11.6%と低くなっている。
一方輸入については中国が23.5%と大きく、アメリカの11.0%を大きく引き離している。EUは12.4%。
日本からの輸出先はアメリカと中国が大きいが、産業別では電気機械関連などはヨーロッパでの売上比率が高く、自動車などはアメリカが高くなっている。よってドルに対して円が高いと自動車産業への影響が出て、ユーロに対して円高になった時は電気機械関連企業に影響が出てくる。
指標を見る時にはその二面性を考える
このように景況や経済の先行きを読む時には、その指標が意味する二面性を見ていく必要がある。
たとえば円高は輸出にマイナスだが、消費者にはメリットがある。またリストラでは企業の収益が好転する一方で、雇用者の所得は減少する。物価下落は消費者の購買意欲を引き出すが、一方で売り手の収益悪化につながる。また低金利政策は、企業の負担減となる一方、家計の金利収入が減る。
久留米大教授で「初心者のための経済指標の見方・読み方」を著した塚崎公義さんによれば、個々の経済指標は振れがあるので、こうした経済指標を見る時には、大局観を持つことが大切だと言う塚崎さんはその心得として、次のようなことを挙げている。
1. 重要な経済指標を数個選んで、数ヶ月分のデータを凝視する
2. 0.1がマイナス0.1となった場合、「マイナス」になったことが重要なのか、「ゼロ近辺での動き」と捉えるかを考える
3. 「海水の水を口に含んだら水が減る」「風が吹けば桶屋が儲かる」という議論は理屈は正しくても経済予測には有害
4. タイムラグに気をつける。たとえば日銀が金融引締めを発表した翌日から景気が悪化するわけではない
5. 大局観と思い込みは異なる。大局観と違う経済指標が出たら謙虚に問いなおす
刻々と変化する経済の先を読み通すことは専門家でもなかなか難しい時代だ。しかしエコノミストや経済アナリストと同じ視点に立って経済指標を読み解き、自分なりの仮説、大局観を検証し続けることで、より的確な経営判断や事業判断につなげていくことはできるはずだ。