FAOも動き出した!「昆虫食」が世界の食糧問題を変える?!
目次
じわじわ広がる昆虫食ファン
ある秋の週末。東京都内某所では、ある調理実習会が行われていた。集まってくるのは好奇心の高い男女10数名。メニューには「チーズ巻きの天ぷら」、「あまから団子」、そして「うどん」という和食の定番が並ぶ。するとテーブルに集まった参加者に主催者から声がかかる。
「最初はみなさんで巣から取り出してください」─
「巣」?
現れたのはスズメバチの巣。取り出すのは巣穴の中の蜂の幼虫。そう、今日のメイン食材は、昆虫ー
蜂の子はうどんのトッピングとして、チーズに巻かれるのはコオロギ。そして団子になるのは蚕のサナギ。
主催者で昆虫食研究家の内山昭一さんは、こうした昆虫を使った調理会を月に2回ほど、10年ほど前から催している。
「昔は1月1回ほどだったんですが、最近は結構人が集まるようになって、月2回は行っています」
内山さんは長野出身。小さいころから虫を使った郷土料理を食べてきたと言うが、大人になってからは離れていた。それがたまたま面白半分で見に行った食用昆虫展で、世界中で昆虫が美味しく食べられていることに驚き、幼少期の記憶が蘇ったのだと言う。
以後、仲間と不定期に集まっては捕虫網でバッタやコウロギを捕っては食しているうちに、上述のような定期的な「食べる会」を催すようになった。
虫を食べる会がじわじわと注目されるようになった背景について、内山さんは「メディアでも少しずつ取り上げられるようになったことに加え、ネットを中心に若い人に昆虫食への関心が広がったと思う。若い人は昆虫食自体を知らない世代で、物珍しさから入ってる模様。昆虫に抵抗感がなくなっていると感じる」と分析している。
虫に触ることができないような虫嫌いが増えているなか、意外な感じもするが、この食べる会の参加者は20代の男女が中心。何度も参加している若い女性の常連の人もいる。
極めつけは、内山さんが主催している秋の「バッタ会」と夏の「セミ会」。河原や公園に集まって大の大人が捕虫網を振り回して、バッタやセミを捕ってその場で素揚げをしたりして食べる催しだ。自分たちで新鮮な獲物を捕って、その場で食べるのだから、喜びも一段と湧くというもの。
内山さんは「捕れたて新鮮、究極の地産地消。自分で捕った充実感がいい。眠っていた狩猟本能が蘇る」と言う。
とは言っても昆虫食は、とくに都会やその周辺ではまだまだマイナーな存在だ。
FAOが食糧問題の解決策として昆虫食を検討
ところがそんなマイナーな昆虫食が、俄然世界中で関心を集めるようになったのは2013のことだ。FAO=国際連合食料農業機関がある報告書を出したのだ。報告書のタイトルは「食用昆虫─食料と飼料の安全保障に向けた将来の展望─」。
その内容は今後予想される人口増加と地球温暖化に伴う、食糧問題の解決手段として昆虫食の推奨である。
地球に住む人類にとって最大の問題は、人口爆発に伴う食糧の確保であることは言うまもない。ただ問題はその中身だ。
というのもカロリー換算や穀物ベースでは、地球は90億超の人口を養えるという計算もある。実際カロリーベースの計算では飢餓状態が広がっていると言われる北朝鮮が日本の自給率を上回っている。日本のカロリーベースの自給率は40%強と、半分にも達していないが、これは日本人が高級な野菜などを好むようになってきたため、カロリーが低く出てしまうから。一般に工業化が進んでいない国ではカロリーベースの自給率は高く出る傾向がある。
FAOが報告書で問題視しているのは、タンパク源の不足だ。
健康な生活を送るためには良質のタンパク源を摂ることが不可欠。だが世界で高齢化が進むととりわけ肉などのタンパク源不足が心配される。肉は野菜や穀物に比べてもコスト高だ。
人口増加と経済活動の活発化により、欧米以外の中間所得層が増えていくと肉食が増え、動物性タンパク源のコストが上昇、良質なタンパク源の奪い合いが激しくなることが予想される。従来はそのタンパク源を肉や魚で摂っていたが、それが確保できるとは限らなくなり、その代替と昆虫が注目されてきたのだ。
エネルギー効率の良い昆虫
実際昆虫のエネルギー効率は肉よりいい。
たとえば飼料要求率では肉に勝っている。飼料要求率とは、生体1kgを増やすために餌が何kg必要かをみるもので、肉用牛(黒毛和牛)の場合、10kg〜15kg必要となる。一般の肉では8kgが必要となる。しかもそれはタンパク質を多く含む濃厚飼料を与えた場合だ。
一方昆虫では、たとえばカイコの幼虫は、4.22kg。つまりカイコの幼虫を1kg増やすのに4.22kgの飼料(桑の葉)などが必要になることわかっている。コオロギの場合は2kgで、カイコの幼虫よりさらに効率がよくなる。
鶏はどうだろう。ブロイラーは1.63kgで、ブロイラーのほうが要求率が高くなっている。つまり飼料要求率を見ればブロイラーのほうに分がある。
ほかの比較ではどうだろう。たとえばエネルギー交換率。これは生体1kcal分の体組織をつくるために何kcalの餌が必要かを示すもので、カイコの幼虫が3.20kcalに対してブロイラーは2.05kcal。これもブロイラーが上回っている。
スペースとの関係はどうだろう。
1㎡あたり何㎏の肉ができるかを比較すると、カイコ幼虫は221kgで、ブロイラーは105kg。カイコ幼虫はブロイラーの半分のスペースで大量生産ができるということがわかる。
さらに食べられる部分がどのくらいあるかで見てみる。可食部率で比べるとカイコ幼虫はすべて、100%食べられる。これに対してブロイラーなどの部分肉はだいたい43%と言われている。
肉類のなかでもブロイラーがかなり効率のいい食料であることは分かった。ただブロイラーは輸入飼料で賄われており、餌の価格などを考えるとやはりカイコ幼虫のほうに分がある。
カイコの餌となる桑の葉はカイコの餌となるだけでなく、お茶などにも利用されて健康食品としても人気があり、副次的な収益も期待できるからだ。しかも廃棄物が少なく、処理の手間コストが小さい。
内山さんによれば、昆虫は変温動物であることも利点だと言う。
恒温動物は変温動物より15倍エネルギーを使う。恒温動物はクルマで言えば、じっとしていてもエンジンをかけたアイドリング状態にしておくので、燃料を消費し続ける。一方変温動物は、じっとしている時はエンジンを切った状態となり、必要な時にだけエンジンをかけて動くため、エネルギー効率がいい。
宇宙空間の食料としても注目
昆虫食は宇宙でも期待されている。JAXA(宇宙航空研究開発機構)では宇宙農業サロンというグループがあり、宇宙食としての昆虫の可能性を探る研究が行われている。
仮に火星に人類が自給自足していくためには、バイオスフィアと呼ばれる閉じた生態系を構築する必要がある。そこではまず食料の原点である農業を興して、最適化していかなければならない。
地球上の食物連鎖のなかでは1段上がると利用可能なエネルギーは10分の1に減るとされている。そうするとトウモロコシなどの食べることも可能なバイオマスを動物の餌にすると非常に効率が悪くなる。そこを動物ではなく昆虫を飼育するとなれば、餌となる木の葉や排泄物などは、人間が食べないバイオマス飼料であるため、競合することはない。生態系をつくっていく上では昆虫を使わない手はないというわけだ。
火星農業では、まず基本栽培作物として、米、小麦、大豆、蕎麦、キヌア、じゃが芋、さつま芋が検討された。このなかから米、大豆、さつま芋が採択され、さらに緑黄色野菜として小松菜が入った。ただこれらだけで十分な栄養を摂ることはできない。不足する栄養素を補うために、水田でどじょうを飼い、桑畑をつくってカイコを育てることが考えられている。カイコは人間の家畜として5000年以上の歴史を有する昆虫で、日本においては世界トップクラスの飼育技術が確立しているのだ。
またカイコは宇宙船のなかでは卵の状態で運ぶことができ、その餌である桑は酸素を生み出し、枯れると土壌育成に役立つ。
育成コスト、運搬コストが少なく、栄養価の高い昆虫
さらに昆虫は南極などの極地での利用も検討されている。極地では利用できる資源、食料が限られているので、外から持ち込むことが有効だ。そこで卵で運べる昆虫は輸送コストが小さく、また骨などの廃棄物がほとんどないので利用率も高く(成虫の平均で80〜90%、幼虫でほぼ100%)有望な食料だというわけだ。
もう一つ気になるのは、その栄養素だ。もともと昆虫はタンパク源やカルシウムなどのミネラルが豊富だ。内山さんによれば、「鶏肉と比較して、タンパク質が多く、脂肪は少なめ、ミネラル炭水化物、ビタミンも含まれている。アミノ酸組成は食用肉に似ている。脂肪については、必須不飽和脂肪酸であるリノール酸やリノレン酸が高いものが多く、ミネラルでは鉄や亜鉛を含むものが多い。総じて昆虫の栄養価は高いと言える」(『昆虫食入門』)
さらに昆虫が有用なのは、飼育環境に幅があっても対応できるということ。
「究極の宇宙食というと、培養細胞を食べることであろうか。ウシやブタの細胞を育てるには温度やpHを一定にしなければいけないが、昆虫の細胞は18℃から29℃と適応範囲が広く、しかもpHを調整する必要がない」(同書)のだそう。
世界10億人が飢餓状態。2050年には食料システムが崩壊
FAOなどの調査では現在、世界の10億人が飢餓状態に陥ってると言う。植物や穀物のバイオマス転用などによって、食品植物や穀物の価格が高騰し続けて貧困は深刻さを増している。先ほど地球には90億人の人口を養う余力があると言ったが、それは公平に食料が行き渡っての話。
農林水産省の報告によれば、2020年には穀物価格が2008年に比べて名目で24〜34%上昇、肉類が32〜46%上がるとみている。そのため何も手を打たなければ、2030〜40年には食料の需給ギャップが深刻化、世界人口が91億4000万人に達する2050年には、世界の食料流通システムが完全に崩壊すると見通しを出している。この時日本の穀物自給率は28%となり、資金を出しても食料が調達できなくなる可能性があるという。すると食料が一部の富裕層だけに回ることになり、栄養失調に陥る人や、最悪餓死者が増える可能性が出てくる。
2005年の食品廃棄物の排出量に関し、農水省と環境省の試算では年間国内で1895万トンの食品が廃棄されていると言う。一方で食品輸入量は5847万トンで、約3分の1が廃棄されている計算になる。こうした需給バランスのギャップを埋めつつ、かつ安定的な食料を確保することは、安全保障の視点からも日本の重要課題となる。
世界20億人、1900種の昆虫が食べられている
世界に目を転じると昆虫はアジア・アフリカを中心に約20億人の人々が、約1900種を食料としている。世界的には決して昆虫食がマイナーな食文化ではない。地域によっては、肉より高値で取引されているケースもある。
昆虫食の盛んな国としてはアジアではタイが有名だ。スーパーマーケットでは、冷凍のタガメやカイコガのサナギ、ヨーロッパイエコウロギ、バッタ、タケットガの幼虫などが売られている光景を目にする。屋台ではこれら虫の佃煮が軒を飾っている。
さらにタイでは、食用昆虫の養殖が広がっている。一番人気なのがコオロギで、冷凍コンテナなど流通を含め養殖システムが整備されており、2008年現在でタイでは15,000戸以上の農家がコオロギを養殖している。なかにはコオロギ御殿を建てる人もいるとのこと。
下の表は、世界で主に食べられている昆虫と、その地域を表したものだ。
これだけ広く食べられているものの、世界的に見れば昆虫食は、GDP低位国の”限定的食文化”のイメージは拭えない。これはやはり欧米に食虫の文化がなかったことが大きい。
もともと欧米は植生豊かな森やジャングルも少なく、昆虫の種類は少ない地域。こうした環境面もあって昆虫食が根付いていかなかった面もある。
しかし、ここに来てヨーロッパが昆虫食に本気になっているのだ。
次世代産業としてEUが本気。ベルギーでは昆虫食を認可
2010年、フランスでFFPIDIという団体が立ち上がった。これは昆虫の養殖、加工、販売を推進する団体で、将来の昆虫食産業の発展を後押しするもの。2014年現在で約130の団体が加盟し、ロビー活動や市民に向けたプロモーションを行っている。参加者の7割が農業関係者で、うち10%が許可を受けずに昆虫食の販売を始めているという。フランス国内ではこうした流れに呼応するように、昆虫食のテレビ番組が増えているという。
一方、EU内で一歩進んだ動きを見せているのがベルギー。2013年にEU内で初の「昆虫食認可」の条例を発効している。
このほか書面で認可されているわけではないが、イギリスやオランダ、ドイツなどでは国内販売は黙認されている状況にあるという。
内山さんによれば、「これは非常に画期的なことだ」と言う。なぜなら、「欧米において昆虫食は”スカトロ”と同様に扱われてきた」から。まだ認可の下りていないフランスでは、昆虫食の輸出専門会社も誕生し、粉末にしたコオロギのクッキーなどを日本に向けて販促を展開している。
自国の需要開拓より、まず需要がある地域に対しての産業化戦略を図っていくのは、ヨーロッパ的なビジネス思考と言えるのではないだろうか。
日本は世界に冠たる昆虫食国
それでは日本はどうだろう。50代以上の人で地方出身者であれば、イナゴの佃煮を食した経験があるかもしれない。
1919年の調査では、イナゴの佃煮は国民の50%以上が食べていたと報告されている。種類もイナゴだけでなく、蜂の子、カイコのサナギなど55種類の昆虫が食べられていた。
立教大学教授の野中健一さんによると、1986年に行った調査で日本の各都道府県に昆虫食があることが分かった。最も多く食べられていたのはイナゴで、北は山形から、南は沖縄まで17都県で食べられていた。ここには東京や神奈川も入っている。
次が蜂で、長野から静岡、鹿児島、沖縄まで11県。また最も多くの種類の昆虫を食べていたのは長野県で、17種類が食べられていた。
ではどのような虫が食べられていたのだろう。代表的な昆虫は下表のとおり。
いずれも、幼虫を食す例が多く、調理方法も佃煮などが多いようです。またそのまま網で焼いて食べるところも多く、川魚などと同じような扱いだとも言える。
実際虫はどんな味がするのか―グルメランキング
ではその昆虫はどのような味をしているのか。
内山さんは、10年にわたる食虫体験から、美味しかった虫のベスト10として次のような虫を挙げている。
こう書かれてしまうと、一度は試してみたくなるが、もちろん注意が必要だ。
まず、食す際には、必ず加熱する。絶対に生で食べてはいけない。昆虫を不潔だ、不衛生だというのは誤りで、管理された衛生的環境であれば、ハエでも清潔なのだ。ただ触れるものに雑菌やウイルスがあったりするので、病気などが広まったりするのだ。実際にFAOなどによれば、衛生的な環境のなかで養殖された昆虫が寄生虫や病気を人間に伝染した例はないと言っている。だが自然の昆虫はそういった環境にないので、十分な加熱が必要となるのだ。
もう1つ甲殻アレルギーがある場合は注意が必要だ。コウロギやバッタなどには海老や蟹と同じ成分であるキチンがあり、アレルギー反応が出ることがあるからだ。同様に体調の悪い時は、避けたほうがいいだろう。
内山さんによれば、あともう1つ、有毒昆虫は避けることが必要だと言う。たとえば、ツチハンミョウ科の昆虫は加熱しても消えないカンタリジンという毒があるので、こうした毒を持つ昆虫は図鑑で確認できるので、事前にしっかり調べることが必要だ。
虫に対するイメージを超えれば、産業の芽が生まれる
昆虫はまた、そのものでなくとも、たとえば蜂がつくるプロポリスやローヤルゼリーなどは滋養強壮、美容の高級サプリメントとして広く知られており、タガメなどは漢方薬として古くより重宝されてきた。
また川釣りなどではフライフィッシングと言われるように、昆虫を餌にした釣りが一般的だ。昆虫は、実は様々な形で人間の生活を支えている。
幼少の頃は誰もが虫に興味を持ち、一度はダンゴムシなどに触れたことがあるはずなのに、なぜか年齢とともに毛嫌いする人が増えていく。虫はいつからか、気持ちが悪い、不潔などのレッテルが貼られ、忌み嫌われるようになった。虫を食べるか食べないかは、結局おいしいかまずいかではなく、「まずそう」「気持ちが悪そう」というイメージをつくっている脳の仕業なのだ。
イスラム教徒の人は、豚肉を食べないことで知られているが、知らずに食べて、後で豚肉だと知らされると吐き気をもよおすそうだ。これはイスラム教徒の人にとって豚は概念的に汚れているので、そういう指令が脳から出てしまうのだと考えられている。
昆虫の食わず嫌いを克服する必要は、いまの時点ではないかもしれない。ただ来るべき食糧危機に対して、有用な食料源であることは気に留めておいて損はないだろう。地産地消、地場に根ざした産業化をする、地方にある大学や研究機関、企業の開発テーマとしても十分魅力的だ。
EUの動きをみるまでもなく、いずれ産業化が加速した時に、日本だけがはじき出されて安全基準や加工基準などがつくられることがないよう、昆虫大国の国民としてはくれぐれも注意しておいたほうがいいのではないだろうか。
POINT
■ 2030年台から食料の需給バランスが崩れる
■ 2050年に世界の食料システムが崩壊
■ 2015年、FAOが昆虫食の可能性について真剣に報告
■ タンパク源として、カルシウム、ミネラルなど栄養価の高い昆虫
■ 虫を忌み嫌うヨーロッパでEUが新しい産業として昆虫食に注目
■ ベルギーでは昆虫食を認定
■ 世界で20億人、1900種の虫を食べている
■ 日本は昆虫食大国
■ 日本は55種の昆虫が食べられていた
■ 日本では全国都道府県すべてで虫を食べていた
■ 昆虫は実は美味(うま)い
■ 食べる時は必ず加熱すること
■ JAXAも宇宙食として検討
■ 地産地消、産業化、研究開発の対象として昆虫食は魅力的
■ 世界的な安全基準が日本抜きでつくられないように、日本もいち早い行動を
【newcomer&考察】
広がるライブ・エンターテイメント市場で双眼鏡市場が拡大
昨年、数々の社会現象を引き起こしてきた安室奈美恵さんが引退した。
アムラーと呼ばれるファンというより、信者をつくり音楽シーンをリードしてきた安室さん。彼女のスタイルはまさに「歌って踊れる」こと。従来の音楽シーンはコンサートというイベントでその楽曲を知ってもらい、CDを買ってもらうことが収益の構造だった。しかし近年はCDなどの音楽ソフトの販売より、ライブコンサートでいかに集客するかが軸になってきている。
CDはそのための販促ツールとなっている。こうしてライブ・エンターテイメント市場はどんどん拡大。2017年には、過去最高規模を記録した。
このためライブ・コンサート会場もどんどん大型化している。かつては「日本武道館でコンサートが開催できたら一流ミュージシャンの証」と言われていたが、いまでは野球ドームで集めるのは当たり前、なかには10万人規模で集客する人気ミュージシャンもいる。音楽だけでなく、ライブを見てみたい、体験したいという人たちも増えている。たとえば、スポーツ。今年はラグビーのワールドカップが開催され、来年はいよいよ東京五輪。
こうした流れの中で人気が高まってるアイテムが「双眼鏡」。
野鳥や星などを見るアウトドア用としてではなく、コンサートや観劇、スポーツ観戦などのエンタメ用としての人気がうなぎ登りとなっている。
特に人気なのが、”手ブレ補正機能”を搭載した防振タイプの高機能双眼鏡。一眼レフでは当たり前になっている機能だが、これが双眼鏡でも当たり前になっている。
ただこのタイプは、モーターや様々な電子部品などのパーツが多くなるため、どうしても通常のもの(重量約200~300g、価格約3000~1万円)よりも、やや重く(約500~1300g)、かつ高価(約2万5000円~)になる。
双眼鏡の倍率で気をつけたいのは、倍率が高いほどよく見える、ということではないということ。むしろ倍率が高すぎると手ブレの影響を受けやすく、視界も狭くなってよく見えないこともある。
距離やライブ会場の大きさも考えて選ぶ必要があり、ライブハウスなど小規模な会場なら6倍程度、ドームのアリーナ席で6~8倍程度、2階席で10倍程度が目安となる。すでに量販店などではこうしたライブ会場ニーズを意識しており、どの会場でどのあたりの席で見るなら、何倍程度の双眼鏡が必要かという、会場ごとのゾーニングマップなどを公表している。
考えてみれば会場内に大画面モニターがあるにもかかわらず、こうした双眼鏡ニーズがあるというのは不思議だ。
これは自分が見たいアーティストの表情を自分のペースで追いかけたい、ステージ上で着ている服や靴を双眼鏡でチェックして同じブランドのものを手に入れたい……こういったファンの思いが、躊躇することなく何万円もする双眼鏡を手に取らせている。
とくにアイドルなど贔屓のアーチストのコンサートでは、必ず最上階の遠い客にも丁寧に手を振って、笑顔を見せる。これを双眼鏡を通して見るとまるで自分に向かって微笑んでいるように感じるのだという。こうして双眼鏡でそのアイドルやアーチストに「落とされた」女性も多いという。
もともと双眼鏡はオペラグラスと言われている。贔屓のオペラ歌手やコーラス、演奏者の表情、衣装などをより間近で、自分のペースで見て堪能するというスタイルは、往年の時代からの願望なのだ。
双眼鏡ニーズは、中高年の間でも高まっている。中高年のレジャーとしては旅行が高い人気を誇っているが、とくに世界遺産などはじめとする歴史的建造物や国宝などを巡るツアーは常に高稼働率を誇っている。こうしたツアーのベテランになると必ず携帯していのが双眼鏡だ。国宝などの仏像や建造物を巡る場合は、常に黒山のひとだかりなので、間近で見られることは少ない。しかもこうした場所は仄暗い場所が多く、遠目からはより識別が難しい。よって旅慣れた人は双眼鏡を持参し、解説を聞きながらその場所やポイントに双眼鏡を向けるのである。
またより高額になると暗闇でもモノを捉えることができる「暗視スコープ」機能がついている双眼鏡も出ている。夜の野生動物ウォッチングなどのほか、近年は動物園や水族館のナイトツアーなども行われており、こうした場での楽しみアップのギアとしても使える。
来年には東京五輪が控えている。双眼鏡市場はさらなる盛り上がりを見せることは間違いなさそうだ。